酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

ダンディズムの最後の輝き~仰木さんの死を悼む

2005-12-17 04:21:25 | スポーツ

 仰木彬さんが15日、肺がんで亡くなった。享年70歳である。昨年の殿堂入りパーティーを生前葬と位置付け、「俺に関わった連中をみんな集めろ」と金村氏に指示したという。「葬式は済んでいるから密葬に」というのが遺言だった。痺れるほど格好いい死に様ではないか。闘病の苦しみはおくびにも出さない。水面下で足を掻きながら湖を滑るハクチョウのように、グラウンドでの仰木さんは、飄々と涼しげだった。

 大半のプロ野球の監督は、中間管理職になぞらえるのが相応しい俗物である。管理職とは即ち、部下の手柄を我がものにして恥じぬ者のことだ。ここ20年の「名将」を思い浮かべてみよう。「外部の人間(星野氏)が監督になったらOBを辞める」と発言して狭量さを示した広岡氏は、外部(ロッテ)でふんぞり返っていた頃、バレンタインをクビにして、眼力のなさを露呈していた。野村氏も老いて頑迷さばかりが目立つようになり、選手のやる気を削いでいる。彼らと比べたら、仰木さんはスケールが三桁ぐらい違う。スケベで酒飲みと裃は着ないが、「たかが野球、されど野球」のサジ加減が抜群なのだ。個性を見極め、キンタマを上手に磨く。その元から、吉井、野茂、イチロー、田口がメジャーに羽ばたいていった。

 仰木さんといえば、監督ルーキーイヤー(88年)の<10・19>抜きに語れない。ロッテとのダブルヘッダーに連勝すれば近鉄Vという大勝負を、俺は川崎球場の三塁側スタンドで見守っていた。ウイークデーの午後3時に野球観戦なんてマトモじゃない。普段なら近くのバクチ場でくすぶっているようなオッサンも、野次馬気分で詰め掛けていた。第1試合に引き分けてもジ・エンドだから、感激に与れる確率は25%以下だが、負け慣れた者には小さくない希望である。外れ者のシニシズムや疚しさは、神が宿った19イニングの一投一打に濾し取られ、純粋な感動に形を変えていく。

 <10・19>は役者が勢ぞろいした舞台だった。第1試合の先発はロッテ小川、近鉄吉井である。人生のマウンドでは世紀を超え明暗が浮き彫りになる。小川は転落し、吉井は仰木さんと再会して死に場所を見つけた。引退を決意した梨田が牛島を痛打する。逆転のホームを踏んだ鈴木は昨年、不帰の人になった。第2試合も息詰まる展開だったが、有藤監督の執拗な抗議が、血のように貴重な時を近鉄から奪っていく。10回裏、勝利を逃した近鉄ナインが守備に就くと、切なさでいっぱいになった。球史に残る8時間足らずの「フィールド・オブ・ドリームス」を締めくくったのは、仰木さんの演出だった。ビジターであるにもかかわらず、ナインとグラウンドに並び、スタンドに頭を下げたのだ。空気を読めぬ敵将と大きな違いである。中西コーチは精根尽き果ててうずくまり、多くのファンが泣いた。仰木さんはいつものように、笑みを口元に湛えていた。

 仰木さんは監督就任まで20年の月日を要した。有体にいえば干されていたのだ。西鉄時代、三原脩監督に可愛がられた仰木さんは、西本氏にとって胸に刺さった棘ではなかったか。大毎を率いて日本シリーズに登場した西本氏だが、三原大洋に4連敗と苦汁を呑まされた。阪急時代、三原近鉄を破って留飲を下げたが、移った先の近鉄に仰木さんがいた。西本退任後、近鉄は関口、岡本両氏に監督を託したが、芳しい成績は収められない。何年かは覚えていないが、西本氏は「プロ野球ニュース」で近鉄不振の理由を聞かれ、「ベンチ内で監督と逆のことを話しとる奴がおる」と激高した。怒りの対象は仰木さんだが、西本氏は自らの不明を恥ずべきだった。近鉄監督時代、仰木さんの才覚を認めて参謀に据えていたら、日本シリーズを制し、「非運の名将」の冠を返上していたと思う。

 矜持、恬淡、豪放、遊び心、色気、情熱……。仰木さんを形容する言葉は尽きることがない。一方で仰木さんの投手酷使を、三原野球の負の遺産と指摘する声もある。標準語だと迫力はないが、「骨は俺が拾うから、一緒に死んでくれるか」という川筋者の侠気が、仰木さんを支えていたのだろう。知将、マジックのイメージが浸透しているが、采配と生き様の根底にあるのは、今や死語になった「義」「信」「情」だ。仰木さんの死でダンディズムの輝きが日本から消えた。ご冥福をお祈りしたい。


<追記>友人からのメールで知りましたが、豊田泰光さんの追悼文に、日本シリーズでの出来事が記されていたようです。西本監督の作戦(代打起用)に三塁コーチスボックスから駆け出して異を唱えたものの、聞き入れられず、試合も落としたとのこと。俺が推論した感情的なもつれはあったのでしょうか(午後0時15分記)。
コメント (2)
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