弱い文明

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ミック・カーン死す

2011年01月05日 | 音楽
 新年早々、せつなくなるニュースが飛び込んできた。
 元ジャパンのベーシスト、ミック・カーンが肺がんのため死去。享年52歳。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110105-00000004-lisn-musi

 正直、ジャパンの音楽には「ハマッた」というほどの経験はないし、ジャパン後のカーンの活動に関してはほとんど何も知らない。時々、毛色のまあまあ似たタイプのミュージシャン(ミッジ・ユーロ、ケイト・ブッシュ、ピーター・マーフィーなどなど)と絡んで何かやってるらしい情報を耳にしたけど、特に興味をそそられることはなかった。
 それでも、この人にはもっと目立つ所で活躍してもらいたいという、密かなファン意識のようなものは中学生の時以来、延々持ち続けていた。なぜだろうか。

 まず、ルックスのインパクト。ジャパンでデビュー当時、この人は髪を赤く染めていた。今でこそ茶髪にしろ金髪にしろ、男女を問わず髪を染めるおしゃれは日本でも珍しくない。しかし彼は1970年代という段階で、先達デヴィッド・ボウイーですら(カジュアル・モードでは)やらなかった「赤」を採用していた。しかもメタリックな、ケバケバしい「赤」ではなく、プラスチックのように透き通る「赤」を。そして、そういうことを殊更アピールするでもなく、何食わぬ顔をしてベースを弾いていた。
 続けて、彼は眉を剃り落とした。それも、理由が「メイクの時、眉を整えるのが面倒くさいから」剃ってしまった、とのこと。そして彼はやはり、何食わぬ顔をしてベースを弾いていた。それから、サックスも吹いていた。

 そういう何と言うか、「とっぽい」「とぼけた」人というのが僕は元来好き、というか、憧れる。加えて、この人はおそらく、かなり器用な人だった。といっても、あくまで「指先が器用な(寡黙な)職人」のタイプである(そういえば彫刻もやっていた)。で、万人受けするような妥協はどうしてもやれない、そういう発想は出てこないという意味では、逆にかなり不器用な人だったようだ。
 そんな推定をあえてするのは、彼のベースの上手さを知っているからだ。ジャパンにおいて、彼とドラムのスティーヴ・ジャンセン(リーダーであるデヴィッド・シルビアンの実弟)の二人は、デビューの段階から尋常でなく上手かった。天才と言っていい。こんなに上手い二人が、なぜ後にもっと注目度の高いバンドに誘われたり、引く手数多のセッション・ミュージシャンになったりできなかったのか──アーティストとして譲れない「核」のようなものを強く持っているからだろう、としか想像できないのだ。
 ジャパンというバンドは、デビュー当時はそのヴィジュアルから、グラムやパンクの影響を指摘される、とりわけニューヨーク・ドールズのような「頽廃ジャンキー系」(笑)と比較されることが多かったが、音楽的にはかなり違う。ファースト・アルバムの時点で既に、より明快に打ち出されていたのはブラック・ミュージックの影響(信仰とすら言ってもいい)である。パンク/ニューウェィヴの潮流華やかなりしイギリスのロック・シーンの中で、これほど「黒」っぽい音は他になかった気がする。ミック・カーンとスティーヴのリズム・セクションはジャパンの中でも、「ロック」・シーンの中でも異質だった。そんな「黒」っぽい音を、ヨーロッパの「白」っぽさの極地のようなヴィジュアルにくるんで、20歳そこそこの若造達が「何食わぬ顔をして」かなでていた。そういうことが起こりえるのも、結局ロックだったりする。

 たとえばファーストの中の一曲、「パレードに雨を降らせないで」。オリジナルはバーバラ・ストライザンドの歌うミュージカルの曲。これをパンク調にアレンジするという発想もすごいけれど、なおかつドラムとベースはさりげなくシャッフルして、オリジナル以上に「黒」に先祖がえりしている。ギターとヴォーカルだけなら中高生バンドでもコピーできるが、このリズムで正確にこの「抑制の効いたファンキー」を維持するのは無理だ。それをこの二人は、中高生に毛の生えた年代でやってしまっている──涼しい顔をして。

http://www.youtube.com/watch?v=7d7DbXITzeE

 そうしたとんでもない上手さを早い時点で身につけていながら、「達人」のような完成のされ方には至らなかった。それが惜しいとは思わないけれど──ロックは「キャリアを積んで実力をつけていく」というものではないから──、結局最後まで何をやりたい人なのかよくわからない、という感じが残ってしまったのは確かだ。
 昨年彼がガンで倒れた時、シルヴィアンら友人は世界中のファンに向けて寄付金を募った。それほど、経済的には慢性的に苦しかったのだという。
 そうすると、ジャパンの最終期にメンバーだった一風堂の土屋昌巳に誘われて、ヴィヴィアン・スーをフィーチャーしたユニット「The d.e.p」に参加していた頃も、お金に困っていたのかなと勘ぐってしまうが──別にそれが悪いわけでもなく、むしろそこでくらいちゃんと稼げれば良かったのに、と気の毒に思ってしまう。

http://www.youtube.com/watch?v=zw6uHOPp7Ws

 日本人の友達が元々多いので(奥さんも日本人だし)、結構居心地よさげな顔をしているのが微笑ましい。ケイト・ブッシュのバックをやってるのと、特に違いがないような(そう言ったらケイト・ブッシュは怒るだろうが)。たぶんそれほどは稼げず、ただ日本が好きだからいい仕事だな、くらいに割り切っていたのだろうけど。

 ところでミック・カーンというと、僕はいつでも昔読んだある記事のことを思い出すのだった。ジャパンが日本で女の子たちにキャーキャー言われていた頃、そのキャーキャーをメインに扱う「ロック・ショウ」という雑誌の記事。グラビア写真に加え、メンバー一人一人にとったアンケートが載っていて、ミック・カーンの部分にはこんなのがあったのを憶えている。

 Q:寝る時には何を着る?
 A:何も。

 まずこれが少年の僕にはカルチャー・ショックだった。何も着ないのか。へええ、カッコいいな。と、思いながら、今に至るまで一度も試したことがないけれど。
 もう一つ、

 Q:朝起きたら最初に何をする?
 A:タバコを吸うよ。

 肺ガンで死んだと聞いた時、真っ先にこの言葉を思い出してしまった。そういえば、この人はタバコを吸っている写真をよく見かけた。
 ミステリアスな風貌とは裏腹に、フレンドリーでひょうきんな人だったらしい。かと思えばやはり毒気があって──本当のところ何を考えてるのかわからない、それも魅力だった。

おまけ:
 一番最初にノックアウトされた、印象深いジャパンの曲。これが動画で存在するとは知らなかった、ファーストのタイトル・ナンバー「思春期の性」(笑)。その後のジャパンを考えると、こんな怖いもの知らずな曲作ってたのが信じられないくらいだが、やっぱりゾクゾクする名曲。
http://www.youtube.com/watch?v=zLhF2ptc3fI
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4 コメント

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japan (AMFan)
2011-01-13 08:54:12
レコード何枚かとカセットを持ってたのですが引越しのたびに人にあげたり紛失したりで今は何も無いのが残念です。けっこう気に入ってました。
なお馬券は買いませんが馬も好きです
>AMFanさん (レイランダー)
2011-01-15 15:55:18
僕も学生の頃は人からレコード借りたくらいで、CD買ったのは大人になってからでした。それもそのうち中古屋に売ってしまったり…恒常的に持っていて聴く気にはなれないんだけど、たまに聞くと結構インパクトあって面白いという、微妙な位置にあるバンドなんですね。
面白かった (ニック)
2013-08-15 07:49:18
ミックみたいなユニークな人ほど、若くして、先になくなってしまうのが本当に残念だ。
>面白かった (レイランダー)
2013-08-16 22:24:22
ありがとう。なんか、下の「このブログの人気記事」を見ると、わりといつもこのミック・カーンの記事が入ってるのが、意外というか不思議だったんですが・・・やっぱり根強いファンが多いのかな。

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