暁 朝 昼 夕

物語詞。登場人物の述懐、および断片的な言葉。

思慕は埃と黴の香り

2006年06月10日 | 私のフィクション
          
一体私はどうすればよかった            
                                    
何度もすりぬける君の手を                      
また次もつかみなおせる自信がなかった                  
                      
次こそは諦めてしまい                      
君の努力が実をむすぶ手助けをしてしまいそうだった

                      
                              
私が君の前から消えたりしなければ                  
これが私の自惚れであればどれほどよかっただろうか
                      
                      
       ――――わたしが芥川ならきみは菊池に違いない
                      
                      
あいも変わらずわけのわからないことをと思ったものだ
                      
                                 
君は芥川をひどく嫌っていたね
今思えばそれこそが何よりの証だった
                      
                      
       ――――わたしが芥川ならきみは菊池に違いない
                      

君はいつもそういっていたが

私にとっては意味を知ろうともできないほどに
もってまわった言葉だったよ
                      
                      
いまや君の言葉を回想するしかなく


君の努力は実をむすんでしまった


       
       
   
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1 コメント

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あとのイイワケ (あさつき)
2006-06-10 17:47:09
   

(前略)



  ただ万世橋の瓢亭で、座談会があったとき、私は自動車に乗ろうとしたとき、彼はチラリと僕の方を見たが、その眼には異様な光があった。ああ、芥川は僕と話したいのだなと思ったが、もう車がうごき出していたので、そのままになってしまった。芥川は、そんなときあらわに希望を言う男ではないのだが、その時の眼付きは僕ともっと残って話したい渇望があったように、思われる。僕はその眼付きが気になったが、前にも言った通り芥川に顔を会わすのが、きまり悪いので、その当時用事はたいてい人を通じて、済ませていた。

  死後に分ったことだが、彼は七月の初旬に二度も、文藝春秋社を訪ねてくれたのだ。二度とも、僕はいなかった。これも後で分ったことだが、一度などは芥川はぼんやり応接室にしばらく腰かけていたという。しかも、当時社員の誰人も僕に芥川が来訪したことを知らしてくれないのだ。僕は、芥川が僕の不在中に来たときは、その翌日には、きっと彼を訪ねることにしていたのだが、芥川の来訪を全然知らなかった僕は、忙しさに取りまぎれて、とうとう彼を訪ねなかったのである。彼の死について、僕だけの遺憾事は、これである。こうなってみると、瓢亭の前で、チラリと僕を見た彼の眼付きは、一生涯僕にとって、悔恨の種になるだろうと思う。



(後略)



       ――『芥川の事ども』(菊池寛)  青空文庫より抜粋







『芥川の事ども』を読むと、私はとても泣きそうになります。
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