アジア映画巡礼

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9時間のドキュメンタリー『鉄西区』に挑戦中

2011-11-10 | 中国映画

ずーっと前から見たいと思っていた、いや、見なくちゃと思っていた王兵(ワン・ビン)のドキュメンタリー映画『鉄西区』を見てきました。今日はまず第1部「工場」で、上映時間は240分、ちょうど4時間です。これに続いて明日は、第2部「街」175分(2時間55分)と第3部「鉄路」130分(2時間10分)を見る予定で、合計すると『鉄西区』は9時間5分のドキュメンタリー映画になります。

1999年から2003年の間に撮られた『鉄西区』が日本でお披露目されたのは、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)。コンペ部門に出品され、見事大賞(ロバート&フランシス・フラハティ賞)を受賞したのでした。コンペ部門には、ほかに呉乙峰(ウー・イーフォン)監督が台湾の地震を描いた『生命(いのち)』 (2003)や、カンボジアのリティー・パニュ監督の『クメール・ルージュの虐殺者たち』 (2002)といった力作が出品されており、この両者とも優秀賞を受賞したのですが、それを押さえて大賞になった『鉄西区』ってどんな映画なのだろう、と2003年当時から強く興味を引かれていました。

また、この時のYIDFFのコンペ部門審査員が、よく知っているインドのドキュメンタリー作家アーナンド・パトワルダンに、『誰がビンセント・チンを殺したか』 (1988)の中国系アメリカ人監督クリスティン・チョイ、そしてイランの監督アミール・ナデリ、日本の高嶺剛監督、フランス批評家&監督アラン・ベルガラという顔ぶれだったことも、大賞に注目する原因になりました。何せYIDFFの事後カタログ「記録集」には、『鉄西区』は「審査員全員一致で賞を獲得」とあったのです。そんなにすごいドキュメンタリー映画なのか~、と思ったものの、上映時間の長さがこれまたすごいので、これまで東京であった上映では、いずれも二の足を踏んで結局行きませんでした。

ところが今回、ワン・ビンの劇映画『無言歌』 (2010/原題:夾辺溝)が12月17日からヒューマントラストシネマ有楽町で公開されるのに合わせて、ワン・ビンの過去の作品6本が一挙上映されることになったのです。場所は渋谷の、ユーロスペースと同じビル内にあるオーディトリウム渋谷。実は上映はすでに10月8日から始まっており、明日11月11日(金)が最終日。この間ずっと、『鉄西区』見に行くべきか行かざるべきか、と悩んで、やっぱり『無言歌』をよりよく理解するためにはこの機会に見ておこう、と今日出かけて行ったのでした。

悩んだ理由は9時間という上映時間のほかに、以前行ったユーロスペースの椅子が前後が狭くてすごくつらかった記憶があるため、同じビルの映画館ならきっとインテリアも同じに違いない、あれでは腰痛がなあ....とこれまた二の足踏んでいたのです。ところがおおかなびっくり行ってみたオーディトリウム渋谷は、豪華な椅子で客席全体がゆったりとした作り。背もたれのてっぺんが後ろにそっていないのでちょっと頭と言うか首がつらかったですが、4時間の長っ尻も何のその、とても楽でした。

で、初めての『鉄西区』体験は、前半にちょっと退屈する瞬間があったものの、後半3分の1ぐらいで工場から離れて以降は主題の変奏部という趣きになったため、メリハリが効いていて面白く見られました。前半3分の2の工場の場面では、鉄西区にある何カ所かの工場が出てくるのですが、いずれも設備が相当古びており、中には廃墟と見まごう状態のものも。最初この地に工場が建設されたのは1930年代だそうなので、ムリもありません。その中を、小さなカメラを構えたワン・ビンが労働者に混じってあちこちウロウロし、撮影した、ということのようで、カメラの存在を意識させない撮り方は実に巧みです。変奏部のシーンは、労働者たちが鉛の毒を排出する注射を打つために保養所にやってきて、魚採りや散歩、カラオケ、はたまたポルノ映画を楽しんだりするシーン。そこから工場倒産後の労働者たちのシーンとなり、工場が本当の廃墟になっていくまでが描かれています。

登場する工場は銅精錬所など大規模な工場のほか、瀋陽ケーブル工場という所も登場します。そこの労働者たちが宴会をするシーンがあり、カラオケが登場するのですが、1人の中年女性がとてもいい声で歌う曲にはちょっと驚かされました。歌詞が、「私たちは「東方紅」を歌いながら.....改革開放政策で豊かになろう」とかいうものだったのです。毛沢東を称える歌「東方紅」が、こんな所で生き残っていたとは。ほかにも、保養所で労働者たちが歌う歌に「ああ、我らの解放軍よ」という歌詞が登場したりと、2000年前後ですらこういう歌が歌われていたのだなあ、と強く印象に残りました。これは瀋陽という土地柄なのか、国営企業という性格からなのか、それとも中年の労働者だからなのか....。

さて、明日は鉄西区のティーンエージャーたちを取り上げた第2部「街」と、鉄西区の工場をつなぐ貨物路線、さらには鉄道に依存して生きる廃品回収業の親子を描く第3部「鉄路」です。どんな世界が展開するのでしょうね。それにしても、弱冠30歳そこそこでこんな大作を撮ってしまったワン・ビンの粘りには、感服するほかありません。これから公開される『無言歌』や、今回の回顧上映でもかかった『名前のない男』 (2009/原題:無名者)のようにセリフが極端に少ないのかと思えば、『鉄西区』第1部は結構饒舌でした。『名前のない男』(下写真)は今年の香港国際映画祭の記事でもご紹介したように、セリフらしいセリフがまったくありません。私はどちらかというと黙っている映画のワン・ビンの方が好きですが、今の完成された手法の基礎にあるのが、この「鉄西区」3部作なのでしょう。

『名前のない男』のスチール2枚は、香港国際映画祭の画像サイトからお借りしました)

『無言歌』については、また改めて紹介したいと思います。昨年の東京フィルメックスで上映され、以前の記事で「私のような『溝』ファンを大量に発生させた作品。公開はめでたい!」と書いたこの作品、東京フィルメックスでの上映題名『溝』から『無言歌』という公開題名に変わりました。配給会社ムヴィオラの方の話によると、10月に来日したワン・ビン監督はこの日本公開題名をとっても気に入ってくれたとのこと。「僕の言いたいことをうまく表してくれている」と喜んでいたそうで、ぜひ皆さんにもどこが「無言歌」なのかこの作品を見て確かめていただきたく思います。公式サイトを付けておきますので、予告編等をご覧になってみて下さい。

さあ、では明日の5時間5分に備えて、とりあえず寝ます!  

 

 


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6 コメント

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Unknown (maiko)
2011-11-11 01:22:00
私は特集の初日に3部見ましたが、前日の寝不足がたたってスクリーンと夢の間を行ったりきたり…荒行でした。
別日にコンディションを整えて「鳳鳴」を見たら本当にすごくて、これが「無言歌」につながったのかなと思いました。
maiko様 (cinetama)
2011-11-11 10:21:19
コメント、ありがとうごさいました。

3部作イッキ見は大変だったでしょうね~。
『鳳鳴』は、実際にあの「反右派闘争」で辛酸をなめた和鳳鳴さんという女性が自分の経験を語っているドキュメンタリーで、おっしゃるとおりあの作品が『無言歌』へとつながっていったのだと思います。
ただ、『無言歌』には原作もあるそうで、試写の折のプレスに詳しい解説があり、それを読むとさらにあの映画がよくわかりました。後日ご紹介しますので、また見てみて下さいね。
「鉄西区」のこと (kimpitt)
2012-01-04 17:01:23

突然、失礼いたします。
「鉄西区」の検索で、こちらへたどり着きました。
この作品、じつは、昨年10月に、スカパーで放映されました。
そして、ごく最近知ったのですが、you tube
でも、10分単位で見ることができるそうです。

なお、スカパーでは、山形のグランプリ全9作品が放映されました。

いちおう、お知らせしておきます。
kimpitt様 (cinetama)
2012-01-04 20:20:16
いろいろと情報をありがとうごさいました。

おっしゃるとおり、YouTubeで「鉄西区」は見られます。10分単位どころか、2時間前後の映像になっていて、第一部「工場(工廠)」は2つに分かれているものの、第二部「街(艶粉街)」、第三部「鉄路」はまるまる1本でアップされています。タイトルは中国語簡体字なので、中国の誰かがアップしたようです。

それは知っていたのですが、やはり王兵監督に敬意を表して、この作品はスクリーンで見るべきであろうと思い、見に出かけたのでした。それに、何と言っても日本語字幕で見た方が十分な理解ができますしね。でも、中国語のままでOKという方であれば、YouTubeのは画像もとてもきれいなので、ご覧になる価値はあると思います。

スカパー!の件は知りませんでした。私はスカパー!に入っていないのでよくわからないのですが、どこかのチャンネルがドキュメンタリー映画の大量放映という粋なことをしてくれたのですね。地上波では無理でも、衛星放送ではそういうことができるので、加入なさっている方は大いにメリットがありますね。
『鉄西区』再映@イメージフォーラム (Qiushan)
2013-05-02 09:17:00
こんにちは。お久しぶりです!
cinetamaさんの『鉄西区』体験、興味深く拝読しました。

ご多忙は承知していますので、お知らせだけ。

来る2013年5月11日から、渋谷イメージフォーラムで『鉄西区』が再映されます。第一部は新字幕(私が担当しました)版で上映され、ご指摘の「『東方紅』を歌いながら」が、実は他のシーンでも登場していることがクリアになったりしています。

またどちらかでお目にかかれることを楽しみにしつつ♪
Qiushan様 (cinetama)
2013-05-02 09:58:32
コメント、ありがとうございました。お久しぶりです~。(昨年のFILMeX以来?)

最近はインド映画の反応チェックで、ブログの「アクセス解析:検索キーワード」を必ず見ているのですが、ここ1週間ほど「鉄西区」が毎回入っていて、何でかな~、と思っていたのでした。再上映があるので、関心を持たれた方がいるのですね。
Qiushanさんの新字幕とは楽しみです。またたくさんの王兵ファンを生んでくれるといいんですね。

王兵監督作品の『三姉妹~雲南の子』も5月25日から公開ですね。インド映画にかまけていて紹介していなかったのですが、せめて告知は出さなくちゃ。しばらくお待ち下さいませ~。

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