アジア映画巡礼

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力作インドのドキュメンタリー<その3>『あまねき旋律(しらべ)』

2018-07-26 | インド映画

インドのドキュメンタリー映画パワー爆発、まだまだ続きます。ちょっと前にもお伝えしましたが、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で『人間機械』と共に注目されたインド映画がこの作品、『あまねき旋律(しらべ)』です。山形では『あまねき調べ』のタイトルで上映されたのですが、公開にあたって「しらべ」の漢字表記が変わりました。作品にピタリとはまる感じのタイトルですね。まずは、基本データをどうぞ。


『あまねき旋律(しらべ)』 公式サイト

2017年/インド/ドキュメンタリー映画/チョークリ語/83分/原題:kho ki pa lü
 監督:アヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール
 配給:ノンデライコ
※10月ポレポレ東中野ほか全国順次公開


撮影の舞台となるのは、インドの東端諸州のうちアッサム州の東側、マニプール州の北側にあって、東側はビルマ(ミャンマー)と国境を接するナガランド州です。ナガランド州の州都はコヒマで、この名前は太平洋戦争に関心のある人なら聞き知っているはずですね。マニプール州の州都インパールと共に、日本軍が侵略した地名としてよく登場する地名で、本作では、そのコヒマに近いペク(Phekと綴るので「フェク」という表記も)県が舞台となります。冒頭に登場するのは、朝霧の深い中を、山にある田んぼに向かう人たち。霧雨が降っているらしく、ビニール布を雨具の代わりにしたり、傘を差したりして三々五々歩いて行きます。山の田んぼは美事な棚田で、人々はあぜ道に生えている雑草を始末しにやってきたのです。その労働と共に歌声が流れるというか、溢れ出すようにして広がっていきます。


歌声は、時にはかけ声のようなものだったり、単純な歌詞(でも、深い意味を持っていることが、字幕を読むとわかってきます)を輪唱のように歌い回したり。それらの歌がうねりを帯びて、山々のひだや棚田の曲がった道に降り注ぎ、そこで労働する肉体とも響き合って、観る者ににまとわりつくようです。このハーモニーの美しさと迫力には、映画が始まってすぐ虜になってしまうこと請け合いですが、こういった歌は「リ」と呼ばれているそうで、チラシの文言によると、「田畑も、恋も、友情も、苦い記憶も、すべてが歌と共にある」。映画の中でも、「ナガ族の合唱は多くの声による会話だ。その重なり合う歌声は”コ・キ・パ・ル”と呼ばれ、高音と低音が響き合い、遠くまで広がっていく」というセリフが出て来て、なるほど、これが原題の「kho ki pa lü」なのか、と納得。だから、あまねくすべての場所に広がっていく歌、というわけなのですね。


いつも歌っている人たちも、たまにしか歌わない人も、歌が記憶のメジャーになっていて、歌と共に過去のそれぞれのシーンがよみがえるようです。そういった記憶を、歌っていた人たちが語り始めます。青年たちの恋バナもあれば、やんちゃだった時の話、将来の夢の話も出て来ます。かと思うと、年老いたカップルのキリスト教の洗礼を受けた日の記憶だったりもします。実は東端諸州のうち、ナガランド州とミゾラム州は人口の約9割がキリスト教徒で、ほかにもメーガーラヤ州は83%、ミゾラム州に隣接するトリプラ州も7割がキリスト教徒です。20世紀にアメリカ人の宣教師がやってきて人々を改宗させたとのことですが、映画の中にもものすごく立派な教会が出て来ます。それは例えて言えば、日本の農村に東京ドームが出現した、というぐらいの巨大さです。そこで奏でられる賛美歌も映画の中には登場し、それも美しい歌なのですが、労働に裏打ちされた「リ」に比べると、なぜかひ弱な感じがしてしまいます。


労働は主として米作の各過程が捉えられており、田を耕し、代掻きをして苗床を作り、田植えをして米を育て、収穫して脱穀や風撰をしていく様子が映画の流れと共に登場します。中でも面白いのは、上の写真のように、稲束の山を数人で蹴飛ばして、脱穀していくシーン。円陣を組んで、まるでサッカーのキック練習さながらに稲山を蹴り上げます。本当に脱穀できているの? と心配になりますが、本当に脱穀できた証拠は、種籾のいっぱい詰まった袋が20㎏ぐらいあることでわかります。下の写真は最初から袋状に縫ってあるものに入れられていますが、1枚の大きな布に種籾を山と入れ、それをうまく袋状にしていく様子も見ることができます。それを背負って山道を運んでいくのですが、布の緊張が少しでも緩んだら中のお米は飛び出してしまうのでは、と思うと、見ていて気が気ではありません。


労働と日常生活以外にも様々なことが語られますが、私が惹かれたのは教育についての話でした。下の4人のおばさんたちは幼なじみのようですが、一番右のおばさんだけが小学校に通っていて、「学校があってあまり歌えなかった」とのこと。たった2年間だったそうですが、他の人は「私も勧められたんだけど断ったの。でも、今では後悔してる。もし2年間教育を受けてたら、今頃歌詞を見ながら歌えたかも」とそのおばさんをうらやみます。ナガランド州は、ミゾラム州やトリプラ州には及びませんが、識字率80%強でインドの平均74%をかなり上回っているのです。ちなみにミゾラム州は約92%、トリプラ州は約88%です。ごく普通の農家のおばさんが教育の大切さをこんな風に語るのが興味深く、また教育の効用が即歌うことと結びついているのもとても面白く感じられたのでした。

もう一つ、最初に本作を英語字幕のスクリーナーで見た時に惹きつけられて、「栗ちゃん兄弟」と名付けてしまった双子の男性たちの話も新鮮でした。「大学に行くために村を出て、新しいことをたくさん吸収した。でも故郷が恋しくて仕方がなかった。家や兄弟のことをたびたび思い出したよ。よく一緒に音楽を聞いていたこととかね。新しい歌を聞くたびに孤独を感じた」彼らの家は比較的裕福なようで、幼い時からあまり労働をせずに育ったようですが、それでも魂の深いところで、歌が自分と故郷を結ぶへその緒のような役割をしていることがわかります。確かに栗ちゃん兄弟の家は他の家々に比べると造作や家具が立派ですが、やはりペク社会に根ざす人なのだなあ、と、2人の甘栗に似た顔を見ながら思ったのでした。村から離れ、都市の大学に行ったらもうその方向しか向かないインド人が多いのに、Uターンという意識すらなく、自分が一番生きやすい場所へと戻ってきた栗ちゃん兄弟。ペクにそういう磁場を作るのに、音楽が大きな役目を果たしている気がして、ちょっと感動したのでした。


ところで、「甘栗に似た顔」とか書いてしまいましたが、これまでの写真を見て、「みんな日本人そっくり」と思った方も多いと思います。インドは、北インドに住むインド・アーリア系の人々、南インドに住むドラヴィダ系の人々以外に、東端や北の方に我々日本人と同じモンゴロイド系の人々、つまりチベット・ビルマ系の人々も住んでいるのです。ナガランドの人々もそうで、ナガというのは一つの民族ではなくていろんなナントカ・ナガ族の人がいるのですが、みな一様に日本人から見ると懐かしい顔をしています。そんなやさしい面差しのナガの人々ですが、ナガランドの独立を求めて、過去にも何度かインド政府との衝突を起こしています。後半、そのことにも触れられていて、『あまねき旋律』の中では見ていて気持ちが緊張する部分となっています。


こんな作品を作り上げたのは、アヌシュカ・ミーナークシ(右)とイーシュワル・シュリクマール(左)というカップルの監督。昨夏のちょうど今頃、山形国際ドキュメンタリー映画祭での上映が決まり、監督たちの名前のカタカナ表記を確定するお手伝いをしたのですが、お2人がどこの出身かでカタカナ表記は少し違ってくる可能性があるため、いろいろネットで調べてみました。すると、ある紹介記事の中に「2人はチェンナイで住む家を探して、云々」の記述があったので、おそらくタミルの人、少なくとも南インドの出身だろうと見当を付けたのでした。その時も思ったのですが、「ミーナークシ」女神と「イーシュワル(神)」とのカップルだなんて、すごく神々しい感じがします。でも実際には上のような気さくな感じのお2人で、今はポンディシェリーに家を見つけて住んでいるとか。

本作を製作するきっかけとなったのはインド各地のパフォーマンスを記録するプロジェクトで、前述したチェンナイでの家探しが困難に直面し、それなら家を借りるために貯金していたお金で1年間インドを回ろう、ということになったそうです。そして、友人・知人の紹介で各地の音楽や舞踊といったパフォーマンスを追いかけていき、最後にたどり着いたのがナガランド。ここで、日常に生きているパフォーマンスと出会い、そのすごさに圧倒されてついには本作を完成させてしまった、というわけなのでした。マスコミ試写で配られた、配給会社ノンデライコによるプレスは至れり尽くせりで、ノンデライコの大澤一生さんと、山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局の若井真木子さんによる監督インタビューは、詳しい上に非常にドラマチック。公開時には劇場用パンフレットにも掲載されると思いますので、ぜひ読んでみて下さいね。映画の中で歌声が「あまねく響く」理由というか仕掛けもバラしてあり、いろんな点で興味深いインタビューです。


公開はまだ先なのですが、まずは皆さんにこの魅力的なドキュメンタリーの一端をご紹介しておきます。予告編がアップされたりしたらまたご紹介しますので、楽しみにしてお待ち下さい。なお、アヌシュカ・ミーナークシとイーシュワル・シュリクマール両監督は、8月6日(月)~8日(水)来日し、取材を受ける予定です。取材ご希望の媒体の方は、ノンデライコ(nondelaico777@yahoo.co.jp)までお問い合わせ下さい。街でお2人を見かけたら、「『コ・キ・パ・ル(英語題名:Up Down And Sideways)』楽しみにしています」と声を掛けてあげて下さいね。でもって、こちらまでぜひコメントをお寄せ下さい! 台風が行ってしまったら、皆様もどうぞ楽しい夏休みを。


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