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インド映画は夏が旬!:勇気ある映画『あなたの名前を呼べたなら』

2019-07-18 | インド映画

先日ご紹介した『シークレット・スーパースター』と違って、「大人の作品」と言えるのが『あなたの名前を呼べたなら』。『シークレット・スーパースター』と同じく、勇気ある女性が自立をめざすストーリーなのですが、そこに経済格差、身分格差に逆らう勇気ある恋をからませて、社会的束縛からの男性の自立もちょっぴり描いている、とても新鮮な物語です。まずは、映画のデータをどうぞ。

『あなたの名前を呼べたなら』 公式サイト
 2018年/インド、フランス/ヒンディー語、英語、マラーティー語/99分/原題:Sir
 監督:ロヘナ・ゲラ
 出演:ティロタマ・ショーム、ヴィヴェーク・ゴーンバル、ギーターンジャリ・クルカルニー
 提供:ニューセレクト
 配給:アルバトロス・フィルム
8月2日(金) Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

ラトナ(ティロタマ・ショーム)は、デカン高原にある小さな村の出身。ムンバイで住み込みのメイドとして働いているのですが、建築会社社長の次男である旦那様(Sir/サー)のアシュヴィン(ヴィヴェーク・ゴーンバル)が、アメリカで結婚式を挙げるためしばらく留守にするというので、実家に帰省中でした。ところが急遽呼び戻され、実家から親戚が運転するバイク、乗り合いタクシー、長距離バス、そして電車を乗り継いで、ムンバイの勤務先のマンションに戻ることに。そこでラトナが耳にしたのは、結婚式が直前に取りやめになり、アシュヴィンが戻ってくる、という話でした。どうやら婚約者の浮気が発覚、破談になったらしいのです。帰宅したアシュヴィンのところには、実家の母や結婚している姉が慰めに来るものの、今のアシュヴィンにとってはそれもうっとうしいばかりのようです。ラトナはアシュヴィンを元気づけようと、自分が未亡人であることを話し、「村では未亡人になると人生終わりです。でも、私はこうして働いて、妹を学校にも行かせています。人生、終わりじゃないんですよ」と励まします。そして、ラトナがファッション・デザイナーになる夢を持っている、と聞き、アシュヴィンは彼女を応援したくなるのですが、やがてその気持ちがもっと深いものに変化していきます...。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

使用人と雇い主(あるいは雇い主側にいる人)との恋、というのは、これまでにも娯楽映画では描かれてきてはいるのですが、その描き方はシンデレラ・ストーリー、あるいは逆・玉の輿といった、絵空事としてのものでした。というのも、実際にその恋が可能になることは、まずあり得ないからです。インドはものすごい階級社会です。そう言うとカースト制度をまず思い浮かべる方が多いでしょうが、それに加えて、経済的な格差、それに付随する教育、あるいは教養の格差等が厳然と存在します。インドの人々は瞬時に相手を判断して、自分と相手の距離、あるいは高低差を決めて対応するのです。娯楽映画の中によく、「アプニー・アゥカート・マト・ブールナー(自分の身分を忘れるな、身分をわきまえろ)」というセリフが出てきますが、まさに四六時中、インドの人々は「アゥカート(身分)」を意識しながら暮らしている、と言っても過言ではありません。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

『あなたの名前を呼べたなら』の中でロヘナ・ゲラ監督は、使用人であるラトナと雇い主アシュヴィンとの間に”壁”があることを、象徴的に見せるシーンをいくつか用意しています。実際に壁があったり、見えない壁に2人が気づかされるシーンだったりしますが、インドの日常を知っている者にはハッとさせられるシーンばかりです。その壁を限りなく薄くしていくのが、ラトナの「ファッション・デザイナーになりたい」という強い意志で、それに触れたアシュヴィンはラトナに、「君ってBraveだね」と言います。そして、それまで自分の周囲に空気のように存在した使用人や労働者といった人々に、意思を持つ、勇気のある人間としての魅力を感じていくのです。上のシーンではアシュヴィンが、「子供の頃から仕立て屋(テイラー)になりたかったの?」と聞いて、ラトナから「ファッション・デザイナーですっ」とビシッと訂正されるのですが、実はこの直前にラトナはあるブティックでつらい経験をしており、それへのしっぺ返しもしているようで、印象的なシーンとなっています。こういった、随所に見どころのある脚本のうまさは、2018年のカンヌ映画祭「批評家週間」で受賞しただけのことはある、とうならされてしまいます。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

脚本も担当したロヘナ・ゲラ監督は、小さい頃から自宅や周囲で働く使用人たちを見て、「すごく不公平な扱いをされている」と感じていたそうで、その思いが本作に結実したと言えます。本作を初めて見た時、「こんなストーリーを真面目に組み立てようとした監督って、いなかったなあ」と目からウロコの思いをしたのですが、それだけに私の映画関係のインド人の友人などに聞くと、「ありえない!(Impossible!)」という声が返ってきます。映画の中でもアシュヴィンの友人(男性)がこんこんとアシュヴィンを諭すシーンがあるのですが、使用人とご主人様の恋なんて現実では「ありえない!」し、たとえあり得たとしても、その先に待っているのは困難ばかり、というのがインド人の大方の見方でしょう。それもあってか、前述のようにカンヌ映画祭で好評を得たというのに、インドではいまだに公開されていません。フランスやドイツでは公開されて、評価も高かったのに残念です。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

ですが、本作は、インドで公開されたらきっと、女性観客の注目の的になるはずです。もちろん、女性の自立を描いている作品だから、ということもありますが、「ファッション・デザイナーになる」というラトナのファッション・センスが光るシーンが、いくつもあるからです。上の写真は、同じマンションのメイド仲間ラクシュミ(ギーターンジャリ・クルカルニー)とマーケットに買い物に行くシーンなのですが、このマーケットが魅力的な上に、2人のお買い物の品がまた、真似したくなるようなチョイスなのです。写真のお店はサリーのボーダーとか、サルワール・カミーズに付ける装飾をいろいろ売っているお店なのですが、ほかにもサリーのブラウス生地をあれこれ選ぶシーンがあって、地味なサリーにチェック柄の生地を合わせてみて「これがいいよね」と言っているようなシーンなど、楽しいファッション・シーンがいろいろ登場します。このマーケット、「マニーシュ・マーケット(Manish Market)」という名前で、ムンバイの空港に近いアンデーリー・ウェスト(Andheri West)にある、とロヘナ・ゲラ監督から教えてもらいましたので、次回のインド旅行の折にはぜひ行ってみようと思っています。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

ところで、出演者の顔ぶれなのですが、ヒロイン役のティロタマ・ショームは、『モンスーン・ウェディング』(2001)のメイド、アリス役でデビューした女優です。そういう労働者階層の役が多いのかと思いきや、少し後でご紹介する『ヒンディー・ミディアム』(2017)では、バリバリのキャリアウーマン的扮装で登場し、主人公に受験の指南をするお受験コンサルタントの女性を演じています。ぜひ、見比べてみて下さい。ラクシュミを演じるギーターンジャリ・クルカルニーは、『裁き』(2014)の女性検事役や、『ガンジスに還る』(2016)のお母さん役で日本でもお馴染みですが、今回はいかにもマハーラーシュトラのお手伝いさん、という格好や振る舞いで、ラトナのいい相談相手として登場します。本当に、演技の上手な人です。そして、アシュヴィン役のヴィヴェーク・ゴーンバルですが、何と、『裁き』のメタボ弁護士を演じていた俳優なんですね。あまりの変身ぶりに、目が点になるはずです。インドの男優にしては顔が濃くないし、今回のアシュヴィン役にピッタリですが、彼はインド系シンガポール人だそうで、今年の4月にはシンガポールで演劇に出演していました。

(c)2017 Inkpot Films Private Limited,India

こんな風に見どころがいっぱいの『あなたの名前を呼べたなら』。原題は「Sir/サー」なのですが、フランス公開時のように「Sir」を言い換えて「Monsieur/ムッシュー」とかにすることもできるものの、『旦那様』という邦題では映画のイメージとちょっと合致しません。それを、「”旦那様”と呼ぶのはやめてくれ」というアシュヴィンのセリフを生かして、『あなたの名前を呼べたなら』という邦題にした配給会社さんのセンスには脱帽です。ロヘナ・ゲラ監督(下写真)も来日インタビュー時に、「各国のいろんなタイトルを見てきたけど、このタイトル、一番好きかも」と言っていました。

©Macha Kassian-Bonnet

こんな風に、メインのストーリー以外にも見どころの多い『あなたの名前を呼べたなら』ですが、格差社会のどちら側にも公平な目を向けているのも、本作の後味をよくしています。インド中の使用人たちと彼らを雇用する側にもぜひ見てもらいたいため、インドでの公開を心から祈っています。最後に、予告編を付けておきます。

映画「あなたの名前を呼べたなら」予告編



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