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上半期公開韓国映画のベスト作品!『天命の城』

2018-06-14 | 韓国映画

6月22日(金)から、韓国映画『天命の城』が公開されます。1636年の「丙子(へいし)の乱」を題材にした時代劇で、イ・ビョンホン、キム・ユンソク、パク・ヘイル、コ・スが主演、パク・ヒスン、ソン・ヨンチャン、子役のチョ・アインらが共演しています。監督は『怪しい彼女』(2014)、『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)、そして『マイ・ファーザー』(2007)を撮ったファン・ドンヒョクですが、これら過去作品とは180度違う本作だというのに、その演出力、脚本力はますます冴え渡り、本年の日本公開作の中では上半期一番の力作となりました。まずは基本データをどうぞ。

 

『天命の城』 公式サイト  
2017年/韓国/韓国語/139分/原題:남한산성(南漢山城)
 監督:ファン・ドンヒョク
 主演:イ・ビョンホン、キム・ユンソク、パク・ヘイル、コ・ス
 提供:ツイン、Hulu
 配給:ツイン
6月22日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー

ⓒ 2017 CJ E&M CORPORATION, SIREN PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

映画は、李氏朝鮮王朝の仁祖(インジョ/パク・ヘイル)が率いる軍と、中国で明に代わって実権を握ろうとしているホンタイジ率いる後金(清)の軍とが敵対する状況から始まります。朝鮮王朝は仁祖の前の王、光海君(ファンヘグン)時代は明とも後金とも友好関係を築いていたのですが、1923年に仁祖がクーデターにより光海君を追放して王位に就くと、それまで明には内緒で仲良くしていた後金とは袂を分かち、後金を「野蛮な国」と見下すようになったのでした。1936年に後金から清と国号を改めたホンタイジは怒り、朝鮮半島へと攻め入って来たのですが、これが丙子の乱と呼ばれる戦いになったのです。1936年12月に当時都としていた盛京(今の瀋陽)を発ったホンタイジは、12月14日に朝鮮に侵入、それを受けて仁祖は首都漢城(今のソウル)から逃れて、最終的には南漢山城に立てこもる形になり、正月を挟んで厳寒期の40日余り、南漢山城での攻防戦が続いたのでした。

ⓒ 2017 CJ E&M CORPORATION, SIREN PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

映画は、仁祖が大臣たちを集めて評定を行い、清への交渉役に崔鳴吉(チェ・ミョンギル/イ・ビョンホン)が選ばれて清軍の陣地に赴く姿と、南漢山城をめざしてもう一人の大臣金尚憲(キム・サンホン/キム・ユンソク)が凍った河を渡ってやってくる姿をまず描きます。その後南漢山城では、屈辱的な妥協をしてでも清との和平の道を取ろうとするミョンギョルと、死をも辞さずと主戦論を唱えるサンホン、老獪な重臣金瑬(キム・リュ/ソン・ヨンチャン)らが仁祖を前に、延々と評定を重ねていきます。その間に南漢山城内にある村落では、鍛冶屋のソ・ナルセ(コ・ス)を始めとする人々が武官の李時白(イ・シベク/パク・ヒスン)らによって軍組織に組み入れられ、戦いにかり出されていきます。1月の厳しい寒さ、籠城状態から来る食料の欠乏と、敵は清軍だけではありませんでした。サンホンは近辺に展開する朝鮮軍近衛兵らと連絡を取り、一斉に清軍を攻撃しようとナルセを使者に仕立てて南漢山城から脱出させますが、ナルセの身分が災いしてそれもうまく行きません。やがて、清軍からの大規模な砲撃が開始されます....。

ⓒ 2017 CJ E&M CORPORATION, SIREN PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

劇中かなりの時間が御前会議のシーンに割かれるのですが、退屈どころか、イ・ビョンホン、キム・ユンソクという二人の名優によって緊迫感に充ち満ちたシーンとなり、時には丁々発止とやり合う二人にパク・ヘイルの仁祖が存在感を見せつけたりと、映画の中軸となるシーンがしっかりと存在した上で、ストーリーが動いていくのが本作の一番の魅力です。その周囲に配されている様々なエピソードがこれまた巧みで、定石的ではありますが、王・貴族と平民という組み合わせが功を奏しています。硬直しとげとげしい王・貴族の世界と反対に、自由で大らかな庶民の世界を代表するのはコ・スが演じる鍛冶屋のナルセで、その弟子チルボク(イ・デビッド)や、サンホンが最後にナルセに預ける少女ナル(チョ・アイン)など、彼の周囲には魅力的なキャラクターが揃っています。特にナルは、幼い少女ながら自分を引き取ってくれたサンホンのことを心に掛け、精一杯の愛情を示すのですが、冒頭でサンホンがナルの祖父に何をしたのかを知っている観客としては、見ていて複雑な心境になってしまいます。このあたりが脚本のうまさで、どの人物もキャラクター設定が緻密なところが、物語に重層的な膨らみを持たせて観客を退屈させません。

ⓒ 2017 CJ E&M CORPORATION, SIREN PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

もう一つ、映画に膨らみを持たせてくれるのが、坂本龍一による音楽です。韓国映画の音楽を担当するのは初めてとのことですが、予想したよりも軽やかな音楽で、それゆえに物語の深刻な面が強調されず、心地よく作品を見ていけます。プレスにあった坂本龍一のコメントによると、「ファン監督はぼくの想像よりもモダンな音楽を求めていましたので、ぼくもすぐに方針を変えて、かなり斬新な方向に音楽をもっていきました」だそうで、これも監督の演出力の表れかも知れません。音楽のおかげで、ラストの余韻が体にしみこむようでした。

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それにしても、ファン・ドンヒョク監督の前作『怪しい彼女』を知る者にとっては、あの握ったサンマを突きつけてオ・ドゥリが「何者だい! 発情したオス犬みたいにつけまわして!」と迫るシーンなどとのギャップが大きすぎ、同じ人が監督しているとはとても思えません。強いて言えば、底を流れるヒューマニズムが共通しているとは言えますが、あまりにも作風が違うので唖然としてしまいます。監督はプレスにあるインタビューで「原作小説で一番描きたかったのは、チェ・ミョンギョルとキム・サンホンの議論だった。和親交渉と戦争と行った異なる意見で対立する二人の臣下の間の議論は、どちらが正しい、正しくないという域を超えて、信念と哲学の対立として感じた。まるで詩のようにも感じさせる二人の論議と言葉が素晴らしく、十分に映画のセリフで生かしたかった」と語っており、金薫(キム・フン)による原作小説『南漢山城』がまず監督の心を捉えたようです。日本では翻訳は出ていないようですが、おそらく監督はその小説が持つ世界を見事に描ききったのでは、と思われます。

ⓒ 2017 CJ E&M CORPORATION, SIREN PICTURES ALL RIGHTS RESERVED

イ・ビョンホンとキム・ユンソクの、感情を押さえた中にも力がみなぎる演技が素晴らしい本作、二人とも実にいい役者だなあ、としみじみ思いました。特にイ・ビョンホンは、『王になった男』(2012)以来の時代劇ですが、あの時は光海君(と彼の影武者)の役だったのですね。そんなことも思い出したので、拙文の最初に仁祖の前の光海君のことにも触れたのでした。

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『天命の城』は昨年の韓国における観客動員数ランキングでは意外に低い第7位だったのですが、それはラストシーンが誇り高い韓国の人には耐えがたかったからかも知れません。とはいえ、経緯をつぶさに見せられた後では仁祖の行動は真に勇気あるものと思え、その姿にミョンギョルとサンホン、そのほかナルセなど多くの人々の姿がオーバーラップして思わず目がうるみました。ご覧になる時にはぜひパンフをお求めいただくか、あるいはこちらの公式サイトで歴史上のあれこれについて事前学習をしておいていただければ、より楽しんでご覧いただけると思います。最後に予告編を付けておきますので、ぜひ劇場にお運び下さい。

『天命の城』(6.22(金)TOHOシネマズシャンテ他全国ロードショー!)


追伸:ところで、清軍の人々が話す言語は、モンゴル語なのでしょうか、それとも満洲語? 後者は話せる人がほとんどいないためテキスト作りが大変だと思うのでモンゴル語だと思うのですが、もしおわかりになる方がいらしたら教えて下さい。


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3 コメント

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満州語 or モンゴル語 (シネマコリア西村)
2018-06-30 16:31:38
 cinetamaさま

 ごぶさたしております。シネマコリアの西村でございます。

 『天命の城』のレビュー、読んだ方が観たくなること請け合いの名文!と思いまして、勝手ながらツイッターにてご紹介させていただきました。満州語 or モンゴル語のご質問について回答が寄せられておりますので、以下のURLご確認いただければ幸いです。

https://twitter.com/cinemakorea/status/1008205529057882112

 作品は先日夜の最終回を見たのですが、いやに空いてるな~と思ったら、サッカーW杯・日本×ポーランド戦の真っ最中でした。

 作品も俳優の演技も堪能しました。イ・ビョンホン、90年代を知る者としては本当にいい役者になったなあと。でも、私のハートを鷲づかみにしたのはチョ・アインちゃんでした。国破れて山河あり(?)を体現するおいしい役どころでもあり、彼女の存在に救われた思いの観客も韓国では多かったのではないでしょうか。

 それでは、またちょくちょく拝読させていただきます。
シネマコリア西村様 (cinetama)
2018-07-01 21:06:05
ご無沙汰しています~。
ご丁寧なコメントというかご教示、ありがとうございました。

やっぱり満州語の方でしたか。
話者が非常に少ない中、映画の台詞をどうやって作り上げたのでしょうね。
韓国にいらっしゃる満州語の研究者の方が協力なさったのでしょうか。
『神弓』のリュ・スンリョンがしゃべっていたのも満州語だったことが、教えて下さったサイトに書かれていましたが、あの頃から満州語をセリフとして仕上げられる支援体制ができたのかも知れません。

私も今回、ご回答をいただいてまた調べてみたのですが、モンゴル語と満州語は文字は似ているというか、モンゴル語の文字を改良して満州語文字が作られたから似ているものの、言語自体の類似度はせいぜい3割ぐらい、という記述を発見しました。
系統が異なるので、そんなもんなのですね。
満州語は昔、勤務していた職場の大江孝男先生が研究しておられ、日本語、朝鮮語との関係も考察しておられたように記憶しています。
今のところ映画で登場したのは『神弓』と『天命の城』だけだと思うので、研究者の方は『天命の城』をぜひご覧下さい、というところですね。

言語と映画の諸相、いろいろと興味深いです。
『ラストエンペラー』にも (シネマコリア西村)
2018-07-02 00:31:09
 お恥ずかしながら、当方、劇中で何語を使っているのか、という発想すらなく…。

 こういう情報が入ると『神弓』再見したくなりますね~。

 Wikipediaの「満州語」のページによれば、『ラストエンペラー』の即位式でも満州語が使われているようです。

 今は8月の花コリ最優先モードなのですが、また時間に余裕ができたら『神弓』『天命の城』の満州語について韓国語の資料、ちょっと調べてみますね。何か分かりましたらまたご報告いたします。

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