アジア映画巡礼

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重厚な歴史劇映画『パドマーワト 女神の誕生』

2019-05-17 | インド映画

珍しいインドの歴史劇映画『パドマーワト 女神の誕生』6月7日(金)から公開されます。私の個人的分類では、過去の出来事を描くのが歴史劇映画、そして1858年にインド大反乱が終息してイギリス領インドが成立するまでを中世と考えているので、それ以前を描く作品を歴史劇の中でも「時代劇」と呼んでいます。時代劇は衣装やセットなどに相当お金がかかるため、インド映画全体としても数が少ないのですが、2000年代に入ってからだと本作『パドマーワト 女神の誕生』を始め、同じくサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の『Bajirao Mastani(バージーラーオとマスターニー)』(2015)、アーシュトーシュ・ゴーワリカル監督の『Jodha Akbar(ジョーダーとアクバル)』(2008)などが作られています。日本での上映作では、サタジット・レイ監督作『チェスをする人』(1977)や、特別上映された『偉大なるムガル帝国』(1960)、『アショカ大王』(20019)などがありますが、やはり数が少ないですね。『バーフバリ』2部作や『カーマ・スートラ 愛の教科書』(1996)のような作品は時代劇とは言いがたいため入れていませんが、そんなわけでインド映画の時代劇作品の公開は大変貴重でもあります。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

『パドマーワト 女神の誕生』のサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督は、前作『Bajirao Mastani(バージーラーオとマスターニー)』では18世紀前半のマラーター王国(現マハーラーシュトラ州)を舞台に、ペーシュワー(宰相)であるバージーラーオと彼をめぐる2人の女性、妻カーシーバーイーと王女マスターニーとの愛と信頼の絆を描いて見せました。本作ではもう少し時代をさかのぼり、13世紀末が舞台となっています。1206年~1526年の間、デリー・スルターン朝と総称される時代が続き、5つの王朝が興亡を繰り広げますが、その2番目の王朝ハルジー(またはヒルジー、キルジー。アラビア文字で書かれたخلجیの読み方の違いによる/1290~1320頃)朝が舞台です。その後デリー・スルターン朝は、1526年にパーニーパットの戦いで中央アジアからやってきたバーブルの軍に敗れ、以後はムガル朝が隆盛を極めることになります。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

と一応歴史を辿ることができるのですが、実は本作は16世紀に詩の形式で書かれた歴史物語『パドマーワト』に依拠しています。物語なので、歴史的事実をかなり膨らませて詩形式で綴ってあるそうで、従って本作も時代考証をしっかりと行った歴史映画というよりは、この歴史物語から想像を膨らませたフィクションとも言える作品です。そのためにインドではいろいろ問題が起こったのですが、それはまた後述するとして、まずは映画のデータをどうぞ。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions 

『パドマーワト 女神の誕生』 公式サイト 
2018年/インド/164分/ヒンディー語/原題:Padmaavat
 監督:サンジャイ・リーラ・バンサーリー
 出演:ディーピカー・パードゥコーン、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール、アディティ・ラーオ・ハイダリー、ジム・サルブ
 配給:SPACEBOX
6月7日(金)より全国順次ロードショー

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

デリー・スルターン朝で最初に成立したのが奴隷王朝と呼ばれる王朝でしたが、その奴隷王朝の武将であったジャラールウッディーン(ラザー・ムラード)は、自らの属するアフガニスタンのハルジー族を率いて奴隷王朝を倒し、1290年にハルジー朝を樹立します。そして、甥のアラーウッディーン(ランヴィール・シン)と娘のメヘルンニサ(アディティ・ラーオ・ハイダリー)を結婚させ、自分の意のままにあやつろうとしますが、自分がスルターンになる野望を抱いたアラーウッディーンは、1296年に義父ジャラールウッディーンを暗殺し、スルターンの座に就きます。

 

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

同じ頃、ラージャスターン地方南部にあるメーワール王国の若き王ラタン・シン(シャーヒド・カプール)は、王妃である妻のための真珠を求めて南の島のシンハラ王国に赴き、王女パドマーワティ(ディーピカー・パードゥコーン)と出会います。パドマーワティはラタン・シンを誤って傷つけてしまい、傷が治るまで彼女の元で過ごしたラタン・シンは、パドマーワティと恋に落ちて結婚します。そして、パドマーワティをメーワール王国に連れ帰るのですが、その美しさを目の当たりにした王国の僧侶がデリーに赴き、アラーウッディーンにそれを告げてしまったことから、アラーウッディーンの征服欲が呼び覚まされてしまいます。自らの領地を広げ、美しいパドマーワティを手に入れるために、アラーウッディーンは腹心の部下マリク・カーフール(ジム・サルブ)と共にメーワール国を手に入れる策を練り始めます...。


(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

このあと、ラタン・シンがアラーウッディーンによりデリーの王宮に幽閉されたり、その夫を取り戻すためにパドマーワティが大作戦(?)を繰りひろげたりと、様々な見せ場が続きます。その中にアラーウッディーンの妻メヘルンニサの活躍も盛り込まれて、女性たちの強靱さがしっかりと描かれているのは、さすが21世紀の歴史映画。演じるディーピカー・パードコーンとアディティ・ラーオ・ハイダリーも熱演で、とても魅力的です。それだけに、男性主人公2人--アラーウッディーンとラタン・シンの描き方が気になります。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

アラーウッディーンは、登場した時から美女と見ればすべて手を出し、邪魔者は親友と言えども即息の根を止める、といったように、「鬼畜」のごとき描き方がされているうえ、後年アラーウッディーンに代わって南部の王国を攻めたりするマリク・カーフールはずる賢くて残忍と、イスラーム勢力の男性たちは「インドへの侵略者」という視点で「悪」の存在として描かれています。一方、ラタン・シンの臣下たちは、裏切りを行う僧侶のような人物もいるものの、他は忠臣で、名前すら憶えてもらえないような役柄でも要所要所で忠誠心の発露が見える演出になっています。むしろ、ラタン・シンの方が印象が薄く、王としての威厳が出ていないように感じましたが、アラーウッディーンの「悪」に対する「正義」、激烈な「狂気」に対する「静謐」といった演出が考えられていたとすれば、それは成功したと言えるでしょう。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

本作を巡って事態が紛糾している、ということは知っていたのですが、この作品を初めて見た時には上記のような印象から、「イスラーム王朝の人々の描き方が偏っている、とイスラーム教徒から抗議が出て紛糾したのだろうか?」と一瞬思ったほどでした。ですが、インドでのこの作品に対する抗議は一貫して、「ヒンドゥー教徒やラージプート族を侮辱する内容が含まれている」というものでした。『パドマーワト』を巡る問題は、ポポッポーさんのこちらのサイト『パドマーワト』の紹介と共に詳しく書いてあるのでぜひ読んでいただきたいのですが、まだ映画が出来上がる前に憶測が広がり、「ヒンドゥー教徒やラージプート族を侮辱する内容が含まれている」「この映画は歴史をゆがめている」として監督やディーピカーへの「殺すぞ」脅迫にまで発展した、ということのようです。さらには、「ラージプートの王族の女性は人前では絶対に踊らない」といったこじつけのような非難まで出てきた頃、裁判所が元のタイトル「パドマーワティ」を、「パドマーワト」という物語に依拠しているのだからと『パドマーワト』への変更を命じて(ポポッポーさんのサイトに使われているポスターは以前の『Padmawati』になっています)フィクションであることを強調するよう指示。その他、「サティー(夫への殉死)」等の問題点への弁明を作品の冒頭で示したうえで公開されたのでした。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

『パドマーワト』は2018年1月25日に公開されてみると、見た観客の誰もが「どこにヒンドゥー教徒やラージプート族を侮辱する内容があるんだ?」と思ったに違いなく、以後は歴史的事実と違う点(ジャラールッディーンは本当は民衆に慕われた人物だった、等々)の指摘がいくつか出たぐらいで、観客には問題なく受け入れられ、最終的には『SANJU/サンジュ』に続く2018年第2位の興収を上げたのでした。ただ、王妃パドマーワティ(実際の名前はパドミニーで、歴史文書にはほとんど記述されていないようです)に関してはフィクションであることを強調したとしても、これだけヒットすれば映画の内容が真実と受け取られかねないのも事実で、このあたりの恐さもよく自覚して、サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督は映画の構成を考えるべきだったのではないかと思います。

(C)Viacom 18 Motion Pictures (C)Bhansali Productions

歴史劇としては非常に豪華で、かつ重厚な作りで見応えがあります。ただ、最近のサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督は、映画の内容よりもむしろ道具立てにこだわりすぎている感があり、それが本作でも目立ちました。反対に言えば、『パドマーワト』は豪華な道具立ての頂点を極めた作品とも言え、インド歴史映画の最高峰を目撃できます。光量の少ないシーンも多いので、ぜひ劇場でご覧になることをお勧めします。最後に予告編を付けておきます。

映画『パドマーワト 女神の誕生』予告編

 

 


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