アジア映画巡礼

アジア映画にのめり込んでン十年、まだまだ熱くアジア映画を語ります

第16回東京フィルメックス:私のDay 4(前半)

2015-11-26 | アジア映画全般

Day 4は充実の1日でした。3本見たのですが、1本目と3本目が好みの作品で、しかも見応えたっぷり。特に1本目のチベット語映画『タルロ』が、多分今回の私的ベストワン作品になりそうです。順番にご紹介していきましょう。

『タルロ』


中国/2015年/123分/原題:塔路/英語題名:Tharlo
 監督:ペマツェテン(万瑪才旦/Pema Tseden)
 出演:シデニマ、ヤンシクツォ


『オールドドッグ』(2011)も私の大好きな作品ですが、ペマツェテン監督(上写真)、初めてお顔を拝むことができました。今回の『タルロ』もすごい映画で、どうしたらこんな作品が撮れるのか、と見ながら圧倒される思いでした。

『タルロ』の冒頭は、チョー長回し映像です。チベットの小さな町の警察署で、男が毛沢東の文章を読み上げています。「人民に奉仕せよ、1944年、毛沢東」から始まるその長い文章を、男は抑揚を付けてえんえんと語っていきます。警察署の壁に書かれているのは、まさに「人民に奉仕せよ(為人民服務)」の文字。ずっと聞いていた警察署長(字幕には「所長」と出ていましたが、派出所というには大きな規模の警察署なので、やはり「署長」では? とこんな重箱の隅が気になる字幕翻訳者のサガ...)は「すばらしい記憶力だ」と褒め称えます。

男の名は通称「三つ編み」で、本名が「タルロ」。羊飼いをしていて、自分が世話をしている375頭のひつじの特徴をみんな言うことができます。そのうちの100頭ほどがタルロ自身の羊で、普段は人里から遠く離れた牧草地で暮らしているのでした。タルロは身分証を作らないといけないと言われ、警察署に出向いて来たのですが、通達からだいぶ遅れてやって来たためにすでに警察署では写真を撮る用意がなく、タルロはバイクで大きな町へと向かいます。

この警察署のシーンがワンカットなのです。モノクロの映像とも相まって、冒頭から強烈な印象を与えてくれます。そして、署長が紹介してくれた町の写真館でのシーンも秀逸です。今のチベットを象徴しているかのような、撮影背景画や写真を撮っている夫婦のコスプレ。タルロの番になったのですが、髪があまりにボサボサで、写真館の女主人は向かいの理髪店で洗ってこいと言います。その理髪店にいるのは若い女性ヤンツォ。この彼女と出会ったことで、タルロの運命は大きく動いていくのです....。

本当に、どのシーンもくっきりと印象に残っていて、隅から隅まで語りたくなってしまいます。終了後のQ&Aに登場したペマツェテン監督は、とても物静かな感じの人。通訳はお馴染みの渋谷裕子さんです。


Q:東京国際映画祭で、監督の以前の作品で撮影監督だったソンタルジャさんの『河』を見ました。今回の作品では、ソンタルジャさんは関わっていないのですか? それと、長回しにこだわりがあるのはなぜですか?

監督:ソンタルジャは、第1作から『オールドドッグ』まで、3作品を一緒にやってきました。その後彼は監督として独立し、『陽に灼けた道』と『河』を撮りました。今回のカメラマンのリュ・ソンイエは、ロシアで6年間撮影を勉強してきた人です。以前彼が撮影した短編映画を見て素晴らしいと思い、いつか一緒にやりたいと思っていました。今回の脚本を見せて気に入ってもらったので、一緒にやることになりました。

長回しですが、何を語るかという映画の内容によって、撮影方法は違ってくると思います。独り暮らしで孤独なタルロという人物を写すには、長回しがピッタリだと思ったです。周囲とほとんど関係を持たない彼の孤独な生き方、彼という人間の存在を表すためには、長回しを使うのが最適でした。


Q:タルロが三つ編みを剃られて人が変わっていく、というのは、旧約聖書のサムソンを思い出させます。理髪店の彼女が別れ際にキスをするシーンがありましたが、2人の顔が画面から切れているという演出には何か意味があったんでしょうか? あと、身分証を持っていなくてもバイクの運転ができるのでしょうか?

監督『タルロ』は、私が3年前に書いた短編が元になっています。まず浮かんだのは弁髪姿の男のイメージで、それに引かれるようにして物語を作り上げていきました。この映画は、自分は何者であるかという自分の身分を探す人物が主人公です。彼の場合、身分を示すものがまさに弁髪だったわけです。この映画が台湾で上映された時にも、聖書の話と似ている、と言われましたが、私自身はその話は知りませんでした。

タルロという人物は、山の中で独りで暮らしています。その彼が町に出てくると、町の中ではどういう存在なのか、というのを示すために、理髪店でのシーンはすべて鏡に写った姿になっていますし、一部が切れたような構図になっています。そういうことであのキスシーンも切れているわけですが、もう一つ、チベット族の伝統では、ああいう男女の出来事をあからさまに示すことはあまりないのです。2人はカラオケのあと一緒に夜を過ごした、その彼らの間に何が起きたのか、というのが間接的にわかるような構図にしてあるわけです。

カラオケでは、タルロはラーイーと呼ばれる歌を歌いますが、あれはまさに「情歌」で、愛情関係にある男女の間で歌われる歌です。それをタルロが歌うことで、2人の間柄を表現しています。

身分証に関しては、中国では2004年に次世代の身分証が発行されました。それ以前は、チベット族の人々に関して言えば、身分証は誰もが持っているという状況ではありませんでした。それが2004年以降は全員が身分証を持ち、それがないと免許も取得できない、ということになりました。


Q:オープニングの毛沢東の言葉の語りは、ヒップホップみたいだと思いました。このリズムには意味があるのでしょうか?

監督:これは毛沢東語録のうちの「人民に奉仕せよ」という部分なのですが、これを語ることで彼の背景がわかるようになっています。つまり、40代で、特殊な年代を経てきた人、ということがわかり、また、彼が記憶のいい人物である、ということも証明しています。タルロがこれを憶えたのは小学校時代で、しかも中国語で憶えているわけですね。

この語りのリズムは読経のリズムです。チベット族がお経を暗誦する時のリズムそのものです。

Q:タルロが土を地面に撒くところで、かかしのようなものが出てきますが、あれは死者を弔う何かなのでしょうか?

監督:あれはまさにかかしです。劇中にもあったように、タルロの住む周囲には狼が出没します。かかしは狼を驚かすためのものですが、あれが画面に登場することで、狼がいる、あとで狼が羊を食べてしまうに違いない、という伏線となっています。

それから、土を地面に撒いていたのではなく、あれは羊の糞です。集めた羊の糞を乾かして、燃料にするのです。こういったシーンにタルロの生活のディテールが現れているのですが、ああいう所で生活をしたことのない人にはわかりにくいかも知れませんね。


Q:女性にだまされたあと、警察に行ったところでは、毛沢東語録が言えなくなってしまいます。あれはどう解釈したらいいのでしょうか?

監督:ラストシーンは、冒頭のシーンと合わせ鏡のようになっていて、逆のことが行われています。だから、「為人民服務」という文字も裏返しになっているんですね。自分の身分を探していたのに、女性に欺されて何もかも失ってしまうわけですから、冒頭と逆になっていることになります。


Q:全編モノクロで撮られているのは?

監督:この質問は、どこの映画祭に行っても真っ先に聞かれます(笑)。タルロを取り巻く外在的要因と、彼の内面、内在的要因を表現したかったのです。外も内もとてもシンプルな人間であり、毛沢東語録が彼の規範になっている。モノクロにすることによって映画美学的に、タルロという寂しくて突出した人物をよく描けると思ったのです。


Q:鏡を使う撮影がたくさんなされていますが。

監督:鏡は、タルロが理髪店に行ってヤンツォと会ってから登場します。これは、ヴァーチャルな世界に行った、逆さまに写っているから不安定な世界に行った、ということを表現しています。山の中の世界から町へとやってきて、幻想的な世界に入ってしまった、ということを示しているのです。

Tharlo by Pema Tseden - trailer

上に予告編を付けましたが、最後の質問は東京国際映画祭のプログラミング・ディレクター矢田部吉彦さんからのものでした。矢田部さん始め、行定勲監督など、フィルメックスには大物映画人の姿もちらほら。上映後のQ&Aが終了しても、ホール外では監督を囲んでサイン会やら質問やらがいつまでも続き、この映画の人気ぶりを示していました。

ちょっと長くなったので、あとの2作品のご紹介はまた明日(つづく)。



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2 コメント

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Unknown (ちひろ)
2016-08-28 18:00:18
『タルロ』観てみたい!!チベットの風景はモノクロがあいますね。
 裕子ちゃんの元気そうな、上品な雰囲気もたくさんみることができました。これからメールしてみます。
ちひろ様 (cinetama)
2016-08-28 18:44:05
コメント、わざわざありがとうございました。

『タルロ』は絶対オススメです。
他にも、このペマツェテン監督作品はどれも見応えがありますし、彼の小説も面白いです。
「タルロ」も収録されている小説集「チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して」(勉誠出版)は、そちらの図書館にぜひ。
シュールな物語もあって、チベットの現状と共にこの監督の内面を知ることができます。

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