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「ミュジコフィリア」(2021年 日本映画)

2021年12月01日 | 映画の感想・批評
 京都を舞台にした作品である。これまでにも京都を舞台にした数多の作品が生まれているが、今回初めてロケ地に選ばれた泉涌寺仏殿と無鄰庵が見ものである。近年は観光地として知られているが、地元の人が愛し頻繁に足を運ぶ場所である。この地を選んだ制作者の判断がいい。
 京都の町と学生、この組合せは定番だ。「京都の町で石を投げたら学生に当たる」と昔から言われてきた。改めて聞くと物騒な表現だが、全国から多くの学生が集まり学生に愛され、町の人も学生を大切にしてきた喩えである。学生と京都の町は相性がいい。 
 原作はコミック本の音楽シリーズ三部作の完結作。京都の芸術大学に入学した朔(井之脇海)が現代音楽研究会というちょっと風変りなサークルに入ったところから物語は始まる。サークルには個性的な教授や学生達が集まり、その中には著名な作曲家の息子で将来を期待されている大成(山崎育三郎)がいた。大成と朔は異母兄弟で、子どもの頃には仲良く遊んだ間柄である。しかし、朔は父と兄へのコンプレックスから、自分の才能や音楽からも遠ざかろうとしていた。そんな朔の傍らにはピアノ科の凪(松本穂香)がいた。
 今作が長編映画初主演の井之脇海は京都弁も違和感なく安定感がある。ピアニスト役の経験もあり演奏はなめらかだ。撮影中も宿泊先にピアノを入れ練習したと聞き、意気込みも半端ではない。山崎育三郎はミュージカルのみならず俳優としての活躍も目覚しい。ピアノは勿論のことオーケストラの指揮場面も堂に入って、この役にはまっている。演者が自ら演奏し、かつ水準も高く本物への拘りが強い。松本穂香も初めて歌声を披露。彼女の声には不思議な透明感があり、自転車を漕ぎながら歌うシーンに、彼女は朔だけでなく、この作品のミューズ(女神)なのではと思わせるものがあった。
 京都ゆかりの出演者の顔ぶれが嬉しい。北山修を筆頭に、かつてドラマで土方歳三のイメージを定着させた栗塚旭や、ミュージシャンの大塚まさじ等が若い俳優達を温かく包み込んでいる。制作側も京都色が濃い。監督は寺町三条という中心部の生まれ育ち。脚本家は大阪出身だが大学から京都に移り住み、以来チャップリンの研究を続けている。作品中にチャップリンが隠れていないかと探す面白さがあった。京都市の全面協力のもとに制作されており、門川大作市長が恒例の着物姿で1カットだけ出演というおまけも付いている。
 ラストシーンが清々しい。賀茂川の中洲で即興演奏をする朔の顔が晴れ晴れとし、その姿に生命の輝きが...。この時、大成の言葉「人は死ぬけど音楽は残る」が蘇り、この映画の主人公は他でもない賀茂川だと気づいた。悠久の昔から、生老病死、人々の営みを見守り続けてきた賀茂川こそが真の主人公ではないかと。
 グランドピアノをクレーンで吊り上げ、大人5人がかりで中洲まで運んだという、その発想と労力に敬意を表したい。(春雷)

[付記]かも川は市街を南北に流れる川。場所によって表記が変わる。上流は賀茂川と高野川の2本に分かれており、出町柳で合流し鴨川となる。この作品は主に上流で撮影されていると思われるので、賀茂川の表記で統一した。ちなみに地元の人は加茂川と表記することがある。

監督:谷口正晃
脚本:大野裕之
原作:さそうあきら
撮影:上野彰吾
出演:井之脇海、松本穂香、川添野愛、阿部進之介、石丸幹二、濱田マリ、神野三鈴、山崎育三郎


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