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「心の傷を癒すということ 劇場版」 (2021年 日本映画)

2021年03月17日 | 映画の感想・批評


 あの東日本大震災から10年、TVの特集番組を見ていると、今でもなお多くの人々が心の傷を抱えたまま懸命に生き続けていらっしゃることがわかり、心のケアがいかに必要かを改めて思い知らされた。この「心の傷」やPTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉は、さらに今から26年前に起こった阪神・淡路大震災をきっかけに広く認知されるようになったと記憶している。この作品は阪神・淡路大震災で自ら被災しながらも他の被災者の声に耳を傾け、日本におけるPTSD研究の先駆者となった若き精神科医・安克昌さんが歩んできた道と、彼を支えた家族との絆を描く感動作だ。
 資料によれば、元々は東日本大震災が起こった2011年、安さんの著書「心の傷を癒すこと」に出会ったNHKの番組制作者・京田光広が、安さんが生きた姿はきっと東北の人たちの力になると確信して企画したもので、10年という時を経てようやくテレビドラマ化(全4話)。さらに110分に再編集したスペシャルドラマ版が放送されて好評を得、新たに劇場版として公開されることとなった。本作では安さんが震災後に行った様々な治療行為よりも、妻や家族、友人などとの交流に重点を置き、ある意味プライベートな内容にスポットを当てて編集がなされている。
 在日韓国人として大阪で生まれ育ち、いったい自分は何者なのかと思い悩んでいた青春期、著書に感銘を受けた精神科医がいる大学の医学部に進学した主人公の安和隆(役名)を演じるのは、今や映画やTVに引っ張りだこの柄本佑。現在TVドラマ「天国と地獄」でも謎の人物を好演中だが、どんな役でも自分のものにしてしまうところは並々ならぬ演技力を持ち合わせている証拠。今作でもネクタイ姿に白衣を着用して優しいまなざしで診療に当たる姿は、安さんそのものだと高く評価されている。安さんの妻となる終子を演じるのは尾野真千子。朝ドラ「カーネーション」のヒロインで注目され、昨年の大河ドラマ「麒麟が来る」でもキーパーソンを演じるなど、確かな演技力には定評があり、NHKスタッフも安心して任せられたことだろう。この二人が初めて出会う場所が神戸の映画館なのだが、そこでのエピソードが実に微笑ましい。当時の三宮の街を知る神戸っ子には、同じ思いをした当時の映画館が思い出されてきてたまらないことだろう。他にも震災前後の街の風景が幾度となく登場し、神戸でのロケとともに、NHKの当時の所蔵画像がうまく生かされている。
 心のケアで一番大切なことは「誰もひとりぼっちにせえへんことや」という安さんの言葉は、阪神・淡路大震災の後も様々な災害を経験してきた日本人の心を優しく包んでくれている。震災からの復興を祈念して始まった「神戸ルミナリエ」は26年経った今も続いているが、安さんの想いは実演してくれた3人の子どもたちにしっかり受け継がれていることを、育てた母の想いと共にルミナリエの光の中で感じることができた。
 安克昌という人物をもっと知りたくなった。原案となった安さんの著書も是非読んでみたい。
 (HIRO)

演出:安達もじり、松岡一史、中泉慧
脚本:桑原亮子
原案:安克昌「心の傷を癒すということ 神戸・・・365日」
出演:柄本佑、尾野真千子、濱田岳、森山直太朗、濱田マリ、上川周作、キムラ緑子、石橋凌、近藤正臣

安克昌氏の著書