経堂めぐみ教会

礼拝メッセージの内容です。

11月4日 「力ある勇士よ」

2018-11-09 11:52:53 | 礼拝
聖書:士師記6:11~24 「力ある勇士よ」

中心聖句(13)「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」
主はギデオンをイスラエルを救う指導者として選びました。ギデオンには大きな重荷となり、最初受け止められませんでしたが、主が共におられることを確信し、勇士として立ち上がっていきます。


Ⅰ:イスラエルの苦難

(1~2)「イスラエル人はまた、主の目の前に悪を行った。そこで、主は七年の間、彼らをミデヤン人の手に渡した。こうして、ミデヤン人の勢力はイスラエルを押さえたので、イスラエル人はミデヤン人を避けて、山々にある洞窟や、ほら穴や、要害を自分たちのものにした。」
カナン征服後、新しい世代に移っていくと、次第に彼らの生活にはカナンの偶像が入り込むようになりました。神から離れ、主の目の前に悪を行い、そのため、7年の間、ミデヤン人に攻め込まれ苦しめられることになります。イスラエル人はミデヤン人を避けて山の洞窟や洞穴に身を隠しました。
(3~4)「イスラエル人が種を蒔くと、いつでもミデヤン人や、アマレク人や、東の人々が上って来て、イスラエル人を襲った。そしてイスラエル人に対して陣を敷き、その地の産物を荒らして、ガザに至るまで、イスラエルに羊や牛やろばのためのえささえも残さなかった。」
ミデヤン人は典型的な遊牧民であり、数えきれないほどのらくだに乗り、自分たちの家畜と天幕を持って移動しました。彼らはイスラエル人たちを滅ぼすためにやってくるのではありません。彼らは収穫の時期を見計らって襲い、その地の産物や家畜を奪って行きました。
(6)「それで、イスラエルはミデヤン人のために非常に弱くなっていた。すると、イスラエル人は主に叫び求めた。」
 彼らは悔い改めて主に叫び求めます。そして主はイスラエルを敵から救う指導者ギデオンを起こされました。
士師記のパターン: 背信と堕落 → 主のさばき(異教の民による圧迫) → 悩みと回心 → 主への叫び →士師(救助者)  この繰り返し


Ⅱ:臆病なギデオン

イスラエルを救う指導者としてギデオンが立てられました。ギデオンはどのような人物でしょうか。(11)「さて主の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下にすわった。このとき、ヨアシュの子ギデオンはミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で小麦を打っていた。」
 「ミデヤン人からのがれて」ミデヤン人はイスラエル人が種をまき、手入れをし、収穫時になってこれを収穫しようとする時に襲ってきました。それが7年間も続いていて、イスラエル人はすっかり弱り果てていました。ギデオンは彼らの攻撃を避けて、酒ぶね(さかぶね)の中でこっそり麦を打つ臆病な者でしかありませんでした。「酒ぶね」は普通、2平方メートル、深さ60センチほどの自然の岩に掘られた穴で、そのような狭い場所でこっそりと身をひそめていました。ですから、決して勇士と呼ばれるような人物ではなかったのです。

主の使いはギデオンに声をかけられました。
(12)「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」
最も新しい訳の「新改訳2017」では、「力ある勇士よ」と訳されています。勇ましい勇気ある強い人のことです。敵の襲撃を恐れて一人酒ぶねの中に隠れているような臆病なギデオンに、主の使いは「勇士よ」と声を掛けられたのです。これは本人も全く予想だにしていないことでした。勇士とは全く逆のような自分のことを「勇士」というのですから驚きです。
また、「主があなたといっしょにおられる。」と言われました。
ギデオンはすかさず疑問を持って訴えかけます。
(13)「ああ、主よ。もし主が私たちといっしょにおられるなら、なぜこれらのことがみな、私たちに起こったのでしょうか。私たちの先祖たちが、『主は私たちをエジプトから上らせたではないか。』と言って、私たちに話したあの驚くべきみわざはみな、どこにありますか。今、主は私たちを捨てて、ミデヤン人の手に渡されました。」
 ギデオンは、主がもし私たちといっしょにいるなら、どうして今こんなみじめな状況なのか、先祖たちがエジプトから救い出されたあの驚くべき御業はどこにあるのか、今私たちは主に見捨てられてしまっているのではないかと訴えています。イスラエルの現実からは、とうてい信じられないことばでした。
 私たちにもそのようなことがあると思います。今、自分が置かれている状況を見る時に、とうてい、主が共におられるとは思えないと思うかもしれません。しかし、主はそのような中にあっても、「勇士よ。主がいっしょにおられる」と言われるのです。

(14)「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
(15)「ああ、主よ。どうすれば私はイスラエルを救えるでしょうか。ご存知のように、私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」
 
 主は「あなたのその力で行け」と言われます。しかしギデオンは「どの力」でと聞き返します。どこにそんな力があるのですか。私の氏族はマナセの中で最も弱く、私は父の家で一番若いのです。誰も私の命令に従ってくる人はいないでしょう。しかし、あなたのその力のままで大丈夫と言われるのです。もっと力をつけないといけないというのではありません。今あるその力で行って、イスラエルをミデヤン人から救えと言われるのです。

パウロは次のように言われます。
(Ⅱコリント12:9~10)「主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら私が弱いときにこそ、私は強いからです。」
 パウロの場合は肉体的な弱さがありました。また様々な困難を通り弱くされました。しかし彼は神の力が自分の弱さのうちに完全に現れるから、弱いときこそ強いと言われたのです。
 
主はギデオンに、「あなたのその力」で行きなさいと言われました。自分には力がありません。弱い者です。しかし、その力で行きなさいと言われるのです。私があなたを遣わすのであり、弱さのうちに私の力が現されるからです。


Ⅲ:しるしを求めるギデオン

(16)「わたしはあなたといっしょにいる。だからあなたはひとりを打ち殺すようにミデヤン人を打ち殺そう。」
 主はあなたといっしょにいると。だから、あなたはその力でミデヤン人を打つことができると言われたのです。ギデオンは臆病な者でしたので、本当に主が一緒にいるかどうかを確かめるためにしるしを求めました。

(17~18)「お願いです。私と話しておられるのがあなたであるというしるしを、私に見せてください。どうか、私が贈り物を持って来て、あなたのところに戻り、御前にそれを供えるまで、ここを離れないでください。」
 主はこの願いを快く受け入れてくださいました。ギデオンは家に入り、山羊の子を料理し、種を入れないパンを焼き、それを持っていきました。彼は神の使いが命じるままに、肉と種なしパンを岩の上に置き、その上に肉汁を注ぎました。主の使いが持っていた杖を伸ばしてその供え物に触れると、たちまち、火が岩から燃え上がって、それらのものを焼き尽くしてしまいました。すると主の使いは去って見えなくなりました。それで、この方が主の使いであることが分かりました。
(21~22)「主の使いは去って見えなくなった。これで、この方が主の使いであったことがわかった。」
 
 この後、ギデオンは自分の家から偶像を取り除き、戦いに備えました。しかしギデオンはもう一度、本当にあなたであるかとしるしを求めたのです
(36~40節)、「もしあなたが仰せられたように、私の手でイスラエルを救おうとされるなら、今、私は打ち場に刈り取った一頭分の羊の毛を置きます。もしその羊の毛の上にだけ露が下りていて、土全体がかわいていたら、あなたがおことばのとおりに私の手でイスラエルを救われることが、私にわかります。」
 するとそのようになりました。羊の毛の上だけに露がおり、土には降りていませんでした。またギデオンはもう一度試み、今度は、羊の毛だけがかわいていて、土全体に露が下りるように願うと、神はそのようにされました。
ギデオンはこの2回のしるしで、主が私と共にいてくださり、自分の手でイスラエルを救おうとされることを確信しました。ギデオンは臆病な者だったので、本当に自分がイスラエルを敵の手から救い出すことができるのか、ミデヤン人を打ち負かすことができるのか信じられませんでした。そのため、2度もしるしを求めたのです。しかし彼は、神様が自分といっしょにいると確信することができて、イスラエルを救う士師とて立ち上がっていくことができたのです。

 私たちも時に、あまりにも大きな問題や重荷を担う時に、「わたしにはできない」「自分には無理」とおじけづいてしまうことがあります。主はギデオンに呼びかけたように、私たちに「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」と呼びかけておられるのです。主がいっしょにいてくださるのでできるのです。勇気を持ってお応えしていきましょう。「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」
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