昭和41年に再建された五層五階建ての唐津城は、別名「舞鶴城」と呼ばれる。天守閣から唐津市内が一望でき、高島(右)や鳥島(中)が浮かぶ玄界灘からの心地よい海風を受けて、しばし城主気分に浸った。 城の石垣が経年劣化し、崩落の危険があるらしく、修復工事中だった。
城をあとにして、今年開校した早稲田佐賀中学・高校を見、埋門の館や旧高取邸に立ちより、曳山展示館へ向かった。 「なぜ、唐津に早稲田が?」の疑問は、早稲田大学の創設者大隈重信が佐賀県出身と聞いてナットク。
祭りの期間中、50万人の人出で賑わう「唐津くんち」は、唐津神社の秋季例大祭だ。「供日」と書いて「くんち」と呼ぶように、収穫感謝の意が込められている。
曳山展示館には、全14台の曳山が常設されているが、現在、1台修復中だった(写真はパンフレット)。 11月のお祭りに再訪したいと思いつつ、最後の訪問地博多へと向かった。