〜かたることばが歌になる風になる〜

作曲家林光さんの作品を中心に歌ってきた「女声合唱団風」 団員の気ままな日記

残されたメロディーMI・YO・TA

2014年05月31日 | 女声合唱団風
昨日コンサート前にアンコールのことを書いた。
またまたネタバレなんだけど、あともう一つのアンコール曲「MIYOTA」のこと。
武満徹さんは、作曲家黛敏郎さんの映画音楽の仕事でアシスタントをしたことがあったそうだ。
ある時、メロドラマ映画にBGMをつけた武満さんのメロディーがあまりに素晴らしくて、
黛さんはそのメロディーをずっと自分だけの胸にしまっていたそうだ。
1996年武満さんが亡くなった時、告別式で黛さんはそのメロディーについて
「私はこれほど悲しい音楽を知りません。いうならば悲しみの表現の極致といえるでしょう」と
弔辞を述べ、二人しか知らないこの「「残されたメロディー」を口ずさんだという逸話が残っている。
 このメロディーに後に谷川俊太郎さんが詩をつけて出来たのが「MI・YO・TA」


木漏れ日のきらめき 浴びて近づく 
人影のかなたに 青い空がある

思い出がほほえみ ときを消しても 
あの日々のよろこび もうかえってこない

残されたメロディー ひとり歌えば 
よみがえる語らい 今もあたたかい 

忘れられないから どんなことでも 
いつまでもあたらしい 今日の陽のように

 わが団のテーマソングとなっている「星めぐりの歌」
 いつもアンコール最後に歌ってコンサートを終える。

「星めぐりの歌」は、昨年NHKで放映された朝ドラ「あまちゃん」で
時折流れていたメロディーで、宮澤賢治が詩とメロディーを作っている。
 「双子の星」に出てくる歌だ。


わが団が十何年コンサートで歌い続けているのであの歌だ!と
 気づいてくれた友人もいた。


これを林光さんは混声曲に編曲し、女声用にもリライトされて、
これまで手書き譜で歌っていたものが今年出版された。


 「赤いめだまのさそり 広げたわしの翼
 
 青いめだまの子犬  光りのへびのとぐろ
 
 オリオンは高くうたい 露と霜とをおとす
 
 アンドロメダの雲は さかなのお口のかたち
 
 大ぐまの足を北に 五つのばしたところ
 
 小熊のひたいの上は 空のめぐりの目あて」

 

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小さな恋

2014年05月30日 | 
来週に迫ったコンサートの終わりに歌うアンコール曲。
先に発表するのも何なんだけど、この詩が私の年代には何とも甘く切なく懐かしい気持ちにさせてくれる。
女性の気持ちを歌っている詩は河合幸男という詩人による。
この人、1922年12月2日生まれの神奈川県出身の人ということしかわからない。

この曲はコンサートの第1ステージ「世田谷うたの広場」のソングの中のひとつのようだ。
詩の中に出てくる「二子玉川」ということば、関西人にはわからないが東京世田谷の方の地域ようだ。
青春時代の気持ちを思い出しながらこのあたりを歩いている、というところだろう
シャンソン風で昭和の時代風な林光さんのメロディーは、私たちを一気にタイムスリップさせてくれる。

「小さな恋」河合幸男詩/林光曲
だれも知らない私の心 小さな恋よ
日が暮れて二子玉川 今日はひとりで歩いています
スクランブルの交差点 肩をだかれて渡ったわ
夢の色してネオンがうるむ
いつかいつかまた会えますね

あまく寂しいわたしの胸の 小さな恋よ
思い出の二子玉川 今日もひとりで歩いています
カフェドゥフォーションの窓あかり
肩を寄せ合うシルエット
蒼い夜空を流れる星よ
きっときっとまた会えますね

今のお若い方には、この情景は古いと感じられるかもしれない。
学生運動真っ只中に大学生だった私たち(私)は、その情景が時代とともに蘇って「胸キュン」となる。
一番下の息子がまだ20代だったころ、今の人とちょっと違うのかもねと言うと「いや、会えるかなぁとドキドキする、それは同んなじやで~」と言っていた。
恋心は、表現が少し違ってもどの時代も同じはず。
笑顔で歌いたいと思う。
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心もからだも健康なこと

2014年05月29日 | 健康
いよいよ来週土曜日にコンサートとなった。例年5月中に催すコンサートだが、会場が取れなくて今年は6月となって練習時間に余裕があると思っていたが、日が迫ってきて身が引き締まる。

2000年から始まった合唱団の定期的なコンサート。約2時間ほどのステージが年々体力的にきつくなってきた。
ヒールを履いて立ちっぱなしはしんどい。ある年は何故だか変な汗が噴き出る瞬間もあった。
今年は練習日の4時間ほどがかなりきついと感じるようになっている。84歳の先生は尚更と推察する。

3月末から私は「カーブス」という女性だけのジムに通っているが、中学の頃からピアノのために、運動系はもちろん部活らしきものはしたことないので、多分持久力などが人より劣っていると思う。
亡くなった父が骨太だった体質に似て骨は頑丈なようだ。

トレーニング中に心拍数を何度かチェックして上がりすぎないようクールダウンしながらトレーニングをする。
私の家系は多分心臓があまり強くない気がしていた。人よりすぐ心拍数が上がるしものすごく汗かきで困っている。

ジムに来ている女性は私の年代かそれ以上の年齢の高い人が多いからか、3回チェックする心拍数が、私からは想像できないほど少なく、最後までその数値のままの人が半数ぐらいいるのが不思議だ。
そういう人は心拍数を上げて基礎代謝量を増やすために筋トレしているのだ。

最近、自分が想像していたよりもこの1年ほどの間に足の筋力が落ちたことを、駅から帰る緩やかな坂道をこぐ自転車で感じるようになっていた。
あまりに重い自転車の回転をお店でチェックしてもらって、自分に問題あると認識した(爆笑)

ジムの効果をすぐには実感していなかったにもかかわらず、トレーニングして2か月経った今、自転車に乗った時と階段の上り下りがかなり軽いと感じるようになった。

ジムでは月初めに必ず『体重体組成計』(ヘルスメーター・カラダスキャン)で体重、体脂肪、骨格筋量(筋肉量)、基礎代謝量、内臓脂肪などをチェックしてくれる。
我が家にもこのヘルスメーターがあるが、体重と体脂肪のみ測れる別のものを使っていた。

何年振りかで引っ張り出してみたものの取説が見当たらなかったが、今はほんとに便利になったものだ。
こういうのもダウンロードできて、カラダをスキャンして出た数値がどういうものなのか、年齢別に基準まで説明書に書かれている。

私の体脂肪は年齢としては予想通り標準より少しだけ高い。基礎代謝量は多くもないが少なくもない。
内臓脂肪は標準よりマイナス0.6ポイントぐらいで一安心。筋肉量は標準のようだがトレーニングで増やしているところ。







筋肉量が増えることは基礎代謝量を増やしたり、健康でいるためのホルモンや健康に良い物質分泌などにも作用するそうだ。いつからでもトレーニングで増やせるとのこと。
少しずつ体が締ってきているのを感じているし体が軽い気がする。コンサートのステージがそれほど疲れないことを願っている。


もうじき梅雨がやってきてバラは汚くなっていく。我が家のバラがそれぞれ咲いて散って、2番花が咲きだそうとしている品種や、やっと咲きだしたものやら色々。

左のえんじ色2種。左端がイブ・ピアジェ、その右はアメリカのウィークス社のワイルドブルーヨンダ―、右端のオレンジは初お目見え。フランスギヨー社のエミリヨン・ギヨー。エミリヨンは咲きだしは石鹸のような香りで徐々にさわやかなフルーツ系の香り。近くのホームセンターで安く見つけた掘り出しもので花形も香りも大変満足。

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ロルカの詩「バラの変容」「忘れるな」「明日ともなれば」

2014年05月25日 | 女声合唱団風
6月7日に控えている「女声合唱団風」のコンサートで歌うF.G.ロルカの詩に林光さんが作曲した『グラナダのみどりの小枝』の3曲。
「バラの変容」「忘れるな」「明日ともなれば」の詩の1曲目「バラの変容」のことで2013年10月29日に書いた<バラ『ローザ・ムタービレ』>で、私が認識を間違って書いていることがある。

この曲の出だしのバララーンというアルペジョ(左手ラミラ 右手ドミラ)はチェンバロの音と解釈していると書いた。
これはスペインのギターの爪弾きなのだそうだ。
確かにチェンバロも弦を弾いて鳴らすので同じようなイメージではある。

ロルカはこの3部作の2曲目「忘れるな」で遺言のような詩を書いている。
「僕が死ぬだろう時 僕のギターを一緒に埋めてくれ 砂の下に・・・」という1節がある。

私たちはこれまでこの曲を林さんの手書き譜で練習してきた。
今年1月に全音から出版された『グラナダのみどりの小枝』の楽譜の見開きに「初演(1988年)プログラムノート」から引用された林光さんのコメントが載っている。

この連作は、桜楓合唱団の、今回の演奏会のために編んだ。
三つともフェデリコ.ガルシア.ロルカ(1898~1936)の詩によっている。
「バラの変容」は戯曲『老嬢ドニャ.ロシータ』(牛島信明 訳)に出てくる詩(元々は無題)。「忘れるな」(“Memonto”)は、詩集『カンテ・ホンドの詩』にある、おそらくロルカのもっとも知られた詩のひとつ(長谷川四郎 訳)。
「明日ともなれば」は、旧作の混声合唱の、女声合唱へのリライトで、そのまたもとは、『新しい歌』(“Cantos nuevos”)によるソングであった。
なお、全体のタイトルは、詩人の傑作『夢遊病者のロマンセ』中の一行に基づいている。
奇しくも今年は(1988年)はロルカが生まれて90年。よい記念の宵になりますように。


『忘れるな』(長谷川四郎 訳)        
              
ぼくが死ぬだろうとき             
ぼくのギターといっしょに埋めてくれ    
砂の下に                                              

ぼくが死ぬだろうとき
オレンジとハッカのあいだで                                  
                          
ぼくが死ぬだろうとき             
よかったら埋めてくれ
吹き流しの旗の中に             
                         
ぼくが死ぬだろうとき!           
                         
『明日ともなれば』(長谷川四郎 訳)
昼過ぎが言う―――影を飲みたい!
月は言う――飲みたいのは星の輝き
澄みきった泉は唇をもとめ 風がもとめるのはため息

匂い 笑い 新しい歌 これがぼくの飲みたいものだ

月だとかユリの花だとか 死んだ愛などから自由な歌だ

明日ともなれば一つの歌が 未来の静かな水面をゆさぶり
そのさざ波とぬかるみを 希望でふくらますだろう                      

光り輝いておちついて 思想に満ちた一つの歌                   
悲しみや苦しみやまぼろしに まだよごれていない一つの歌

抒情的な肉体なしに 笑い声で静寂を満たす歌だ
(未知のものへと放たれためくらのハトの一群だ)

もろもろの物 もろもろの風 その中心にせまる歌だ
とこしえの心の喜びに 最後にはやすらう歌だ

「バラの変容』についてはブログ<バラ『ローザ・ムタービレ』>              
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患者の顔を見ない医者

2014年05月21日 | 健康
主人は数年前心筋梗塞を患って、お隣の先生の迅速な判断と市民病院への指示、我が家から数百メートルのところにある救急車が3分ほどで来たこと、近くの市民病院で待機して下さっている先生方の連携など、全てが好運に運び15分ぐらいで手術に入り命拾いした。あのあと松田というサッカー選手が主人と同じような状況で亡くなった。時間が生死を分けるのだ。主人は今も定期的に検診を受けている。

先日の検査で心臓に異常はなかったが、レントゲンの画像の一部に気になるところがあるというので1週間後に再度診断があった。いつもは一人で行く主人も今回は一緒に聞いて欲しいと言う。

数年前執刀して下さった先生から今回担当医が替わった。
40代後半という感じの少し白髪が見える先生は、脇腹あたりの影の部分が気になったが、何も異常はありませんでしたとおっしゃり一緒に入った私も安堵したが、先生は話しながらずっとパソコンのデータだけ見て、奥さんが一緒に来てることも患者がどんな顔しているのかも最後まで全く見なかった。帰り際にわずかにこちらに顔を向けてお辞儀しただけで結局一度も患者の顔を見なかった。
よくこういうお医者さんがいるのは話題になることがあるが初めて目の前で見た。
この事を主人に呆れたように言うと、そう言えば先週の診察の時パソコンの調子が悪く先生が騒いでて、看護師さんが電話で「先生がイライラしてるんです」と訴えてたわと私の指摘に気づいたようだった。

この病院には優秀なお医者さんも多いし、総合病院は、一つの病気でかかっていても別の何かが見つかれば他の科への連携がスムーズなので助かるが、たまに信頼できるのか?と疑いたくなる医師もある。

私はリューマチの持病があるが幸い軽く、お隣の先生にずっと診て頂き少ない量の薬を服用してきた。
今のところ日常生活もピアノを弾くのも支障ない状態だ。
先生はリューマチ専門ではないので、市民病院の専門医に診てもらったらということで診察をうけたことがある。
その専門医には治療方法について質問して、お隣の先生の治療法がベターということを確認した。
しかし、その時私の手を見た40歳ぐらいの先生は「典型的なリューマチの手です」と言った。へ?と言う感じだった。
私の手はピアノを弾いてきたので節くれだっているからか?
先生は、お隣の先生かそれともこちらの方で治療するか?と尋ねられたので、即お隣で続けますと返答した。

お隣に市民病院の診断のことと「典型的な…」のことを告げると、先生も苦笑しながらどこが~という反応をされた。YABUということばが脳裏をよぎった。
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