〜かたることばが歌になる風になる〜

作曲家林光さんの作品を中心に歌ってきた「女声合唱団風」 団員の気ままな日記

空港の思い出

2019年08月14日 | 旅行
7月から長崎諫早に単身赴任している長男の所に、10日からお嫁さんと孫二人と
飛行機で行ってきた。私はマンションから歩いて5分ほどのところにある
地元のホテルに素泊まりで2泊して12日に帰阪した。
家族は16日に帰宅予定しているが、台風の影響で飛行機が飛ぶか心配している。

出発の日、国内線だから1時間ぐらい前に空港でお嫁さんたちと待ち合わせの予定で
リムジンバスを降りて出発カウンター前に来て驚いた。
ニュースの映像でしか見たことがなかったごったがえの空港の
出発カウンター前に100人以上の列。
13時50分発の飛行機で列に並んだのは12時50分ぐらい。
少しずつ列は動くが、徐々に「大丈夫なんかな」と心配になる。

そうしていると空港スタッフの女性が、「13時30分までにご出発のお客様はおられますかぁ」
そうして「13時50分までにご出発のお客様、、、」の声でほっとして列から出ると、
同じ便に乗る数組が優先的にチェックインの手続きができ、予定通り乗り込むことができた。

昔、三男が小学校5年生ぐらいの(今は30代後半)夏の観光シーズンに、
単身赴任している主人の熊本へ大阪空港から行った時のこと。
私はそれまでにもあまり混まない時期に何度か行っていて、
空港へは遅くとも30分前ぐらいには行きチェックインして、
保安検査してゲートに向かうことができていたので、
この時も息子とそのような段取りの時間でリムジンバスに乗り込んだ。
しかしこの時は高速が渋滞して、いつもなら15分ぐらいで到着するところを
50分ほどかかってしまった。
後から考えると予想できたことだったのに慣れていて油断していた。
後ろの男性が、自分の飛行機はもう間に合わないと苦笑して話していた。
こんなことになるとは思わず私たち二人はしかもバスの後方に座っていて、
到着したのは離陸時間の10分ぐらい前だったと記憶している。
間に合わないからとお願いしながら先に降ろさせてもらい、
航空会社のカウンターに行くと出発ゲートへ直接行くよう言われ、
2階に上がると保安検査の入り口は長蛇の列。
一番前の方に事情を言うと快く通してくれて、保安検査が済むと息子に「走るよ!!」と
荷物を抱えて走りに走ってゲートに着いたら受付が空いていて
何とか乗り込むことができたと言う、間一髪の忘れられない出来事が思い出される。
普段の時期ならその時間はすでに閉鎖されているが、
観光シーズンだから待ってくれたのだろうと主人は言っていた。
今では息子と共有するひあ汗ものの思い出話。

もう一つ。主人が3月に赴任してすぐの4月ごろ、私が初めて飛行機で熊本に行く予定の日、
朝起きると、回避されるとみていた私鉄電車のストライキが決行されてて、慌ててJRに乗り、
リムジンバス乗り場に行くと動いていなくて、タクシーで空港まで行ったこともあった。
色々な思い出がある空港という場所に来ると、それでも私はいつもワクワクする。

今回の飛行機での長崎行き。お嫁さんは飛行機は苦手という。
孫二人(高1と中1)は初めての飛行機で特に下の男の子は緊張している様子だった。
小さな赤ちゃんや男の子の兄弟などを連れた帰省客らしい客席は賑やかだった。
1時間15分のフライト。
日本の航空会社は本当に正確で、出発の時数分遅れたようだったが、
きちっと長崎空港に予定時刻に到着した。
長崎空港では長男が迎えに来ていて、空港を出て連絡橋を渡る。

空港から30分ぐらいで着いたマンションの駐車場から建物までは緩やかな坂道で、
高台に建つ二階建ての1階の部屋まで数段の階段を上ると(結構きつい)、築半年ぐらいで
新築の匂いがする1LDKの部屋に到着。西向きだが近くに小学校が見える静かな立地で、
下校時間かな?5時ごろ「夕焼け小焼け」のメロディーが聞こえていた。

リビングには自分で買い求めたというおしゃれな照明器具がついていて、
我が家より余程きれいで快適な空間だ。
トイレのドアは押すとドアが真ん中に縦に開く。
ドラマによく出てくる隠し部屋のドアみたいに回転式?面白い。

手前に息子の簡易ベッドはあるが、家族はこの床に寝袋で?寝るらしい(笑)
夕方6時開店の、麺類好きの息子が見つけたという近くのお店で夕食をする。

諫早に着いた翌日は、長崎市内の松山町というところのパーキングに駐車して(終日600円)
路面電車一日乗車券(500円)で数か所観光をした。
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2 コメント

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Unknown (伊佐治 弘)
2019-08-16 17:07:50
 切ない過去の思い出を読むと少し悲しく思います。 私の飛行機体験は、1976年です。 これが三菱電機の海外出張でした。 初めて見たアメリカ、強烈な印象が残りました。  その後、単独で海外旅行するようになり、幾度か、トラブルに巻き込まれました。 人生にトラブルは付き物です。 それは後には印象的な経験になります。  今回の記事はそのような分類に入っているようで結構です。
Unknown (アッコ)
2019-08-16 18:37:13
伊佐治様
私は主人の「空気清浄協会?」でしたか、学会発表で初めて行った海外がフランスパリの二週間でした。どこを見ても芸術のコレクションみたいなパリの街並みに夢見心地でした。
その翌年初のアメリカ西海岸Palo Altoで、シリコンバレーでの学会やレセプションに主人に同伴で参加しました。
この後オレンジカウンティにある会社訪問のためにアメリカ国内の飛行機に乗っている途中、飛行していて突然飛行機が変更となり夜中に降ろされホテル泊。スーツケースだけ別のところに行ってしまい、私はハンドバックだけ。よくあるトラブルらしいと後から聞きましたが、この後海外に行く時は1泊分を入れた小さなバックを機内に持ち込むようにしています。
スーツケースはPalo Altoに戻ってきて2日後ぐらいに届きました(笑) 懐かしい思い出です。

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