電脳筆写『 心超臨界 』

支配するは易く、統治するは難し
( ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ )

そこに啄木の創作の秘密が実に明瞭に出ているわけです――湯川秀樹さん

2010-02-01 | 100-自己・信念・努力
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「天才の世界」
【 湯川秀樹、光文社智恵の森文庫、p127 】

《天才の深層心理》

【 湯川 】 ところが、数日前ですけれども、石田六郎という方のご本をいただいた(石田六郎著『啄木短歌の精神分析』昭和46年、中央公論事業出版)。この方は精神分析の専門家だったわけです。昨年の12月になくなった方でして、なくなる直前に書物が出版されたんです。遺稿みたいなものですね。『「暇ナ時」の分析』という標題で、啄木が明治41年に歌をずっと書いた日記が残っておるわけです。その全体の題が「暇ナ時」、これを石田さんが非常にくわしく分析された。きょうはそれをくわしく述べていると時間を取りますけれど、少し関係があるので、初めにちょっと申しておきます。啄木はニュートンとまったく違う方面の人でありますし、短命で死んだ人と長生きした人という点でも、ぜんぜん違うようですけれども、また共通するものがありまして、ニュートン理解のためにも、このお話をちょっとしたいと思うんです。

「暇ナ時」という自筆原稿に出ております歌は、『一握の砂』のような完成された形のものではないんです。ですけれども、石川啄木の無意識の世界、深層心理みたいなものが割合生(なま)の形で出ているものとしてとらえると、実におもしろいんですね。石田さんは精神分析の専門家ですから、そういう歌の背後の心理を実にみごとに解明しておられるんです。

日記をずっとみていきますと、ある一段の最後のところへきまして、有名な「東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる」という歌が出てくるわけです。わたしはこの本を読んでドキッとすることばかりだったんですが、とくにドキッとしたのは、そのすぐ前にある歌なんです。「我が母の腹に入るとき我嘗て争ひし子を今日ぞ見出ぬ」という歌がありまして、その次に「東海の……」という歌が続いている。

そこでこれを分析いたしますと、これは市川さん流に等価変換といってもいいわけです。たとえば「我が母の……」というのは「東海の小島の磯の」、それから「争ひし子を今日ぞ見出ぬ」というあたりが「われ泣きぬれて蟹とたはむる」ですね。これだけ取り出しますと、ひじょうに唐突のようですけれども、それまでの分析があるわけで、ひじょうに簡単に要約しますと、「東海の小島の磯……」というのは、みんなに愛誦されているひじょうにいい歌ですよね。それは各人にいろんなイメージをあたえるけれども、だれもまさか、それからわが母の胎内にはいる、というような連想はしないわけです。しないからむしろいいのであって、つまり石川啄木はある段階で「我が母の腹に……」というひじょうに奇妙な歌をつくって、そこからパッと「東海の……」という歌が生まれ出た。これはひじょうにいい歌だと思って、日記にも大きく書きつけてある。ひじょうにいいものができたという場合の、ひじょうにいいものとは何かといいますと、客観的にみていいといことです。

ところが、「我が母の腹に……」というのは、当時、石川啄木が夜なかまで起きていて歌を案じているときに、多少催眠状態みたいになったときに、グッと出てくる深層心理のそのままのあらあれ、これは啄木からみたら、そのまま外に出したくないものや。これ自身は客観的価値はなくて、ひじょうにおかしい歌や。自分でも恥ずかしいような状態、自分が生まれないさきまでもどっているわけでしょう。ひじょうに奇妙な心理です。だから、『一握の砂』という歌集をつくるときには、「東海の……」というのが出て、「我が母の……」というのは出ないわけです。しかし、そこに彼の創作の秘密が実に明瞭に出ているわけです。

(中略)

それで、啄木は、晩年、といっても若くして死んだから、25、6歳ですか、『一握の砂』というような傑作、そういう完成されたものを突如として出してくるようにみえているけれども、実はその2、3年前くらいに、ひじょうに不思議な心理状態になるわけやな、催眠状態かなにか知りませんけれども、異常な精神状態が続きまして、その間に、さっきからいっているような、あるいはもっと違う歌をつくるわけです。そこには彼の深層心理が割合生(なま)で出ているわけですね。それ自身はわれわれ読んでもわからない。ひじょうな傑作とは思えない。だけど、それが今度は一転して客観性をもったものに変わっていくと、たとえばふるさとを読む歌になっていくというふうにサブリメーション、昇華して、ひじょうにきれいな、だれが読んでもいいものに変わっていく。ですから、そういう中断された初恋みたいなもの、それから親との関係、お父さんもひじょうに不幸な人ですよね。それと、自分の小さいときの環境はひじょうによかった、お寺で育っておったときはひじょうにいい。それがみな一つになりまして、それが望郷の歌になる。その望郷の歌がみんな傑作になっていくわけですね。

しかし、それは彼の内部で形が変わっている。いちばん生な感情、生の情緒、心の奥底にある生の気持ちは押さえられて、それを誰がみても美しいというものにする。そのときにひじょうに葛藤があるわけですね。ふつうのひとからみたら異常心理的なものと、それからふつうの芸術作品として立派なものをつくるという覚めた気持ちとが、矛盾葛藤して傑作が生まれてくる。それを抜きにしては歌の完成はない。

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