電脳筆写『 心超臨界 』

嫉妬のナイフは詳細を極めて研ぎ澄まされる
( ルース・レンデル )

私の玉手箱は、どうやらひととの触れ合いで埋め尽くされている――辻久子さん

2010-03-29 | 03-自己・信念・努力
【 このブログはメルマガ「こころは超臨界」の資料編として機能しています 】

「こころの玉手箱」 バイオリニスト・辻久子
 [1] 父の演奏写真
 [2] 大阪市中央公会堂
 [3] 恩師がくれた譜面
 [4] 愛器ストラディヴァリウス
 [5] 堂島川の眺め


[5] 堂島川の眺め――気遣う夫の弟子に囲まれ
【「心の玉手箱」09.03.13日経新聞(夕刊)】

春分を前に、柔らかな光がレース越しのカーテンに差し込む。林立する高層ビルを隔てるように、堂島川が流れている。「水都大阪」の魅力を高めようと、ここ大阪の中之島で、川縁を散策しやすい空間にするための整備が進んでいる。そんな情景を見下ろすところに、我が家がある。

結婚して45年の夫・坂田義和は陰になり陽なたになり、一音楽家の私を支えてくれた。札幌郊外に建てた家には、24畳の広さで4㍍近い天井を持つ特別しつらえの音楽室がある。ゴルフ場や森に囲まれた閑静な場所で存分に音楽に打ち込ませてもらった。

北海道には、30年間にわたり“通い妻”をした。一年の大半は出演先を転々とする暮らしだ。その演奏活動を縫って、月十日は夫のもとに滞在するよう心がけた。夫の気遣いをよそに、慣れないなりに食材の買出しや炊事、食器洗いと火事全般もこなした。バイオリニストであると同時に、ひとりの妻でもある。お高くとまっていられない。そんな意地もあったかもしれない。

1994年に一過性脳梗塞(こうそく)を患った。これが転機となり、大阪に生活の拠点を移した。なにしろ冬場には北海道と寒暖の差が15度前後になる。行き来を繰り返すと、身体に障る。そう医師も忠告した。

「今度はぼくが“通い夫”をする番だ」。夫はリーガロイヤルホテル大阪にスイートルームを借り上げた。いつものことながら、相談もなければ気配さえ見せない。知らされたのは引越しの2日前。夫の気遣いが身に染みた。

いまではここがレッスン室を兼ねた事実上の住まいになった。それにこの眺望。これだけあれば十分だ。

この16日に83回目の誕生日を迎える。あいにく子どもには恵まれなかったものの、レッスンに集う伸び盛りの弟子たちを見守るのが何より私たちの励みになる。私の玉手箱は、どうやらひととの触れ合いで埋め尽くされている。


【 これらの記事を発想の起点にしてメルマガを発行しています 】
この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 家はまた買えるかもしれない... | トップ | 国立公園に指定されている「... »
最新の画像もっと見る

03-自己・信念・努力」カテゴリの最新記事