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電脳筆写『 心超臨界 』

強みは物理的な能力がもたらすものではない
それは不屈の信念がもたらすものである
( マハトマ・ガンディー )

悪魔の思想 《 向坂逸郎――ドン・キホーテの論法/谷沢永一 》

2025-04-20 | 04-歴史・文化・社会
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この人は、戦後の日本が一挙に社会主義国・共産主義国にならなかったのがご不満なのです。これからじっくり論理を展開して、国民を共産主義へ誘導してゆこうという啓蒙家の精神など薬にしたくてもありません。国民の全員が共産主義を信奉しないのに腹を立て、国民は愚かであると見下げて蔑み、国民を罵って、ひとり己れを高しとしているだけなのです。これも、反日的日本人に共通した精神構造(メンタリティー)であり、彼らはおしなべて〝不遜の権化″と言えましょう。


『悪魔の思想』 「進歩的文化人」という名の国賊12人
( 谷沢永一、クレスト社 (1996/02)、p229 )
マスコミを左傾化させた放言家・向坂逸郎(さきさかいつろう)への告発状
第10章 最も無責任な左翼・教条主義者

  向坂逸郎(さきさかいつろう)
  明治30年生まれ。東京帝大卒。社会主義協会代表、社会党顧問、
  九大教授を歴任。社会党左派の理論的支柱。昭和60年没。

  マルクスとエンゲルスに心酔した向坂逸郎は、共産主義ソ連におい
  てはマルクスとエンゲルスによって論じられた理想主義が、そのま
  ま理論の通りに運営されていると信じこみ、この世の理想郷である
  ソ連にくらべて、日本はなんと駄目な国であるかと喚(わめ)き散ら
  す一本調子で、厖大な著作を残しました。共産主義は絶対の真理で
  あるから、その共産主義を表看板にしているソ連は、世界で最も自
  由で最も豊かで国民の教養が最も高い国であると、日本人に説教し
  つづけました。


10-3 ドン・キホーテの論法

これほどまでの蔑みにこりかたまった視線を以て、日本民族の全体を見下し冷笑する神経は、すでに平衡感覚を失っていると言えましょう。何事を論じても、根拠となる理由を示さないのが、向坂逸郎における放言論法の通例ですが、今回の場合、強いて探すとするなら、次のような一節が、さきほど示した診断の拠りどころなのでしょうか。

  日本の利益の爭いや己れの地位や、アメリカの御機嫌や社會主義へ
  の憎しみや、そんなことだけを考えないで、政治をしないと、三度
  (みた)び人類は世界大戦の不幸を見なければならぬ。
  (昭和27年10月『文藝春秋』「日本を危うくする思想」)

どこを見ても血の通っていない手垢にまみれた決まり文句ばかりですが、日本国民を見下す侮蔑の念だけは間違いなく伝わってきます。そのうち「目先の利益の争いや己れの地位」など「そんなことだけを考えて」いる、というのは、古今東西、それこそ2千年このかた、政治家に対して投げつけられる攻撃の常套論法ですから、論難するならするで、もう少し気のきいた言い方はありませんかね、と、笑ってここは聞き流すとしましょう。

残るところ、向坂逸郎の思いがこもっている論点は2ヵ条ですね。ひとつは「アメリカの御機嫌」をうかがっているのがけしからんとの非難です。これは、冷戦期にあって西側に属することへの反対ですから、彼の立場からすれば当然至極の発言でしょう。

もうひとつは、日本国内に「社会主義への憎しみ」がみなぎっている、という歯嚙(はが)みするような憤懣やるせない腹立ちです。この憤りもまた、幽霊みたいな現実のこの世に姿を現わしていない敵を仮想的に見立てて、槍を振りまわし突きたてるドン・キホーテの論法です。

彼の前に展開された思想的光景を、3つの部門にわけて考えてみましょう。

世は「左翼にあらずんば言論人にあらず」の時代でした。

その第一はいつの時代にも喧(かまびす)しい言論界(ジャーナリズム)です。

繰り返しますが時代は昭和27年秋、新聞や小冊子や書籍の世界には、共産主義を謳歌する熱度の高い言論が大流行でした。むかし平時忠(たいらのときただ)は、平家にあらずんば人にあらず、と、有名な放言を歴史に残しましたが、700年経った戦後のこの時代は、左翼にあらずんば言論人にあらず、という風潮が怒涛のように波うっていました。共産主義ソ連を批判するような論説は、ほとんどの場合、編集部から突き返されるのが常例だったのです。

しかし、向坂逸郎は全国的に左翼の言動が横行している、この厳然たる事実を完全に無視します。まことに不思議な態度であると言わねばなりません。一体、これはなぜでしょうか。答えは実に簡単です。向坂逸郎は当時はなやかに躍っていた左翼の論客を、まともな正道をゆく者とは認めなかったのでしょうね。つまり自分だけが共産主義として正真正銘の本物であるのに対し、いま脚光を浴びている彼奴(あいつ)らはみんな偽物だというわけでしょう。

向坂逸郎は、同時代の共産主義宣伝家をみんな紛(まが)い物と見なし、共産主義は一向に流行(はや)っとらん、と叫びたかったわけなのです。古来、はなはだしく嫉妬心の強いのが左翼人間の基本的な特徴でした。本物は俺様だけだ、と向坂逸郎は傲然と胸を張っていたのでしょう。

第二の分野は権力闘争を旨とする政界です。

しかし、政権を担っていた保守党は、桑港(サンフランシスコ)条約の次なる課題として、ソ連との講和を最大にして最重要の課題として、水面下に着々と手を打っていました。そのなみなみならぬ準備作業がやっと稔って、日ソ共同宣言による国交回復が実現したのは昭和31年でした。

もし、日本政府が「社会主義への憎しみ」にこりかたまっていたとしたら、どうしてこういう長い時間をかけての辛抱づよい努力をしたでしょうか。向坂逸郎には人間の善意を汲みとろうという素直な気持ちがまったくないのでしょうね。日本政府は保守が担当している。保守党はすなわち反共である。ゆえに、わが国の政治家は「社会主義への憎しみ」に燃えているはずだ。この、はずだ論を、である論にすりかえて記述するのが、向坂逸郎が得意とする論法なんですね。

これは、いわゆるブラック・ジャーナリズムの手法の一つですが、この亜流が今も跳梁跋扈しているのは、あらためて説明するまでもないでしょう。

第三の領域は有権者としての国民の投票行動です。

あらためて言うまでもないでしょう。当時は社会党も共産党も躍進していました。むしろ保守党のほうが心の底からおびえていた時代です。これから少しあとになりますが、将来を案ずる石田博英(ひろひで)(元首相)は、近い将来社会党が絶対多数となり、単独政権を樹立するであろうと、憂え顔で予言したくらいです。

社会主義に同調しない人はもちろん多数ありましたが、それは、むしろ敬遠の姿勢とも言うべきで、国民の一般に「社会主義への憎しみ」など、けっして広がってはおりませんでした。

このように念をいれて見わたすとき、向坂逸郎の言うところが、いささかも事実に基づかない虚喝(はったり)であることがあきらかでしょう。彼は現実をありのままに見る気がないのです。ひたすら腹を立てているだけの怒りん坊とでも申しましょうか。

この人は、戦後の日本が一挙に社会主義国・共産主義国にならなかったのがご不満なのです。これからじっくり論理を展開して、国民を共産主義へ誘導してゆこうという啓蒙家の精神など薬にしたくてもありません。国民の全員が共産主義を信奉しないのに腹を立て、国民は愚かであると見下げて蔑み、国民を罵って、ひとり己れを高しとしているだけなのです。これも、反日的日本人に共通した精神構造(メンタリティー)であり、彼らはおしなべて〝不遜の権化″と言えましょう。

そして向坂逸郎は、核兵器がどういう意味を持っているかを理解していません。また欧州(ヨーロッパ)諸国が順次アジアの植民地から引きあげていった趨勢を視野にいれていません。

つまり、帝国主義の時代が終わったと認識することができないのです。さらには、世界戦争の原因がアングロ・サクソンの有力諸国家により弱い者いじめのブロック経済であった、という簡単な常識さえ身につけていません。だから、ブレトン・ウッズ協定によってブロック経済が深刻に反省され、ガット、すなわち関税と貿易に関する一般協定が昭和22年に作成され、自由経済圏に属する諸国の間から戦争の原因が取り除かれたことも考慮にいれていません。そういう具体的な現実の流行など、この人にとっては、すべて見ざる・聞かざる・の無関心なのです。

ひとつおぼえの教条的マルクス主義者 へつづく
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