園長ブログ

児童養護施設、伊豆長岡学園の様子と、園長の日々想うこと、日々の学びを、つれづれに書きしるすブログです

地獄の思想

2019年05月19日 06時31分31秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀暢也さんの対談本『夏日烈烈』という本を読んでいます。

その中に、地獄の思想、ということが語られています。

道教のようにすべてのことに、陰と陽があるように悪と善、地獄と天国があることが語られています。

すべては、対になっていて、悪があるからこそ善が貴重なものになるということです。

もし悪がない善であったならば、善が貴重な行為にはならない、ということになります。

キリスト教で表現するとユダがいたからこそ、キリストがいた、ということになります。

裏切りという悪があったからこそ、愛が尊い善になる、ということになります。

自己認識の中で、自分自身は善人であるというような人がいれば、それは薄っぺらい軽薄な善になってしまう、ということになります。

自分自身の中の悪や醜さ、虚無や絶望といった地獄のような心境を直視するからこそ、愛や善に価値が出てくるという意味です。

昨日の投稿の、毒を食らえ、というのは、そのような意味あいで使われています。


二人の対談を読んでいて、ピカソさんの青の時代を思い出しました。

ニーチェさんのニヒリズムを思い出しました。

また瞑想を続けていると、否が応でも、自分自身のありのままの姿を直視するようなことになります。

禅や瞑想には、そのような厳しさがあると感じています。

お二人は読書というのは、健康的なものではなく、毒を食らうような不健康な行為で、中には自殺に至るような場合もあるような地獄を体験することもありうるけれども、その深みを体験することが、精神には必要であるという話をされています。

綺麗事だけでは済まないのが、読書であるとのことです。

歴史や文学や芸術や哲学は、確かにそういう暗黒な部分があります。

そのような深みを忘れないでおくことが、軽薄な自己満足や陶酔に陥らないことになるのだと思います。

地獄の思想を直視していく必要を若い頃から感じていましたが、続けていきたいと思います。




最後までお読みいただきありがとうございました。

毒を喰らえ

2019年05月18日 06時46分08秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀暢也さんの対談本『夏日烈烈』という本を読んでいます。

いよいよ、三日間、夏の夜に対談し続けた最終日に入りました。

550ページをこえる分厚い本です。

『毒を喰らえ』について書かれています。

毒を喰らって生きる、ことは、執行さんの中心思想です。

毒を喰らって生きて死んだ作家として、ニーチェさん、ドストエフスキーさん、芥川龍之介さん、三島由紀夫さんらの名前が挙げられています。

毒というのは、多くの人が煙たく思うような体験であったり人であったりします。

不幸や苦労、苦難や健康を崩すこと、老いることを、喜んで喰らいながら生きる、という生き方です。

戦後の日本は、GHQの見事な占領、洗脳政策により、経済や安全、健康、平和を愛する善良な、毒のない、優しい、人が圧倒的に多くなりました。

それは東京裁判によって、戦争責任を一部の人に押し付けて、臭いものには蓋をするような見た目にこだわる無味無臭なものをよしとするような雰囲気を作ってきたように思います。

東條英機さんは、2.26事件の後、若手将校を抑えるために首相に任命された人です。

東京裁判で国際法に則っていないアメリカという戦勝国による裁判については、否定的でしたが、国内法として裁きを受ける、という潔い態度は、尊敬に値します。

広田弘毅さんは文民として唯一、死刑になった人ですが、同様にその潔さについては尊敬に値します。

わたくしごとですが、わたしの父は広田弘毅さんを尊敬していて、わたしの兄の名前を広田弘毅さんの名前からつけています。


明治憲法の弱みや国家体制、明治維新後の人づくりが、国として明治時代よりも脆弱になった要因等、国内の問題は山積みされていたと思いますが、人種差別的な優越意識の強い白人至上主義的な英米ロシアの問題もあったと思います。

有色人種の分際で、国力や軍事力をつけたことに対する脅威や警戒心、差別意識が本音のところであったように思います。


毒を喰らって生きた先人たちが、今の日本や世界を見て、憂いを持つこと、そのことを、哲学者や文学者の名前を挙げて、毒を喰らって生き、死ぬことの必要性を、お二人は語りあたっています。

わたしは右でも左でもありませんが、歴史を深く学んでおくことが、今、そしてこれからの生き方にとても大事なことだと思います。

優れた世界の投資家は、歴史や思想や哲学を学んでおくことが、投資をする上でとても重要なことだと言っています。

毒を喰らって生きて死んだ偉人たちから、大事なことを学んでいきいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

ご支援ありがとうございます

2019年05月17日 05時54分41秒 | Weblog
建て替え工事のためのご寄附を先日いただきました。

継続して何度も多大なるご支援をいただき、心より感謝しております。

建て替え工事(3カ年)の最終年度を迎えている今年度ですので、大変有難い次第です。

日頃、温かいご支援を賜り、誠にありがとうございます。

8月いっぱいですべての建て替え工事が完了する予定です。

現在、駐車場とグランドの工事をしています。

無事に工事が完了するように願っています。

継続したご支援を賜り、誠にありがとうございました。




善行を積む

2019年05月17日 05時37分15秒 | Weblog
先日、学園の近所で火事がありました。

そこに、学園の中学生の男の子が二人たまたま通りかかって、初期消火活動をしたとのことでした。

消火栓にホースを繋ぎ初期消火活動のお手伝いをしたとのことです。

先日、伊豆の国市教育委員会に用事があっていくと教育委員会の方より、中学生が消火活動を手伝った場面をご覧になっていたようで、お褒めの言葉をいただきました。

昨晩その二人を園長室に呼んで、咄嗟の善行を褒めました。

二人とも野球部で頑張っている子どもです。

何も考えずに、咄嗟に行動に移すことができたのは、地域の防災訓練で消火栓を扱う訓練があったからかも知れません。

その火事は、消防車や救急車、パトカーの台数が相当多く、ほとんど全焼の状態で、怪我人はなかったようです。

損得を考えないで、善行を積むことができたことを大いに褒めると少し照れくさそうですが、二人の中学生は嬉しそうにしていました。

そのような行動ができたことを、とても嬉しく思います。

人として後先考えず良いことができるような人になってほしいと思います。

率先垂範を示したいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

マインドフルネス、セルフモニタリングの重要性

2019年05月16日 05時52分43秒 | Weblog
久しぶりに勉強会に参加させていただくことになりました。

キッズヨーガの伊藤華野先生からお誘いを受け、5月26日に市ヶ谷で「マインドフルネス セルフモニタリングの重要性」という勉強会です。

伊藤華野先生とスポーツのメンタルトレーニングをもされている坂入洋右先生による勉強会です。

ドッヂボールの練習に瞑想ヨガを取り入れて四年目となりました。

効果があるかどうかは、はっきり目に見えてわかりませんが、あるような気がしています。

セルフモニタリングというテーマもとても興味深いテーマです。

小さな瞑想の本に本屋さんで出会ってから、マインドフルネスやヨガ瞑想、禅の本をたくさん読んできました。

花粉症が治ってしまったり、腰痛にならなくなったり、しているので、効果はあったのだと、わたくしごとですが思います。

久しぶりの勉強会とても楽しみです。

学んだことを、子どもたちに活かしていきたいと思います。


最後までお読みいただきありがとうございました。

根源へ

2019年05月15日 05時33分54秒 | Weblog
執行草舟さんの著書に『根源へ』という本があります。

『夏日烈烈』という執行草舟さんと佐堀暢也さんの対談本に『根源へ』について、話し合われています。

わたしの中で、『根源へ』という本はかなり強烈な印象ある本であったので、執行さんの会社(確か虎ノ門駅から歩いて数分のところにあります)を数年前に訪れたほど影響を受けました。

読書好きな人や大学教授から受けが良いと執行さんはおっしゃっていますが、読書好きな人には、とても面白い本です。

本の表紙が、ある画家の作品ですが、その画家は、一枚も自分の絵を売らない人で、絵にもサインを入れず、未完のまま亡くなっていくのですが、執行さんと出会い、執行さんがその画家の絵を会社に展示されています。

事前に電話をして了解を得られると絵を拝見させていただけるのですが、とても凄い絵でした。


わたしは、瞑想やヨガをするようになって何年か経ちましたが、大袈裟かもしれませんが、何か根源へ触れる感じがします。

DNA的なものなのか、何かわからないのですが、根源へ触れる感じがあって、それはそれでしんどいところがあります。

そういう意味もあるような『根源へ』という本です。

しかし本に力があるように思います。

根源へ触れるような生き方をしていきたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

義 陽明学徒 三島由紀夫

2019年05月14日 05時39分47秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀暢也さんの対談本『夏日烈烈』という本を読んでいます。

『夏日烈烈』という本の題名は、執行さんが16歳から20歳までの4年間、三島由紀夫さんと交流があったときに、三島由紀夫さんからもらった書が、『夏日烈烈』だったとのことです。

そして、別の書に『義 陽明学徒 三島由紀夫』というものがあるそうです。

それだけ、三島由紀夫さんは、陽明学に傾倒していたことがわかります。

陽明学を日本で深めた人たちは、中江藤樹さん、大塩平八郎さん、吉田松陰さん、西郷隆盛さん、がいます。

その流れを組むのが、三島由紀夫さんです。

三島由紀夫さんが憂国、として一番憂いていたのは、現代人が無味無臭、のっぺらぼう、のように、GHQの占領政策によって、「経済、安全、平和」だけを求めるように人畜無害な民族に教育しようとしたことです。

結果的にGHQのやり方は大成功を収めました。


執行さんは、しかし、マッカーサーさんを評価しています。

マッカーサーさんでなければ、天皇制は存続できなかっただろうし、北海道をロシアに奪われていただろう、と語っています。

そしてトルーマン大統領に解任されてしまいますが、マッカーサーさんは、東京裁判は間違っていたことをアメリカの議会で語っています。

マッカーサーさんは、ある意味、義や誠実さがある人として、武士道的な陽明学的な視点があった人なのかも知れないと、歴史の本を読んでいて感じました。


朱子学が文明的で陽明学が反文明的であると、執行さんはおっしゃっています。

朱子学の素晴らしさについても言及されています。

歴史の中で、世界や宇宙を理解することの大切さを、『夏日烈烈』という本から感じました。

根源を目指していきたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

苦しみの中の飛躍

2019年05月13日 05時29分54秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀暢也さんの対談本『夏日烈烈』という本を読んでいます。

執行さんは、孔子さんの話から学問の話をされています。

学問は、苦しみ悩んだ人でないとほんとうの学びにならないと孔子さんはおっしゃっているとのことです。

わたしは体験的に同感します。

中学三年生の時から、わたしは悩み苦しむところがありました。

それは思春期だからということかもしれませんが、苦しみ悩み求道的になっていた状態があって、高校2年の時に、倫理社会の教科書と資料集に出会い、哲学を学びたいと心底思いました。

学問とは、悩み苦しむという下地があってはじめて、準備ができる、というものであるということを孔子さんは言っているのだということです。

それは芸術であったり、スポーツであったり、仕事であったりしても、同様なことであるように思います。

挫折感や苦しみ悩むような危機的状況からの飛躍というものが、実際にあります。

それは歴史を見ても、そのような法則みたいなものが見いだせます。

悩み苦しむ中で何かを掴むということです。

読書もそうだと思います。

悩み苦しむ中で、内向的に自分自身と向き合うような行為が読書です。

その時に自分以外の著者がいますが、それでも深く向き合わせてくれる書物が長く生き残る書物となっていくのだと思います。

それは悩み苦しんだ著者がそこにいたからだと思います。

悩み苦しむ中で飛躍することを大事にして、学んでいきたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

人格の力

2019年05月12日 09時30分17秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀暢也さんの対談本、『夏日烈烈』という本を読んでいます。

歴史に登場してくる人について書かれています。

合理性を重んじる人なのか、不合理を愛する人なのか、そのことが話し合われています。

乃木希典さんや西郷隆盛さんについての評価は、歴史の味方として、人の価値観を見ることができます。

わたしは司馬遼太郎さんの本を読んだことがないのですが、司馬遼太郎さんが、乃木希典さんや西郷隆盛さんを合理性やビジョンに欠いた人である、という評価をしているということを本で読んだことがあります。

人格よりも、合理性、合理的なもの、知識を重んずるもの、という捉え方なのだと感じます。

執行さんも佐堀さんも人格を重んじる人なので、不合理を愛する、狂気を抱えているような人を愛しています。

その象徴的な人は、吉田松陰さんだとわたしは思います。

彼の生き様に損得は一切なく、志しかありませんでした。

牢獄での生活でも、囚人や看守に慕われるほど、謙虚で情熱的な求道心がありました。

合理性を重んじる人たちから見ると、吉田松陰さんや西郷隆盛さんや乃木希典さんは、狂人のように見えるのかも知れません。

しかし明らかにその人格に大きな影響力があり、それが周囲から憧れられて、大きなことを成す原動力になっています。

人格の力です。

佐堀さんの司馬遼太郎さんに対する見方は、わたしが司馬遼太郎さんの本を読んだことがないのですが、共感します。

不合理と言えども、志や人格の力を重んずる生き方をしていきたいと思います。


ドッヂボールの練習でも、関係のないように見えるヨガや瞑想や読書や掃除を入れていて、一見、効率が悪いように思われるかもしれませんが、その不合理性を大事にしています。

当たり前のことを当然に成すことが、人格の力だからです。

凡事徹底を大事にしていきたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

徳育

2019年05月11日 08時22分01秒 | Weblog
学園の事業計画に「徳育」というものがあります。

道徳教育は一歩間違うと教条主義的になる危険性があります。

言葉を暗記、暗唱させ一方的に押し付けるやり方です。

わたしは、ほんとうの「徳育」には、「憧れ」があると考えています。

言行一致、知行合一、言っていることとやっていることが同じか、それを「生き様」で体現しているのか、

いざっていう時に、行動に移せるのか、そういうことを日頃、意識して生きるのは、とても難しいことですが、大事なことです。

しかしそれは、とても険しい道で、茨の道で、キリストさんやお釈迦様が説いたような、道のようなものです。

いざっていう時に、その人の本性が露わになるもので、自分を磨くといっても生易しいものでない、ということだと思います。

この間、子どもの虹情報研修センターの研修報告書の原稿を書いていて、そう感じました。

文書を書くというのは、自分と向き合う行為だとつくづく思いました。

徳育も簡単ではなく、言葉でいうよりもやはり「生き様」なのだと感じます。

何事も掘り下げていきたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

感動する読書

2019年05月10日 05時44分30秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀さんとの対談本『夏日烈烈』という本を読んでいます。

読書の仕方について書かれています。

読書の仕方を間違うと、説教じみた人間になる人がいることが二人の話で出てきます。

物知り顔をして自慢気に、話すようになる人です。

お二人の読書論は、芸術論のようなもので、読書とは感動をもらうもので、人に自慢するような本の読み方は違う、という話をしています。

同感です。

わたしが高校生の頃、ソクラテスさんに感動したのが、それと同じことです。

ソフィストという人たちが物知り顔で説教じみた、我こそは真理を知っているという人たちがいて、ソクラテスさんは、逆に自分自身の無知を知っていた、両者の開きがとても大きいと感じました。

ソクラテスさんの徳のある生き方を実践した「生き様」や「死に様」に感動したことが、哲学に傾倒していったきっかけでした。

読書とは、感動をもらうもの、たとえ間違った解釈であっても関係なく、感動することに意味があることがある、そこに読書の醍醐味がある、とわたしも思います。

心底感動をすると生き方も変わってゆきます。

そういう読書をお二人はすすめていて、至極同感します。

感動する読書を続けて生きたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

新たな出会いに恵まれて

2019年05月09日 05時10分16秒 | Weblog
昨日は、東京両国ライオンズクラブ様と東京センチュリーライオンズクラブ様の皆様が、遠路、ご多用の中、ご来園くださりました。

東京両国ライオンズクラブの皆様におかれましては、平成25年より一年を通じて多大なるご支援を賜っております。

東京両国ライオンズクラブ様のご紹介により、この都度、東京センチュリーライオンズクラブ様よりご支援をいただくことになりました。

学園の説明をさせていただきました。

児童養護施設に対して高いご関心をお持ちいただき、いろいろなご質問をいただきました。

東京両国ライオンズクラブ様を通じて、学園の子どもたちへご支援をいただいてきましたが、三年ほど前より東京本所ライオンズクラブ様、今回新たに東京センチュリーライオンズクラブ様よりご支援をいただくことになり、大変有り難い次第です。

昨日は長時間にわたり、有意義なとても楽しい時間をいただきました。

誠にありがとうございました。

子どもたちも職員も応援してくださる方々の存在はとても大きく、元気をいただいたり、励ましていただいたり、支援の意味を噛みしめる機会となっています。

多くのご支援を賜りながら、多くの温かい方々に支えられ学園があることに、心から感謝申し上げます。

遠路、ご多用の中、誠にありがとうございました。



最後までお読みいただきありがとうございました。

夏日烈烈

2019年05月08日 05時18分09秒 | Weblog
執行草舟さんと佐堀さんの対談本を読み始めました。



執行さんと医学生の佐堀さんとの対談本です。

執行さんの会社を訪れた若者との対談本です。

佐堀さんは、執行さんの本を愛読されています。

夏の夜、3日連続でお二人が語り合った様子がそのまま本となったものです。

その中で量子論の話が、執行さんから出てきます。

ニールス・ボーアさんの話から、執行さんが岸根卓郎さんの『量子論から解き明かす「心の中世界」と「あの世」』という本を読まれていることがわかりました。

岸根さんは量子物理学者で京都大学名誉教授です。

わたしも以前に岸根さんの本を図書館で見つけ貪り読んでいますが、同じ本を執行さんも読まれていたことがわかりました。

道理で量子論の内容に共感を覚える訳がわかりました。


この対談本は2年前に出版されたものです。

執行さんの本は、多くの若者に読まれているようです。

読書を愛する若い人たちから、とても共感を持たれているようです。

まだ読み始めたばかりですが、佐堀さんも読書家でとても刺激的な内容となっていると感じます。

二人の読書を愛する人の対談本にとても興味を覚えました。

読書の習慣を続けていきたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

二宮尊徳と松下幸之助

2019年05月07日 05時26分08秒 | Weblog
執行草舟さんの『悲願へ』という本を昨日、読み終えました。

最後の方で、松下幸之助さんの生い立ちについて書かれていました。

ごきょうだいの多い家族構成であったとのことですが、10代でご両親を亡くされ、26歳までにごきょうたいをすべてを亡くされるという生い立ちであったことを知りました。

裕福な家庭で8人きょうだいの末っ子として生まれ、可愛がられて育ったとのことですが、4歳の時にお父様が事業に失敗し一挙に貧しくなったという生い立ちです。

10人いた家族の中で生き残ったのは、松下幸之助さんだけであったこと、そして幸之助さんは、94歳まで生きたことを知りました。

壮絶な生い立ちです。

その生い立ちを知り、二宮尊徳さんを思い出しました。

二宮尊徳さんも豊かな家な生まれですが、人の良いお父様が人の借金の肩代わりしたことで貧乏になり、10代のうちにご両親を亡くされています。

お二人の人生を見ると、愛情豊かな家族に恵まれた幼年期を過ごしたこと、しかしその後貧乏になり家族を次々と失っていったこと、が似ている生い立ちです。

そしてお二人ともその体験をバネにして、偉人と言われるような生き方をされます。

逆境が人を育てることは理解していましたが、そこまでの過酷な生い立ちであったことを知らなかったので、驚きました。

松下幸之助さんの反骨精神のもとになった生い立ちの壮絶さに驚きました。

生き残った者としての生きる使命を一人背負って生きられた人生であったことがわかりました。

本には数枚の松下幸之助さんの写真が掲載されています。

佐藤専務が松下幸之助さんの印象を、顔は笑っていても、目が鋭かったこと、仕事に厳しい人であったことを語られています。

生き様でその人の姿勢や態度が変わることが、よくわかりました。

深く学ぶことが大事だということを、この本から学びました。

読書から深く学んで生きたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。

未完なる精神

2019年05月06日 08時41分34秒 | Weblog
執行草舟さんの『悲願へ』という本を読んでいます。

本の最後に、晩年の松下幸之助さんのことを知る佐藤専務との対談となっています。

佐藤さんは『松下幸之助の生き方』という本を出されている人です。

対談の中で、「未完なる精神」というような表現がありました。

わたしなりの解釈では、自己満足や自己欺瞞(人のせいにする)に陥らないという生き方、態度、姿勢だと感じました。

こじんまりとまとまった生き方ではなく、何か崇高なものを目指して、未完に終わるような生き方である、ということを感じました。

執行さんは、文学においても、こじんまりとまとまった文学と、未完で終わりながらも後世に遺る文学があるという喩えを使っています。

自己満足や自己欺瞞にまみれたものは、すぐわかってしまい、その対極の生き方として、未完なる精神を目指すことが、命を燃焼しきる生き方なのだとおっしゃっています。

なるほど、と思いました。

未完なる精神を目指して生きたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。