生活管理・日用品ブログ

増田カイロの臨床における生活指導内容。NAET施術と併用して弱アルカリ体質を維持しましょう。

自分の「病理スイッチ」知りたいですか?

2022-05-15 | 斉藤の独り言
時節柄、カビ関連の投稿をいくつかしています。

カビ・真菌・酵母・カビ毒に対するアレルギー除去は、カビ天国の日本において、とても重要です。
アメリカの環境医学研究所(Dr.Rapp:ドクターラップ)のビデオでは、『カビの影響をうける前と後』の状況を観ることができます。
寝たきりで動けなくなったり、算数の問題が解けなくなったり…、いろいろあります。
ご希望の方はクリニックにお越しの際にご覧いただけます。(画像はちょっと荒いです。全編視聴すると1時間位になります。)

Dr.Rappのビデオを始めてみたのは、DrキャラハンのTFTセミナーでした。私がNAETを始めて間もないころ、もう20年くらい前です。
卵・牛乳・にんにくなどの食べ物によって、子供たちの態度や状況が一変してしまう様子を収めたビデオ(5人のアレルギーっ子)を始めて見た時には、かなり衝撃を受けました。

とても衝撃を受けましたから、すぐにアメリカから同じものを取り寄せ、当院で行っているNAETセミナーでも、こちらの患者さんにも見せています。食べ物で、カビで、こんなに体調も、言動も変わってしまうのか、という衝撃です。
(「私まだ見たことない、見てみたい」という患者さんは、お声をかけていただければ、施術の合間に見ていただけます。)

全ての親御さんと学校の先生方に、ぜひ見てほしいビデオです
保健の先生(保健師)も、学校の校医の先生も恐らくこういうことがあることをまず知らないでしょう。
こちらで見た方からは、「うちの子と同じだわ」「給食の後にこんなことになっている」というような反応でした。

子供・動物であれば、食物のアレルギー除去をすることでとても良くなる人が多いですが、大人になると、時間経過も含めいろいろありますから、食物だけでは済まないことが多くなります
とはいえ、どんな症状・問題にも「引き金」と「原因」と「問題となる場所」があります。

この3点をしっかり施術で抑え込みながら、その間にしっかりと体質の自己管理ができるところまで持っていっておければ、大きな問題を回避しながら人生を楽しく過ごせることができるでしょう。

「いつ・どこで・誰とでも、何があっても・何がなくても、安全・安楽に過ごすことができる」
これがアレルギー除去を行い、弱アルカリの体を手に入れた状況です。


ただし、誰にも「病理スイッチ」がONになる年齢があります。
それは先天的(遺伝)要素と後天的(自分の衣食住環境)要素が合わさったものです。

40~50代で下り坂となり、「多くの方が60才台で病理スイッチがONになる」のですが、現代においては衣食住環境の悪化が著しいため、病理発症の弱年齢化(20才台、もしくはそれ以下)が進んでいます。

若いうちはどなたも「自分の時間は永遠」という気がしていると思いますが、実はそうでもないんですよ。意外と目の前に来ているかもしれないんです

だからこそ、ピンピンコロリで最後までやりたいことをしたい人は、自分の病理スイッチON!となる大まかな年齢を知ることで、それまでに自分にできる限りのことをして、事前に手を打っておくことができるのです。
「知りたい人」は施術にいらした際、そのようにお伝えください。もちろん知りたくない人は知らなくていいです。ただし、間に合わなくてもそれは運命だから仕方ない、と思っておいてください。

例えば、当院の院長は60才目前に脳梗塞を発症しました。(もちろん当時はそんなことをチェックしていません。)
当時、日本で唯一の神経学専門学位をもったカイロプラクターでしたから、これからもっといろいろな分野で活躍して行こうというところでした。

NAETによるアレルギー除去は、今思えば完璧にはしていませんが、最低限はしていました。
しかし、「弱アルカリ管理」は一切していませんでした。

ラーメン・とんかつ・すし大好きで、ラーメンの汁はいつでも飲み切っていました。
そんな感じでしたから、血圧はだんだん高くなってきている印象はありましたが、当時1人4役くらいの多忙を極めていましたので、病院には行かず、サプリメントを多少使っていた程度でした。それでも何も気にすることなく、毎日朝から晩まで元気に仕事していました。

しかし、そんな日は突然終わりました。(突然といっても倒れることはなかったので、一般的な脳卒中ではなかったのですが)
ワインをグラス1杯飲んだだけで「ゆでだこ」のような「カビ体質」で、発症はちょうど17年前のこの時期でした。

17年前の5月中旬あたりから「たまに様子がおかしい(一過性の舞踏病のような動き)」ことがありましたが、それ以外は普通だったので様子をみていました。5月末、海外セミナーから戻ってきた院長から「向こうで言葉が出てこないことがあった」と言われ、すぐに脳神経内科に行ってMRI検査をしてもらいましたが、問題ないと降圧剤を貰って帰されました。

それでもやはり「普通に生活できるけど、やはり何かおかしい(ネジがいくつか抜けている感じ)」状態に変わりはないので、他にいい先生はいないかと探してもらって、6月初旬にやっと受診できたのですが、すでに時遅し。

CTを撮った後、診察室で、「右手と左手でキツネさんを作ってください。そして左右のキツネさんを合わせてください。(人差し指同志、小指同士、そして3本指同志)」と言われました。

私は普通にできます。そして院長のほうをみると、あれ?なに?どうやるの?という様子で、こんな簡単なことが全くできていなかったのです。
その様子を見て、私は衝撃を受けるとともに、その現実に涙があふれてきました。
脳梁梗塞がすでに進行していて、四肢麻痺は一切ないのですが、意思通りに動かなくなっており、「何でもっと早く来なかった!」と今でもお世話になっている担当医に言われました。

そこで「即入院」と言われたのですが、院長は「病院嫌い」ですから、拒否して帰ってきました。
その後はドクターストップとなりましたが、もちろん院長の運転で。。。
(ウィンカーとワイパーを間違えていることがあったのですが、その理由がようやくはっきりしたのです。私も学んでいた院長のカイロ神経学講座ではそんなこと教わらなかったよ~、とよく冗談を言ってました。)

改めて院長を説得して、次の日、入院の手続きを取ることになりました。
それでも基本的に薬物療法+リハビリなので、毎日「帰りたい帰りたい」と院長は担当医に掛け合い、最低限の検査・リハビリで退院しました。

院長から「今日退院だって」と電話があったのでスーツケースをもって、「お世話になりました」とナースセンターに行くと、「そんな指示は出ていない」と、却下されたこともありました。本人は荷物をまとめて帰り支度を済ませていましたが、外出ならいい、ということで、美味しい釜めし屋さんに連れていきました。こんな感じのエピソードは山のようにあって、今ではおもしろエピソードなんですが、当時はそんな余裕はなかったです。

だんだんとパソコンが使えるようになっていきましたので、脳梁梗塞によってカイロやNAETの臨床からは離れましたが、翻訳業務をこなしていました。

それから2年後、狭心発作が出た(食後歩いていて苦しくなる)ため、検査すると3枝病変(心臓の栄養血管である3本の冠状動脈すべてが詰まっている状態でいつ心筋梗塞で心臓が止まるかわからない状態)が発覚。
手術適応という事で、院長の希望する心臓外科医による手術を受けるため、県外の病院にわざわざ入院したのですが、その後、さらに最悪の事態を受け入れなければなりませんでした。

手術は無事に終わったのですが、麻酔からなかなか覚醒しなかったようで、麻酔が覚めた時には、すでに半身不随+脳高次機能障害(運動性失語)の状態だったそうです。それからもたくさん泣いて、たくさん笑ってきました。
心臓は今でも問題ありませんし、院長は手術を受けたことに後悔は微塵もありません。

ただ院長は14年もまともに話していません。
私なら無理だと思います。また2011年3月11日以降、外出の機会が減ったため、足腰も弱くなっていきました。
ただ、こちらの話す内容はほぼ理解できますし(興味のないこと、難しいことは理解しない)、インターネットを使って調べものをすることもできるようになり、現在は「世界遺産検定1級」を目指して一浪中です。Youtubeでお笑い動画を見て、よく笑っています。

エピソードが尽きないのでここまでにしますが、院長の病理スイッチは、「60才」でした
それまでに十分なアレルギー除去、および生活管理ができていませんでしたので、院長の運命を変えることはできませんでした
そこが皆さんにも知っておいてほしいポイントなのです。
院長は今が一番幸せだと言うのでそれはそれでいいのですが、私としては院長にも私にも違う人生があったんじゃないかな、とよぎることが何度もありましたので。

特に足りなかったのは、「何を足して・何を引くか」という生活管理面でしたので、院長をお見本として弱アルカリを維持するための生活管理を当院の施術にも加えるようになりました。院長に関わるさまざまな経験を通して、施術者としていろいろと学ばせてもらいましたので、今はその経験を患者指導及びセミナーに生かすことができています。

とはいえ、施術においても、施術者としても、まだまだ完成品ではありませんから、もっと上を目指していく必要があります
まず自分・院長・スタッフ、そして患者さん方の施術、および生活管理を通して、安定・確実な結果を再現性・普遍性をもって提供していけるよう精進していきたいと常に考え実践しています。そしてそれを日本中のNAET施術者にも共有していただき、現在の医学(西洋医学)から抜け落ちている部分をしっかりと十分にサポートしていける状況をつくりだしていきたいと考えています。

誰もが漠然と生きるのではなく、人生観・死生観に基づいて、QOLを維持した中で最期まで生ききることができる、そんな終わり方をしてほしいと願いながら、毎日施術者として立っています。

そして医療のより良い発展には、患者さん方のご協力が欠かせませんので、これからも共に2人3脚で健康問題における謎(ブラックボックス)を追究していけますよう、よろしくお願いします。
斉藤 記



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