読売新聞(電子版)の記事
東大病院が移植医を8人増強、脳死臓器移植の人材育成目指す…患者からの5億円の寄付で実現
を読んで、感銘を受けた。
脳死を人の死と認めるか否かの論争があったのは、いつだったろう。あれからずいぶんと月日が経ったはずなのに、いまなお日本では、脳死からの臓器移植が日常的であるとはとても言えない状況だ。
個人の寄付で状況が改善するなら、とても素晴らしいと思う。しかし、それは良いニュースなのだろうか。
制度的な欠陥が、誰かも知らぬ他人のために自己の臓器を提供する尊い意志を、いつ現れるとも知れぬ臓器提供者を待ち続ける患者の希望を、両者の想いを繋ぐ医療者の熱意を、損なう。
悲しく、やりきれない。なぜこんなことになってしまうのか。
同記事が指摘する通り、問題の根源は診療報酬だと思う。それは政治の問題であり、突き詰めれば日本国民全体の責任。
はっきり言おう。この国では、臓器移植を待つ若者の未来よりも、胃ろう増設で生かされ続ける老人の命が優先されるのだ。
5億円の百分の一も寄付する余裕すら自分には無い。だったら、寄付以外で、自分に出来る事をするしかない。やってやる。


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