小さい頃はあまり海が好きではなかった。
海独特のにおいと日に焼けてヒリヒリしたという思い出しかない。
父が「瀬戸内海は波が穏やかで島影が美しい。多島美と言うんだよ。」
とよく言っていたが、ふ〜んくらいにしか思わなかった。
10年ほど前になるだろうか、生きていくのが辛い時期があった。
きっと皆同じだと思うが、仕事と介護、家庭のことでがんじがらめになっていたんだと思う。
仕事をしている日は何とか頑張れる。家に帰って食事を摂ったら疲れて眠るだけだから。
辛いのは休みの日だった。一通り家事を終えると、家の中にぽつんと一人。
自分を取り巻く色々なしがらみに押し潰されそうになる。
身動きが取れない、息もできない・・・どうすることもできなくなった私がいた。
そんな時はたいてい車を走らせて荘内半島を巡った。
今のように賑わっていない仁尾から半島をぐるりと詫間まで。
途中車を止めて何時間でも海を見ているだけの日が多かった。
海に太陽が沈み始めてようやく犬の待つ家に帰ったものだ。
海を見たからと言って人生の悩みが解決するわけではない。
でもしばらく眺めていると気持ちの落としどころが見つかり、
自分なりに答えを見つけることができたように感じた。
私にとってあの海の見える所は唯一の逃げ場所だったのかもしれない。
4年前死を意識する病が見つかり、手術と治療のため仕事を辞めた。
もういい加減、自分のことだけ考えて生きてもいいんじゃないかなと思ったから。
その2年前に母を、続いて父を亡くし、私自身もう務めは果たしたので思い残すことはなかったのだが、
この先治療をするにしても、最期を過ごすにしても、海のそばがいいなあと夫に話した事があった。
そこは行動力のある夫。荘内半島に海の見える土地を見つけ、家を建ててくれた。
ありがたいことに、毎年1回受ける検査の度に大丈夫と医師に言ってもらっており、
最期を過ごすはずだった海の家は、これから生き続けていくための心の拠り所となった。
現在、週の2日ほどを夫とクララと一緒に海の家で過ごす。
日がな一日飽きることなく海を眺めて、夜は潮騒を聴きながら眠る。
海は毎日違った表情を見せてくれる。晴れた日も雨の日も風の強い日も・・・
そして穏やかな瀬戸内の海に浮かぶ島々はとても美しい。
父が言っていた多島美ってこういう景色なんだなあ、と改めて思う。
この生活がいつまで続くか、そんなことは誰にもわからない。
実際、昨年の4月に大腿骨を骨折し2ヶ月間も入院していた。
私の望みを叶えてくれた夫に感謝しつつ、
やがてはずっと海のそばで過ごせたらいいなあと思うこの頃。