暗の田園詩

 

 ミュンヘンのノイエ・ピナコテーク(Neue Pinakothek)に、ハンス・フォン・マレース(Hans von Marees)という画家の部屋があった。丸ごと一室、その画家の絵で埋まっていて、ムードの暗さでは圧巻な画家だった。
 神話や聖書、伝説を主題とし、人間と自然とが意図的に両方、そうあるべきものとして描かれている感がある。裸像が多いのだが、肉体表現はミケランジェロ風に強烈で、そのフォルムはかなり極端。歪んでさえいる。肌は肌の色というよりは肉の色で、肉厚のインパストと相俟って亡霊じみて見える。

 で、どんな画家なのか調べてみたのだが、よく分からなかった。

 象徴主義に括られるが、彼と同じような画家はすぐに思い当たらない。ので、ドイツ絵画史のなかでは多分、重要な位置にある画家なのだという気がする。19世紀後半、リアリズムには関心を示さず、ルネサンス様式へと回帰した画家……
 が、アクセスできる解説があまりない。日本て、メジャーな絵画史から外れた画家には、エネルギー割いてくれないからな。

 マレースはベルリンで学んだ後、ミュンヘンに移って絵を描いた。やがて、フィレンツェやローマを旅行。そこでルネサンス絵画に圧倒された彼は、これまで自分が学んだことなど無も同然だ、一から学び直さにゃならん! とラファエロやティツィアーノの模写に励むように。
 で、金欠だった彼からこうした模写を買ってやることで援助したのが、アドルフ・フリードリヒ・フォン・シャック(Adolf Friedrich von Schack)男爵。この人は幅広く絵画を収集していて、そのコレクションは現在、ミュンヘンのシャック・ギャラリー(Schack-Galerie)に展示されている。

 が、どういういきさつかシャック男爵とは絶交。イタリアにはいられなくなり、一旦はドイツに戻るのだが、すぐに芸術学者の友人、コンラート・フィードラー(Konrad Fiedler)の気前のいい援助を受けるようになる。この人は後にマレースの伝記を記した人で、マレースは彼とともにスペイン、フランス、オランダを旅行している。
 普仏戦争に従軍後、無事イタリアに戻ってからは、終生イタリアで暮らした。彼の最大の作品は、ナポリ海洋研究所付属図書館の壁面に描かれたフレスコ画だそうだが、この成功にも関わらず、その後、フレスコ画の依頼は一切なかったという。

 彼の描くテーマはストレートに高貴で、田園詩的。ロマンティックな叙情漂う古代の牧歌の世界が、彼の好むところだったのは分かる。
 が、美しいと単純に言い切れない構図、フォルム、色彩、等々。陰鬱な印象が後を引く。

 画像は、マレース「人間の四つの時代」。
  ハンス・フォン・マレース(Hans von Marees, 1837-1887, German)
 他、左から、
  「漕者」
  「オレンジをもぐ若者」
  「三人の騎手Ⅱ、聖マルティヌス」
  「竜を退治する者」
  「ダブル・ポートレート」

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