さまよえる幽鬼

 

 チェコの象徴主義絵画には、古典的に耽美なものの他に、思わずプククッ! と笑ってしまうコミカルなものもある。例えば、ヤロスラフ・パヌシュカ(Jaroslav Panuška)の絵。ダークでホラー、なのにユーモラス。

 パヌシュカは生涯にわたって風景画を描いている。印象派以降のオーソドックスにモダンな画風で、私は十分良い絵だと思うのだけれど、解説では、毒にも薬にもならない退屈な絵、なんて評されている。
 なぜこんなふうに、ライフワークだった風景画を不当に酷評されているのかと言うと、一方でパヌシュカが描いた魔的霊的存在たちが、画家の名から即座に思い出されるほど、容易には忘れがたい印象を与えるからだろう。

 詳しくは知らないが、パヌシュカはプラハのアカデミーで、風景画家の巨匠ユリウス・マジャーク(Julius Mařák)の教室で学ぶ一方、アール・ヌーヴォーの象徴主義画家、マクシミリアン・ピルナー(Maximilian Pirner)の教室にも出入りしていた。
 パヌシュカが本来の領分から逸脱して、後者の主題で、ユニークなゴーストの絵を描いたのは、そのキャリアの初期の頃だったらしい。が、これら一連の絵のせいで、パヌシュカはチェコ絵画史上、文句なくシンボリズムのデカダンに分類されている。

 煉獄をさまよう魂のごとく姿で、ある種の個人的な不幸を悶え苦しむ人々がいる。彼らの苦悩や悲嘆は、当人にすれば真剣で、真実そのものなのに、傍からそれを眺めてみると滑稽で、くだらなく映る。
 パヌシュカの描く魔的霊的存在たちは、そんなふうな姿に見える。幽霊、吸血鬼、魔女などの物怪たち。その存在はぞっとするほど怖ろしい。なのに人間臭い。邪気がなく、呪詛したり攻撃したりして、生身の人間に危害を及ぼしてくるようには見えない。
 大地に根差すことができず、小暗い時刻、ゆらりと地面を離れて空中を浮遊する。実体なく、細長く伸びて、消えそうに見えるけれども、この世界から消え去ることができない。そうした存在になってしまった自分を憐れみ、なってしまった理由を深く悔いて、苦悶のなかを泳ぎ、当てもなく蕩揺する。

 よく考えてみると、おっかない。でも、面白い。

 画像は、パヌシュカ「吸血鬼」。
  ヤロスラフ・パヌシュカ(Jaroslav Panuška, 1872-1958, Czech)
 他、左から、
  「魔女」
  「毒キノコ」
  「母の死霊」
  「意味深長な頭部」
  「黄昏のツェフンスキー池」

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