仮面の画家

 

 「ジェームズ・アンソール展」に行ってきた。アンソールと言うと、珍奇な絵を描く珍奇な画家、というイメージがある。それでも親近感が持てるのは、アンソールの顔が相棒そっくりだからかも知れない。
 
 ジェームズ・アンソール(James Ensor)は絵画史では、20世紀表現主義の先駆者の一人として位置づけられている。当時の画壇にあっては、きわめて異色の画家だったらしい。
 故郷、ベルギーのオステンドから、ほとんど生涯離れなかった。初期の頃に描かれた、深い濃い色彩の故郷の街の風景は、くすんでいるのに鮮やかな光に満たされていて、好感が持てる。

 が、やはりアンソールと聞けば思い浮かぶのは、仮面、骸骨、そしてキリスト。次第に、グロテスクな形象と、アンソール色とも言うべき、赤を多用した華麗な色彩が登場する。この形象と色彩は独特で、ボスやパパ・ブリューゲルといった奇怪な形象、ルーベンスのゴージャスな色彩、などなどあたりのフランドル絵画の伝統にまで思いが馳せる。
 
 アンソールの家は土産物店を営んでおり、仮面も商っていたらしい。なので、仮面がアンソールの絵の重要なアイテムとなった、というのは有名な話。仮面を飾った部屋や、仮面をかぶった群集。が、仮面の人々は気味悪く忌まわしいなかにも、どこか道化のようで、ユーモラスで剽軽。
 仮面や骸骨のせいで、アンソールの絵は全体に不気味で幻想的。それが、毒々しい、どぎつい色彩と、粗い、滑らかでない筆致によって、誇張されている。
 
 この仮面が、それをかぶる人間の本質なのか、それとも本質を隠す仮象なのか、という点については、両様の解釈があるみたい。私は後者だと思う。
 人間みんな偽りの仮面をかぶって生きている、というのはシニカルな人生哲学だけれど、アンソール自身は純朴な人だったような気がする。おそらく孤独だっただろう。

 私もまた、アンソールと同様、仮面をかぶらずにいる。仮面だらけの群集が取り巻くなかで、私は、たった一人素顔でいるアンソールに、出会うことができそうな気がした。
 
 帰りに、砂浜まで足を伸ばしたけれど、さすがに海は暑かった。
 
 画像は、アンソール「暖を取ろうとする骸骨たち」。
  ジェームズ・アンソール(James Ensor, 1860-1949, Belgian)
 他、左から、
  「死と仮面たち」
  「燻製ニシンを奪い合う骸骨たち」
  「首吊り死体を奪い合う骸骨たち」
  「恐るべき音楽家たち」
  「仮面のなかの自画像」

     Bear's Paw -絵画うんぬん-
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