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昭和天皇、香淳皇后お手植えの松 in 小束山県有林 on 2014-6-16

2015年10月22日 05時58分01秒 | 神戸情報
2014年6月15日、小束山県有林の昭和天皇、香淳皇后お手植えの松(クロマツ)の写真を
撮ってきましたので紹介します。

このブログ記事は2014年6月17日にアップしたものですが追記して再度アップした。


当日、垂水健康公園側から小束山県有林の入り口から入っていきました。


上の写真は昭和天皇、香淳皇后お手植えの松(クロマツ)のある位置を示したものです。





上の写真は昭和天皇が植えられたクロマツの碑とクロマツです。
昭和29年(1954)4月6日に国土緑化を目的としたイベント第5回全国植樹祭が神戸市と三田市であり
天皇皇后両陛下が当地に来場され植樹されたものです。
当時の小束山はつつじだけが生えるハゲ山だったようです。

正式には「第5回全国植樹祭並びに第4回国土緑化大会」
60年を経過した現在、立派なクロマツに成長しています。
植樹祭のテーマは瀬戸内海沿岸に広がる「せき悪林地改良」で豊かな森を創生することを目的として
開催されたものです。
全国植樹祭は昭和25年から始まり平成26年は第65回で新潟で開催されました。

第1回から第4回までの植樹祭
第1回(昭和25年) 植樹行事並びに国土緑化大会 山梨県甲府市
第2回(昭和26年) 群馬県 赤城山
第3回(昭和27年) 静岡県 十国峠
第4回(昭和28年) 千葉県 富津市


植樹祭の様子を撮ったフイルムを神戸市が所有しておりその時の様子を動画で見た記憶があります。

当時の行幸啓の様子をレビューしたいと思います。

4月5日 9:10 東京駅をお召列車で出発
        名古屋以降は電化されておらず蒸気機関車で
    17:45 神戸駅に御到着
         舞子ビラに宿泊
4月6日 舞子ビラから御料自動車で小束山県有林の植樹祭会場へ

4月7日 舞子ビラを出発 みどりの塔、真珠会館、新港第7突堤見学後
     神戸駅より次の訪問地宇治へ向かわれた



上の写真は香淳皇后お手植え黒松の碑です。


上の写真は 昭和天皇の歌碑 入江侍従の筆になるものです。




上の2枚の写真は平成17年(2005)の全国育樹祭で、現在の皇太子殿下が、草刈りをされ、
クロマツを植えられたことを記念して建てられた碑とクロマツです。



上の写真は葉っぱ博士の高岡得太郎氏がふれあいまちづくり協議会が作製の「ふれあい横尾」第40号
 2013.11発行で投稿された松の樹齢の見方を説明したものです。

9年経過の松であることがこれからも判ります。

昭和29年(1954)4月7日にみどりの塔を観られていますのでみどりの塔について
若干ですが触れておきます。






上の2枚の写真は2008年2月6日撮影のみどりの塔です。(須磨浦公園)
両陛下の御来神を記念して建てられました。

昭和28年(1953)に新谷英夫が製作された彫刻作品で純白の女神が塔の上で
舞い都市緑化運動のシンボルに相応しいものだと思います。



上の写真はみどりの塔の位置うぃ示した現地の案内板です。


上の写真はHIDEOと書かれた作品の説明プレート。

みどりの塔の左右には地球儀が載ったゲートがあったが左手の地球儀が平成7年
(1995)1月17日午前5時46分の阪神淡路大震災で落下しました。
上の写真(みどりの塔の遠景)でも右手の地球儀があるのが判るが左手のは
落下してないのが判ります。





上の写真は落下した地球儀とその説明版。

永く震災の記憶を風化させない為に震災モニュメントとして、地球儀が落下した
状態で置かれています。
新谷氏は、震災で神戸市中央区の自宅が倒壊、下敷きとなり、約1週間後に亡くなりました。


関連ブログ:昭和天皇の神戸への行幸
   








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