夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

N・ヒル『仕事の流儀』(その8)

2012-10-26 22:11:27 | N・ヒル『仕事の流儀』
第5章でヒル博士は、セールスマンには販売の能力と同じくらい、自分が売り込もうとする商品やサービスについての信念で心を満たすことが必要だ、と述べている。セールスとは結局、自分自身を売り込み、お客の心に訴え、購買意欲を起こさせることである。だから、一流のセールスマンは、自分の潜在意識に商品・販売についての精神、考え、計画、コンセプトや信念などを自己暗示によって伝えるのだという。

The subconscious mind is the broadcasting station that voluntarily telegraphs one’s thoughts and beliefs(or disbeliefs)to others. The supersalesman knows he must educate his subconscious mind to broadcast belief in that which he offers for sale.
(“How to sell your way through life”‘5 Autosuggestion, the first step in salesmanship’)

ここでは、人間の潜在意識を、自動的にその人の考えや信念(あるいは不信)を他人に伝える放送局にたとえているのが印象に残った。一流のセールスマンは、潜在意識の重要性を知っているからこそ、自分の潜在意識を教育して、自分が売り込もうとするものについての信念が発信されるようにするのだという。

ヒル博士はこの章でまた、生まれてから死ぬまで、私たちの活動のほとんどは、私たちの感情によって引き起こされているため、持つべき肯定的な感情と、そうでない否定的な感情とを分けて把握すべきことを説いている。

7つの肯定的な感情とは、性、愛、希望、自信、熱情、楽観、忠誠である。性を一番に挙げているのが意外な気もするが、ヒル博士は、『思考は現実化する』という本の中でも、性的エネルギーは人間の持つ感情のうちで最も大きなものであることを率直に認め、正しく利用するべきだと述べていた。

逆に、7つの否定的な感情とは、怒り、恐れ、強欲、妬み、復讐心、嫌悪、迷信である。

自分の抱いている感情は、言葉よりも大きな声で他人に語り、無意識のうちにその波動を拾い上げられているから、否定的な考えを持ち、それをお客に植えつけてしまわないように気をつけなければならない、というヒル博士の言葉に納得した。

私も日常的に、授業や生徒指導を通して、自分の潜在意識を生徒に発散していることになる。前途有為の若者たちに対して、肯定的な感情を伝え、そうでない感情を発信しないよう、常に自戒が求められる。この章を読んでいて、感情は力なのだということを改めて実感した。

N・ヒル『仕事の流儀』(その7)

2012-10-25 20:53:15 | N・ヒル『仕事の流儀』
第4章で、ヒル博士はセールスの達人の資格について論じており、「1 肉体的な健康」から始まって、その数なんと28項目にも及ぶ。

そのすべてが傾聴すべきものであるが、私としては「3 想像力」「4 話す能力」「6 自分が売り込む商品についての知識」「9 価値を与えること」「10 見込み客についての知識」「14 感じのよい人柄」「15 ショーマンシップ」「16 セルフコントロール」「18 寛容さ」「19 正確な思考」「20 持続」「28 熱情」が特に印象に残った。

ここでは、「20 持続」を紹介する。

20. Persistence. The supersalesman is never influenced by the word “no”and he does not recognize the word“impossible”. To him all things are possible of achievement. The word“no”to the supersalesman is nothing more than a signal to begin his sales in earnest. He knows that all buyers take the line of least resistance by resorting to the“no”alibi. Because he has this knowledge, he is not susceptible to negative influence by sales resistance.
(“How to sell your way through life”‘4 Qualities of the master salesman must develop’)

「一流のセールスマンは「ノー」という言葉によって影響されることは決してないし、「不可能」という言葉も認めない。彼にとってはすべてのことは達成可能なことなのである。「ノー」という言葉は、一流のセールスマンにとっては、彼の真剣なセールスを始めるための合図にすぎない。彼は、お客はすべて、最低限の抵抗ができるような防御線を張って、「ノー」という言い訳に走るものだということを知っている。彼はこのことの知識があるので、セールスが抵抗に遭ったからといって否定的な影響を受けたりはしない。」

これは、私も日常、生徒を相手にしていて、「いやだ」「できない」「やりたくない」という言動に接するのでよくわかる。昔は、こういう否定的な言動に遭うと、自分自身を否定されたように感じ、傷ついたり怒ったりしていたが、今は少しだけ賢くなった。生徒が守ろうとしている最低限のものにはなるべく手をつけず、生徒も「仕方ない」と納得できる形で、「いやだけど、まあ仕方ないからやるか」、「できないとまずいから、できるところまでやろう」という風に持って行くためにはどうするか、というところから発想するようになってきた。

もちろん、達成可能な範囲内で、達成するための手段や達成した後の見通しも含めて説得するようにはしている。

チャリチェイス

2012-10-24 22:07:55 | 雑談
昔、私が教員になりはじめの頃の話。

当時の私は自転車で通勤しており、その日も夜8時頃まで仕事をして、帰りに少し遠回りして駅前に寄り、どこかで夕食でもたべていこうとしていた。

ふと気がつくと、道路の向かい側を自転車で走っている男子高校生が、タバコを吸っているようだ。しかも、着ているのがウチの学校の制服(!)。

とりあえず、本当にタバコを吸っているのか確認するのが先決、と思って道路の向こう側に渡り、彼の自転車の後ろについて行きながら様子をうかがう。手にしたタバコに火が点いている。本校の場合、自転車通学の生徒は、後輪泥よけに学校指定のステッカーを貼ることになっているので、クラスと出席番号を確かめようと距離を詰めたその時、彼がつけられていることに気づき、ダッシュで逃げ出した。

逃げられたら追うしかない。私も自転車のスピードを速め、後を追ったが、必死になった彼の逃げ方はすさまじかった。駅前の繁華街の狭い路地に入り込み、通行人を右に左によけながら走り抜けたり、わざとでたらめな方向に進んだり戻ったり、なんとか追跡を巻こうとする。私は、通行人の方に「すみません」と謝ったり、あるいは「何やってるんだ!」と罵声を浴びながら、彼を見失わないようについていくのが精一杯だった。

彼は繁華街を2周ほどした後、振り返って、まだつけられていることを確認すると、いよいよ本気で逃げにかかり、駅前通りの赤信号を無視して突っ切り、地下道に入っていった。私もその後について、車の列に向かい「すみません、すみません」と頭を下げながら道路の向こう側へ渡り、地下道に入った。彼とはすでに距離が開いていたが、ここで一気に差がついてしまい、「ちくしょう、逃げられたか…」。ゼイゼイ息を切らしながら、高校生との体力の差を思い知らされた。しかし、それよりも腹立たしかったのが、赤信号を無視して行く前にこちらを振り返ったその顔で、喫煙生徒が誰かわかったことで、「マジかよ、○徒○長って…。」

言いようのない腹立たしさと敗北感のような感情を引きずりながら、地下道を抜けて駅の反対側に出てボーっとしていると、なんと向こうから彼が歩いてやってくるではないか。どうやら私をすっかり巻いたと安心して、駐輪場に自転車を停めて、電車に乗ろうとしていたらしい。私が怒りの形相で彼の正面に立つと、彼は一瞬ひるんだ後、観念した表情でうなだれてしまった。

…その後は人前も憚らず、怒鳴りながら説教してしまい、私の方も人間ができていなかったなあと思う。タバコとライターは没収したが、もともと処罰しようと思っていたわけではなかったので、学校にも報告はしなかった。彼は卒業後は県外の大学に進学したが、現在は地元に戻ってきていて、しかも、ちょっとした有名人になっている。今でも時々、雑誌などで彼を見かけることがあるが、そのたびに私は、あのときのことを思い出しながら、「えらそうな顔しちゃって…」と意地悪くほくそ笑むのである。

初時雨

2012-10-23 20:24:27 | 日記
今日は朝から冷たい雨が降り、季節が晩秋になっていることを思い知らされた。

このブログの読者の方はもう気づいていると思われるのだが、私は一年のうちで秋がいちばん好きで、特に秋の夕暮が昔から好きだ。しかし、暦の上でも、実際の気象の様子でも、いよいよ秋がゆこうとしているのが寂しい。

昼過ぎ、午後最初の授業をしていたら、雨はもう上がったかと思われていたのに、急に教室の外からざあっという音が聞こえ、激しく降ってきた。生徒としばらく窓の外の雨を眺め、
「ちょうど今頃の季節に降ってくる雨を、時雨というんですよ」
と話した。時雨は晩秋・初冬を代表する景物で、和歌や俳句によく詠まれることを教え、

  神無月降りみ降らずみ定めなき時雨ぞ冬の初めなりける(後撰和歌集)

という歌を紹介すると、
「もう冬なんだ…」
と生徒も感じるところがあるようだった。

たぶん岡山では、今日の雨が今年初めての時雨だろう。休み時間に、遠山に降る雨を眺めながら心の中で思ったのが、

  遠山の峰に雲ゐる初時雨 下葉よりまづ色かはるらむ

夕月夜

2012-10-22 21:13:03 | 日記
昨日の午前中は、組合の関係で、駅前での署名活動に参加した。

1時間で50人以上に声をかけて、16人の方に署名をしていただいた。中には、声をかけられただけで警戒する人もいるし、趣旨を説明しても「難しいことはわからん」と立ち去ってしまう人もいたので、親切に署名に協力してくださった方が本当にありがたく思えた。

場所が駅前だったせいか、他府県からの方も多く、大阪・神戸・愛知などから来られている方もいた。

いちばん驚いたのは、ご夫婦で署名していただいたお二人が、私が学生時代に何度か行った理髪店のご主人とその奥さんだったことだ。その理髪店は、県立図書館がまだ天神町にあったころ、その近くにあった。あるとき、私が県立図書館で丸谷才一さんの本を借りた後で髪を切りに行き、本はお店に預けておいたら、奥さんがその本に興味を持って、カットの間じゅう読んでいたことがあった。署名用紙に記入している横顔を見て、そのときのことを思い出した。

当然、私のことは忘れていたが、お店はまだ同じ場所にあるそうだ。なんだか、懐かしい気分になった。

さて、表題のこと。

昨日、備中国分寺近くで写真を撮っていたとき、何カ所かでコスモスがきれいに咲いていた。

コスモスの向こう側に五重塔が見える眺めもよかったが、私としては、夕月の淡い光に照らされて、色々に表情を変える、妖しくなまめかしい雰囲気のコスモスが印象に残った。

  夕月夜ほの照らすにぞ秋桜(あきざくら)さまざま花の色のうつろふ