家庭内散歩

子供がえりしていくおとーさんと一緒にchihoは家庭内散歩

引っ越し

2009-07-31 21:17:42 | ご近所さん
お向かいのお宅が引っ越されることになりました。
こちらにいらしてからわずか数年で、建てたばかりの家を売りに出して、息子さんのところに行く予定とは噂に聞いていたのですが、結局9年住んでいらしたということでした。

次にいらっしゃるのは子供さんのいる若いご夫婦とか。
なんとなく年寄りだらけで消滅しかけている町内ですが、少し若くなります。
とはいえ、このお宅の隣には、老々介護のお宅があり、時々奥さんが泣いたり叫んだりしています。
小さい町にも「今」がところどころに見えます。
おとーさんは、息子さんのところへ引っ越しと聞いて、息子さんがここに来て一緒に住むと理解していましたが、今はなんとなく「引っ越して行ってしまった」ことがわかったようです。
新しいご夫婦がもし挨拶にいらしたときに、もし、
「あれ?〇〇さんは引っ越したんですか?」
なんてこと言ったら、こちらのお宅にも「おかしなおとーさん」ばればれです。

本日は、予定通り買い物に行ってきました。
それほど暑くもなく、ほどよく曇っていて、まずまずの買い物日和でした。
もちろん、おとーさんは、私が「仕事」していたと思っています。

いつもの

2009-07-30 21:05:38 | 父親
おとーさんは、余程体調が悪い時以外は、三度の食事は欠かせません。
それがゆえに、過去にもさまざまな逸話を残してきました。
かーさんが入院中、時間のかかる治療をすることになったときも、
その間自分たちの食事はどうなるかと真っ先に聞いてヒンシュクを買いました。
朝は、たとえば5時に起きれば、まず朝食、12時には昼食です。
5時の朝食は、かーさんも対応せず、ひとりで勝手にパンを食べていました。
「おれは朝は忙しいんだよ、パン食べなきゃならないし」
と、忙しい朝の予定はまず朝食から始まります。
12時の昼食は、ひとりの時はカップめんや買ってきた弁当などで済ませていますが、
私がいるときは、この時間になると近づいてきます。
とにかく、帰れるつもりでも予定通りに帰ることができなかったときは、
さんざん「不機嫌な顔」を見せられてきたので、気が気でなく、
果たさなければならない用事も中途半端になってしまうことから、
「食事は作れません!」
と言ってしまった方が生活しやすいのです。
夕飯までに戻れず、口もきかなくなってしまったおとーさんを見ていたら、
自分が食欲が失せ、おとーさんだけ食べさせて、自分は何も食べなかったこともあります。

毎週木曜日は私が午前中ヨガ教室に行きます。
12時前に終わりますが、必ず12時の昼食は約束できないので、
ひとりで食べていて欲しいと言えば、問題なく済ませています。
これはある意味娘はとても楽ともいえます。
今日もそのつもりで出かけ、夕飯の買い物などを済ませて、13時近くに帰宅し、私一人で買ってきたパンを食べて、
それから庭に除草剤をまいたりしていました。
おとーさんが、庭に出てきて、また私に怒られるのかなという顔で、
「お昼はさ、ひとりで食べればいいの?」
時刻は、13時半を少し回っています。
連絡ノートには12時までヨガ教室と書きましたが、
お昼は1人で食べてくださいという一言は「いつものこと」と思って、書かなかったのです。
毎週同じことでも、おとーさんにとってはすでに「いつも通り」ということがありません。
おとーさんにとっては、筋が通っていると思っている言い訳「知らなかったから」という言葉が出てきます。
それを聞いて娘は、
「毎週同じでしょ。わからなかったらなぜもっと早く聞かないの」
になります。

昼食は遅くなるは、娘からは「いつものこと」と言われて、
文句を言われるわで、カップめんをすすりながら、ため息をついていました。

眼科

2009-07-29 21:01:31 | 父親
白内障の手術をして10か月になります。
調子がよくなると、検診にも行かなくなるといいますが、
とりあえずこれまで律儀に、指示されたとおりに検診を受けてきました。
本当は5月の予定だったのですが、膝痛であまり歩けなくなったことから、少し伸びました。
視力検査を見ていると裸眼視力がちょっと落ちているかなという感じですが、
矯正視力は1.0~1.5とよく出ているようです。
といっても、本人は、裸眼がこれと思いこんで理解できません。
現在使っているメガネでどれほどまで見えているかを検査していただきたいのですが、
それはやっていただけないので、本人の自己申告、
「メガネをかければよく見えます」
の一言で、
「じゃ、いいでしょう」
になっています。
正直、これで診察料を支払うのはちょっともったいない気もしたり。

帰りがけに、
「ちょっと見えにくくなった気がする」
というのですが、それがメガネをかけたときか裸眼か、尋ねてもしっかりした回答が得られません。
また私に説教されて、シュンとしています。
まぁ、手術前のように、あちこちで転びまくっていたことを思えば、それほど神経質にならなくてもいいかなとも思います。
半年後の通院をと言われていますが、どうでしょう?私は連れて行く気になるのでしょうか。

偽って

2009-07-28 21:44:39 | 父親
今週は変則的な仕事の休みがあります。
連絡ノートには、仕事と書いておきましたが、ちょっと買い物に行ってこようかなと思います。
大雨でなければ。

カーテン

2009-07-27 20:36:42 | 父親
ところにより雷の予報が出ると、ほんの少し暗くなってきただけで、カーテンを閉めています。
娘は、そのたびにカーテンを開けに行きます。
外からずっと観察していたら、この家のカーテンは数分単位で閉まったり開いたりです。

メモ

2009-07-26 23:47:20 | 父親
今日は夕方から私自身のピアノの発表会にでかけました。
翌日仕事があると、おとーさんが「自分の役目」として、私のお弁当用に、お米を仕込んでタイマーをセットしてくれますが、明日は休みです。
私が出かける前に、
「明日はお米いるよな?」
と聞かれたので、休みだと答えたのですが、おそらく忘れることが予想されます。
発表会の途中で電話を入れられても出られないと言ってあったので、「お米」のことだけで、頭が混乱するのは目に見えています。
そこで、歩きながら、電話をして、再度、お米の話をすると、やっぱりさっきの話は忘れていました。
「メモしておいて」
というと、
「大丈夫、炊飯器のそばに米びつ置かないから」
というのです。
お米が必要な時は、炊飯器のそばに米びつを置くのが彼の目安です。
だからといって、置いてなかったら炊かないというのは、目安にはなりません。
「私に確認しなければ、米びつは置かれない」ということに気づきません。
「必ず、メモして!」
と強く私から言われて、
「わかったよ」
としぶしぶな返事。
どうしてメモしなきゃいけないんだろうというところでしょう。

家に帰ったら、炊飯器の上に「ごはん炊かない」
というメモがのっかっていました。

気持ち

2009-07-25 20:04:41 | 
今は近くに大きな専門病院ができましたが、かーさんが病気になった頃は、
治療できる病院が近くになく、手術もその後の通院も新幹線を利用していました。
手術後は足が不自由になったので、おとーさんか私が付き添いました。
かーさんは、そんな自分自身を「やっかいもの」と思うこともあったはずです。
そんなかーさんの気持ちを酌んで、ひとり通院を提案すると、すんなりそれを飲みました。
駅で出会う知り合いの方から、
「なんで一人で」と思われたようで、私たち家族は非難されても仕方がなかったかもしれません。
それでも、初めての通院から無事戻ったときは、
まるで「はじめてのおつかい」を成し遂げた子供を褒めるように、抱きしめてしまいました。

今のおとーさんは、新幹線でどこかにということはもう考えられません。
なぜなら、神経性の腹痛を起こすから。
でも、
「できないだろう」と思うことが「できたり」、
「欠けているだろう」と思った「判断力」がまだ残っていると感じたときは、
本人より私の方がほっとしたり嬉しくなったり。
今日は朝から雨でした。
雨戸は1か所だけ閉まったままになっていましたが、強い雨でもあったので、
私はそのまま仕事にでかけました。
午後には雨があがり、非常に蒸し暑くなりました。
もしかしたら、雨戸は閉まったまま、窓も1つも開いていないのではないかと、
気をもみました。

仕事を終え、外側から、家を見た時、
「雨戸が開いて」いて、「窓も開いて」いました。
「できた」
と思いました。
でも、かーさんの時のように、体いっぱい喜んで、褒めることがなかなかできません。
「ただいま、雨戸開けてくれたんだね。ありがとう」
が精一杯です。

部屋干ししていた洗濯物も晴れたところで外に出してくれたようです。

内と外

2009-07-24 20:29:36 | 
娘は、常に人に囲まれている仕事をしています。
基本「おしゃべり」と言われます。
時に「こんなにしゃべるやつ、なかなかいない」
といわれることもあります。
仕事中は、さんざんしゃべって、家に帰ると、ほとんどしゃべらなくなります。
ボケているか否かではなく、「狭い世界に生きる」おとーさんとの会話が、面倒臭くなるのです。
どっちの自分が本当なのか、自分でもわからなくなっています。

雷予報

2009-07-23 21:03:01 | 父と娘
我が家はとても古いので、木製の雨戸があります。
ちょっと前から、雨戸を閉めないと風向きによっては雨が浸入してくるようにもなりました。
おとーさんにもその話をしてあるので、雨が降っていると、
「その雨戸は開けない」というルールは理解しています。
雨戸の開け閉めはおとーさんの役目です。
とはいえ、天気予報に忠実なので、晴れていても、「ところにより」も含め、雨予報が出ていると、閉まったままになっています。
そして、外れた天気予報を非難することも忘れません。
数日前は、すべての雨戸がしまったままでした。
「今日は開けた方がいいでしょ」
というと、いつもはドンガラドンガラ大きな音を出しているのに、
「早くからお前を起こしちゃ悪いと思って」
と、また不思議な言い訳をします。

今朝も晴れていました。
今日は膝の病院に行くと昨日から言っていたので、その話をすると、
「雷が鳴るって言うからどうしようかな」
と、ぐずぐずしています。
少なくとも、午前中はこれだけ天気が良ければ、大丈夫でしょう。
天気予報も「関東地方の局地的大雨予報」が出ているだけで、このあたりは、夕方雨の予報です。
とりあえず、残っていた雨戸を私が開け、雷雨対策のために閉まったままのカーテンと窓を開けて、おとーさんを病院に行かせました。
「折りたたみ傘持って行こうかなぁ」
というので、
「いらない」
と断言しました。
出かけて30分くらいすると、なんとなく曇ってきました。
傘はいらないと言ってしまった手前、娘は少々気をもみました。
私自身は優柔不断で決断力がとても鈍いのに、おとーさんにはこうやって強気で断言してしまうので、後で、「まずいかったなぁ」と思うこともあるわけです。
幸い、雨も降らず、無事に帰ってきました。

言わなければ

2009-07-22 20:53:09 | 父親
これだけ日食の話で盛り上がっているのに、おとーさんの口からは、日食のにの字も出てきません。
かなり前に、前回の日本で観測できた日食のときの話を、
「まっくらになった」
とよく言っていましたが、その当時のことは知らないので、その通りなのかどうかわかりません。
今はどんな答えが返ってくるかもわからないので話を向けることもしません。

今日は夕飯の買い物を頼みました。
時々間違えた買い物をしますが、今日は「水菜」ではなく「ミツバ」が冷蔵庫に入っていました。
読み間違いかなとも思いました。
「私の字が汚いから間違えたのかもしれないんだけど」
とその話をすると、またいつものようにものすごく恐縮して、
「買ってこようか」
というので、別になくてもよかったので、問題ないと言ったのですが、
毎度のことながら、
「ごめんよ」「ごめんよ」
が、ずっと続きます。
「どっちでもいいんだし、私の字が読めなかったからかもしれないしね」
と言っても、それは続きます。
そして最後に、
「いいって言ってるんだから、いい加減にしてよ」
になってしまいます。
私もとてもおとーさんに似ているので、相手が本当に許しているかどうか一生懸命探って、ぐずぐずしてしまうのです。
そんな自分が大嫌いだから、おとーさんのこういうところも大嫌いなのです。
それなら、「間違えた」ことは言わなければいいのに。