ちいちゃんのひとりごと

ちいちゃんのひとりごとを勝手気ままに書いています。

今日のブログはちと長いぞ!

2013年12月18日 | 日記
2013.12.18
 今日のブログはちと長いので覚悟して読んでください。
今日は銀座に行く。
山野楽器のイベントだ。
その前に石巻のM美さんに電話をする。M美さんは私と同じ歳だ。Mどりさんも石巻の人。石巻の人は被災したのに明るい。
M美さんはもともと石巻の人。Mどりさんは広島から石巻に移り住んだ人。今は石巻でいろいろありながらも頑張っている。
どちらもいい人だ。私がパソコンで作った下手なカレンダーを喜んでくれた。どうもプリンターの調子が良くない。何度かクリーニングをしたが、横に筋が入る。写真屋に持って行ってきれいに作ってもらおうと思ったが、諦めた。
写真をプリントしない限りきれいに印刷できる。
こうやって私は石巻と繋がっていくんだな。いつか本当に石巻に行こう。主人が好きな「石ノ森萬画館」へも行こう。そしてきちんとこの目で復興を見てこよう。そのころまでに仮設が無くなっているといい。
 私は田舎が無くなった。田舎のおじさんが事情があって引っ越したからだ。田舎は母の実家であった。故郷が無いのは寂しい。
が、主人はもともと地元の生まれで地元の育ちで田舎が無い。私は子供の頃は両親に連れられて良く田舎へ行った。田舎は良かった。おじいちゃん、おばあちゃんがいてあたたかな雰囲気があった。今は帰るところも無い。実母も家に引き取った。一緒に暮らしている。
 父と母の実家は歩いて1分もしないところにあった。幼馴染だった。母は父より1つ年上だった。どこが良かったのか二人は結婚した。そして私と弟が生まれた。弟は私に似ていない。弟は身長が170cmもある。両親の良い所をもらって生まれてきた。
頭もいい。顔もいい。そこへいくと私は悪いところばかり似てしまっている。第一にチビでデブである。頭も悪い。音痴である。
兄弟でもこうも違うものなのだろうか?
 それでは山野楽器の話を書こう。
山野楽器では「島倉さん ありがとう 島倉千代子さんを偲んで~からたちの小径~」と言う展示会があった。
私が山野楽器に行った時はまだ早かったのか入場者はそれほどでもなかった。知っているファンの方が多かった。
あっちこちでテレビの取材のカメラが回っていた。フラッシュをたかなければ写真を撮ってもいいとのことで、私も写真を撮った。中央の画面にはVTRが流れている。それを座って見る人がいる。最後に新曲のPVが流れる。
彼女は美しかった。歌声は素晴らしかった。歳とともに衰えはしたもののどこかにかわいさがあった。
本当の生の彼女にはもう逢えない。だが私の心には今もいきている。私はこの人のファンで良かった。
そしてこの人に「新しい彼女が出来たんだよ」「同じレコード会社だよ」「1度だけ逢ったことがあるんだって言ってたよ」
「「からたち日記」を歌ってくれるんだよ」と言いたい。
 帰りに浅草に寄った。浅草は私にとっても千代子さんにとっても思い出多い場所。
「マノス」の前で写真を撮った。ここは千代子さんが踊りの西川先生のおけいこの帰りに立ち寄るロシア料理の店。
千代子さんはこの店の「キャベツロール」が好物だったと言う。私はこの店、敷居が高くて入れない。
それからヨーロー堂へ寄ろうとしたら、山野の時のファンが来ていた。仕方なく宮田レコードの前で写真を撮る。
マルベル堂にも行く。浅草寺でおみくじを引く。十番大吉。100円でお線香を買う。お線香の煙を体中に浴びる。
本堂に行ってお賽銭を投げる。お参りをする。少ないお賽銭でお願いごとの多いこと。
それから言問い通りの千葉屋やその裏の徳太郎、梅村、あんですMATOBAと行き、母にお土産を買う。
これで私の浅草ツアーは終了です。あとは電車で1本、帰るだけです。
因みに神谷バーには行きません。電気ブラン飲んだことがありません。
 お正月の初詣ですが浅草寺と西新井大師とその他、行く予定です。来年は私は方位除けです。クミコさんは厄年と方位除けです。そうだ!千代子さんと父の墓参りにも行こう!それから主人の母に会いに行こう!
お義母さん、私が行ってもわからないけど、私はお義母さんが好き!
 写真も載せておきます。
千代子さんが60周年の記念のコンサートで着ようと用意したドレスです。


デビューしたころの千代子さんです。

子供の頃の千代子さんです。

ロシア料理のマノスです。

 今日は長々とブログを読んでくださってありがとうございました。
それからまたクミコさんからハガキが届きました。嬉しいです。