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いっかんし反軍 福島菊次郎翁!

2010年09月06日 | 芸術
いっかんし反軍 福島菊次郎翁!

 8月14日、府中市のホール。伝説の報道写真家、福島菊次郎「『遺言 パート三』最終講演会&写真展」に駆けつけた。07年にも「遺言」と題した講演会の名称に驚いて出向いた。その時は菊次郎さん杖をついて登場、怪我をしたせいで歩き方も覚束なく不安に思ったものだ。08年、第二弾の「遺言」講演会では元気を回復しておられた。

 今回は三回目。元気にしっかりと歩く彼は、数え年で90歳、体重39キロ、身長160センチ。講演前に放映された毎日放送の番組中では、島中が原発反対の祝島での島民デモ撮影にも矍鑠と参加。一眼レフカメラを構え、坂道の多い小さな島の途中「もう歩けない」と言いながらも、朗らかな表情。

 小学生時代からの軍国少年が、徴兵されて二等兵になり、あわやのタイミングで原爆被爆をまぬがれる。「終戦」という言い方を許さない。テレビ「徹子の部屋」に出演の際、「『天皇制批判はしないで』と釘を刺されたので、『終戦』という言葉を使ったらその場で席を立つ」との条件で応じた。

 敗戦後は時計屋の傍ら民生委員をつとめ、戦争による家庭崩壊のあらゆる実例を目の当たりにし、広島の「ピカドン」で、地獄の生活を強いられた漁師の一家の記録を何年もかけて撮る。

 その後、上京した菊次郎さんは「国家権力」の非道を、これでもかと暴き続け、権力の手先となって三里塚の農民を命の土地から引き剥がす警察の醜態を克明に記録。

 自衛隊に潜り込んで「兵器・兵隊」を肉迫撮影して公表。フィルム現像を断られたり、暴行を受けたり家を焼かれたりしながらも告発を続ける。

 捕らえた蟷螂や家守を空き缶の中に入れ石膏で固め、高温で焼却した空洞に貴金属を流し込んで作ったオブジェに宝石の眼をつけたりして作った彫金の名手としても有名だ。

 「国の世話にはならない」と年金受け取りを拒否しながら、老後の暮らしを彫金作品の売上げで支える。

 88年の昭和天皇の下血報道に激怒、闘病生活をものともせず「戦争責任展」を企画して全国で敢行。万一に備えて自分の身体に合わせた棺桶をベニヤ板で作り、苦しまずに死ねるように首から下げるペンダントには青酸カリを忍ばせたという決意と行動のひと。

 福島菊次郎遺言集「写らなかった戦後」シリーズの三冊目『殺すな、殺されるな』(現代人文社)が、この九月に刊行。あと三冊書く予定だという。まだまだ語り尽せない遺言を熱烈に期待している。
 
◆参考
『写らなかった戦後3 殺すな、殺されるな 福島菊次郎遺言集』
福島菊次郎フォト・ジャーナリスト● 反骨89歳 飄々たる「遺言」の日々 (JanJanBlog 安住るり 2010年8月21日 09:00)
反戦『“遺言”残したい』 89歳の写真家・福島菊次郎さん あす府中で最後の講演(東京新聞 2010年8月13日 夕刊)
8/14 府中で福島菊次郎さんの講演と写真展(二丁目で働く社長の日記 2010年8月15日 08:54)
伝説の報道写真家 福島菊次郎さん(89歳)『遺言Part3』最終講演会&写真展(あっこ森の日記 August 15, 2010)
伝説の報道写真家 福島菊次郎さん(89歳)『遺言Part3』最終講演会&写真展 その2(あっこ森の日記 August 16, 2010)
濃密な一日(“本田監督の今日はこんな日でした” 2010/8/15)
 菊次郎氏(歩く。2010年8月14日)
福島菊次郎「講演会&写真展」(ひまわり博士のウンチク 2010/08/14)
「殺すな、殺されるな」 福島菊次郎(まるごとのイノチ 2010年08月13日)

YouTube: 抵抗の涯てに ~写真家・福島菊次郎の"遺言"(大阪毎日放送) (1) (2) (3) (4) (5) (6)
「世界187の顔」~「福島菊次郎の仕事」(ひまわり博士のウンチク 2009/11/06)
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