クリエイティブ・コモンズの了承を得て、転載。
救援連絡センター発行「救援」紙の、2面の連載コラムより。
暗黒時代に なるのか?
故・向井孝さんが生前たびたび「戦前の社会よりも今のほうが悪くなっている」と語っていた。戦後は、治安維持法などはないし、特高もないのだから、少しは昔よりは良くなっているのじゃない、と思った。
けれども現在審議されている特定秘密保護法案を見ていると、そうとばかりも言えなくなってきた。インターネットのツイッターに次のような文章が書かれている、
「何が秘密? それは秘密。なぜ秘密? それは秘密。いつから秘密? それは秘密。いつまで秘密? それは秘密。誰が秘密を知ってる? それは秘密。米国には漏洩? それは秘密。誰の利益のための秘密? それは秘密。なぜ戦争するの? それは秘密。いつか教えてくれる? 永遠に秘密」

これでは戦前並に悪いとは言えないだろうか。特定秘密保護法で逮捕されたら、公開の裁判なのに、本人も弁護士も、秘密の内容を知ることはできない。これについて福島みずほ参議院議員が繰り返し、しつこく質問をしていたが、返ってきた答弁は、ぬらりくらりと曖昧な答えに終始。インターネットの動画で見て仰天した。秘密を漏洩した罪なのに、その秘密が何かを被告人はおろか弁護人にも知らせず処罰するんだと。
さて、最近、大正時代のプロレタリア文学を読んでみて驚いた。大正時代において、鉱夫や職工が果敢なストライキを含む労働争議が頻発していた。それを抑えこむためにも昭和ファシズムはその毒牙を人々にかけてきたのだった。向井孝さんは大正から昭和への社会の変化を身をもって体験した世代だ。
現在、ストライキを含む労働争議を行なっている組合はいくつあるだろうか。動労千葉などの動労総連合以外にはほとんど聞こえてこない。闘いを放棄しているのか。いやそうではあるまい。ともに闘う連帯の糸を寸断されているからだ。派遣労働で争議は困難。
大正時代には、鉱夫ならば飯場、職工ならば近所付き合いの仲間が近くにいた。農村は共同体でもあったが、今それら共同体も風前の灯。シャッター商店街が日本の多くの都市を席巻し、コンビニは大企業の傘下。そんな社会でどう闘いを構築すればよいのか。結集する場が奪われていることに、強い不安に襲われる。。
ただ、インターネットの普及で即時に仲間を集められるのが救いになるかも。南アはアパルトヘイトの暗黒の時代をくぐり抜け、今年は民主化二十周年。たとえ暗黒の時代がやって来ようとも、あきらめず、しつこく闘い続けよう。






