ホトケマンストリート3

ホトケマンの道~台湾編~

サムイ島旅行 2日目 part.4

2011-04-30 22:10:07 | 旅行
せっかく書いていたので、今週から、サムイの続きをupしていきます。

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せっかくチャウエンまで来たので、サムイのビーチである
チャウエンビーチを散歩することにしました

スタジアムから、浜辺の方にゆっかり歩いていくと、メイン通り
に出ました。



なかなか活気のある感じです。
メイン通りからビーチまではすぐでした。
ビーチに出ると、かなーり長いビーチが遥か遠くまで続いています







浜辺ではやっぱりマッサージを受けられる場所や高級ホテルの街並みが続いています。
サムイのこの当たりは、本当に高級感があって、どれも素晴らしい感じです

浜辺は、欧米系の人々が多いですね。。
旧正月で、中国人はいっぱいいても、やっぱりビーチには出てこないんですね





↑ARK BARというところです。
浜辺に横たわりながら、アルコールなどを飲んでのんびり過ごすことができます。
夜になると、クラブ系の音楽がガンガンなり、海辺で盛り上がることもできます。

とにかく、このチャウエンビーチは長かったです。
歩いても歩いても、なかなか進んでないかのような錯覚を覚えるような感じ・・

しかも、浜辺には高級リゾートホテルが続きます。
本当にすごいですね。









しばしの、海辺の散歩を楽しんだら、すっかり疲れてしまったので、
ホテルに帰って、チェックインすることにしました。

ホテルにチェックインすると部屋にボーイに部屋を案内してもらいました。

部屋はなかなかきれいな感じです







なかなかきれいな部屋ですね。
ちょっと疲れたので、しばし昼寝することにしました

                                つづく。


趣味変遷

2011-04-29 19:11:14 | 日記
前のHPの時から、書いていましたが、
今までの趣味変遷について、書いてみました。


【小学生】
○5年生
・学校の放課後のクラブ活動、陸上部へ入る。それなりに足は速かった
 が、短距離の選手になるほどのスピードはない。結局、ハードルの選手となる。
・周りのみんなが日曜日に少年野球チームやサッカーチームに入りだし、
 遊ぶ人がいなくなったんで、仕方なく自分も少年野球チームイーグルスへ入る。

○6年生
・陸上クラブ市内総合陸上大会→ハードル準決で、ハードルに引っか
 かって転倒、敗退。
・少年野球チーム、イーグルスBチームでセンターを守る。
 最後の市民大会にてブラックハルミンズというお坊さんのチームに
 11-0でコールド負け。ちなみにAチームは市民大会優勝。

【中学生】
・部活動は野球部に入った。今までずっと長髪だったが、生まれて
 はじめて坊主となる(五分ガリ)
・足を買われて、一年生からベンチに入るようになる。
・3年間これといった、素晴らしい戦績無し。
・TVで風見慎吾のブレイクダンスを見て、はまる。
 そのうち派手なスウェットを着て原宿の歩行天で踊るようになる。
 (野球部なので当然坊主;超ダサダサ田舎者ダンサー)
・竹の子族にたこ焼き2個で入らないかと進められるが断る。

【高校生】
・部活動はなぜか、ずっと好きだったサッカーをはじめる。
 周りの技術レベルについていけず、途中でやめる
・ハードロックが好きになり、エレクトリックギターを買う。
 VAN HALENやBONJOVIにはまる。
・友達となんちゃってでバンドを組む。ラフィンノーズ、ブルーハーツ
 あたりをコピーしまくる。

【大学生】
・クラブサークルは、何か新しいものをやりたくて、演劇、ゴルフ、
 アルティメット、軽音楽等を回るが、綺麗なお姉さんに引っかかって、
 なぜか体育会競技ダンス部へ入る。
・すぐ辞めるつもりだったが、どんどんダンスの魅力に取り付かれ
 はまっていく。
 後期あたりから大会に出るようになり、トロフィーや賞状をバシバシ
 とり、ちょっとした有名人になる。
・3年の時にバックパックを持ってイタリア、フランスを周遊。
 4年の時はエジプト、トルコ、ギリシャへ

【社会人】
・海外旅行へをしたいが、仕事が忙しく行けない。
・新人歓迎会にて、ラテン系ダンスを披露。翌日からサンバ君と呼ばれ
 るようになる。
・同じ会社の友達に進められ、テニスを始める。はじめから結構打てる
 ようになり、たまにやるようになる。
・同じく友達に進められスキーを始めた。おもろかったので一式購入。
 一年目シーズン5回ほど雪山へ行った
・社会人2年目、友人にスノボを進められ、即TRY!!めちゃめちゃはまる。
 スキーは卒業。2年目シーズン7回ほど雪山へ行った。クレージーな
 滑りがたたり、腰をいためる。整骨院に約3ヶ月通う。
 次のシーズンは肋骨にヒビが入り、翌年からは大人の滑りをするようになる。
・突然空を飛びたくなり、一人車で山へ・・・パラグライダースクールの門をたたく。
 ちょこっとだけ鳥になる。
・マイケルジョーダンにはまり、バスケットボールを購入。
 翌日から毎日近所の中学校のリングで練習するようになる。
 だんだんとうまくなり、近所から遊びに来ている中高生と1on1の対決を
 挑むようになる。持ち前の運動能力でほとんど負けることはナシ。
・奥田民生の「一人股旅」を見て、ギター弾き語りをしたくなり、
 アコースティックギターを購入。友達の結婚式で4回ほど、弾き語りをやる。
 しかし、近所から苦情が
 入りギターを手放してしまう。
                            
○2000年 
・アコースティックギターを手放したが、「ゆず」が流行りだし、再びひきたく
 なり、また購入してしまう。また、家で雄たけびを上げるようになる。
・柏の路上では、ストリートミュージシャンが異常繁殖し始め、よく
 聞きにいくようなる。
・柏の路上で、牛久から来た女の子デュオ「水曜ドリンクバー」という
 グループに会い、楽曲と歌の素晴らしさに感動し、ついつい声を掛け
 運命の出会いを果たす。
・01年X’MASは、水ドリとその仲間たちと朝まで過ごす。

○2001年
・1月の誕生日、「水ドリ&ホトケマン」の路上ライブを企画・実行。
 柏の路上で大騒ぎし、その日もその勢いで朝まで飲んだくれる。
・水ドリを通して、多くのアコギ仲間ができ、NET上を介して、オフ会
 に参加するようになる。
・「ホトケマン」という奇妙な名前がだんだんと全国区に浸透していく。
 岡山でのオフ会にも出没する。
・NET上では、なぜかモー娘博士と吊るし上げられる。
・会社の飲み会で、同僚と音楽の話で盛り上がり、たまたまギター・
 ベース・ドラム・ボーカルがそろっていたので、スタジオ行っちゃおう
 と盛り上がる。
・翌週には、スタジオ入りみんな久々の音楽を楽しむ。めっちゃ盛り
 上がって、この4人でバンドを結成することに。
・バンド名は「産業資材BAND」その当初の自分たちの部署名にBANDを
 つけただけの、とってつけた名前となる。
・BAND活動はコピーから開始。VOCALは女の子だったが
 GUNS’ROSES、SPITZ、BRILLIANT GREEN、GOGO7188、BONNYPINKなど
 あらゆるジャンルの音楽をコピーしまくる。

○2002年
・02.3月~ホトちゃんの岡山転勤も決定。BAND活動は継続。
・だんだんとコピーでは物足りなくなり、本格的にオリジナル楽曲を
 作成し始める。
・オリジナル楽曲は、TOTAL6曲になった。
・年末、来年からVOCAL女性が、結婚と旦那のNY転勤が決定。

○2003年
・産業資材BANDは、6月に最初で最後のライブを企画。
・6月には、六本木のLIVEHOUSEに約150名の観客を集め、LIVEを慣行。
・この日を最後にBANDは、解散。
・8月、岡山で出会った彼女に誘われて、うらじゃ祭りという踊りの祭り
 を見に行く。踊りを見ていてもたってもいられなく、総踊りの輪に飛び込む。
・終わった後、来年は踊り手として参加することを決意。

○2004年
・4月位から、インターネットでうらじゃのチームを探すようになる。
・HPを見てフィーリングで「俄嘉屋」というチームの門をたたく。
・チームのレベルは決して高くなかったが、10年ぶりに踊れる楽しさを
 思い出す。うらじゃ1年目の結果は、「敢闘賞」。個人としてもメダルをGET。
・TVで見た、YOSAKOIソーラン祭りでの平岸天神に感動し、
 翌年から毎年札幌へ参上するようになる。
・冬には、「鬼ごろし」というチームへなりゆきで冬の陣
 というイベントに参加する。若いチームで一味も違うレベル
 に踊り魂が蘇る。ミュージカルは大成功で幕を下ろす。
・このチームの成功に感動し、自分のチームでも成功したい思いが
 急に盛り上がる。

○2005年
・俄嘉屋チームリーダーに連絡を取り、飲み会を申込み、自分の思いを
 ぶつける。
・チームのスタッフとして、振り付け・練習コーチ・地方作成を担当
 することになる。
・自分が熱すぎて嵐をまき散らしてしまったが、その年のうらじゃ祭り
 で俄嘉屋にとって、初の誉賞受賞を実現する。
・しかし、オフには・・・

○2006年
・立ち上げ時スタッフは離れたが、結局6月から練習コーチ復帰
・練習時50人の前で、鳴子のばちを「ビラビラ」と言ってしまう。
・誕生日に、彼女からジャージをプレゼントされ、練習に着ていく
 ようになるが、股間に視線を集めることになる。
・よざくらという新チームから振り付けのオファーがあり、
 振付・練習コーチを担当。若い子たちとの交流を堪能する。
・06年うらじゃ祭り俄嘉屋「誉賞」受賞。
 よざくらは「表町パレード賞」「演舞場賞」受賞。
・俄嘉屋高知全国大会に出場を果たす。史上初の帯筋逆流を果たす。
・ひろめ市場で、お立ち台を独占する。

○2007年
・何か新しいことをしたくて、俄嘉屋を卒業。
 新チーム「吉備人」を結成。代表として、奔走する。
・よざくら2年目も振り付けを担当。
・07年うらじゃ祭り誉賞受賞。
・夏は、岡山からのよさこいチーム「水簾」に参加。完走!
・オフシーズンに「男魂」という非公式チームを結成。
 ウーハー踊りを披露。F会超忘年会で、準グランプリをGET。

○2008年
・台湾への転勤が決定。
・長年支えてくれた彼女との結婚を決断する。
・8月の最後のうらじゃは、スタッフとして参加。総踊りで踊り子より
 テンション上がり、壇上にあがってしまいつまみ出される。
・7/14に入籍、8/20から台湾赴任
・台湾赴任後、現地会社社長より、会社の自転車部の入るように
 進められ、たまに参加するようになる。
・初めてのロードレーサーは、上司から安く譲り受けたTREKである。
・会社のメンバーはオヤジばっかりであったが、結構早く、
 いつもちぎられていた。オヤジ自転車部恐るべしと実感。
・9月には、社員旅行で、台湾南部の懇丁へ行った。しかし自転車部は
 高雄から懇丁まで、約80Kmを自転車で往復することに。
 この時に、ひざを痛め歩くのも大変な程、間接が痛くなる。
・ここからしばらくの間自転車は休憩。
・12月には、F会忘年会の為だけに、日本へ帰国。久々のウーハー踊りを披露。

○2009年
・年越しには、バリ島へ夫婦で旅行。
 台湾からアジアリゾートは日本と比べて、近くて安いことに気づき
 以後、くせになっていく。
・2月は、旧正月で日本へ帰国。久々に東京へ帰る。
 日本は平日なので、遊ぶ相手もいなく、夫婦で箱根に旅行する。
・5月には、懇丁へ旅行。
・8月には、再び岡山・高知・千葉へ帰省。
 高知では、吉備人が参加する。よさこい全国大会へ出場。
 久々の高知を満喫する。
・9月には、香港・マカオへ旅行

○2010年
・12月には、新婚旅行として、イタリアへ10日間旅行。
 イタリア旅行は、台湾のツアーだったので、周りはみんな台湾人
 カップルが多く、かなり浮いた存在となり、歯がゆい思いを。
・2月旧正月は、ボラカイ島へ。
 勢いあまって、前から興味を持っていたダイビングライセンス
(オープンウォーター)を夫婦で取得する。
 綺麗な海に感動する。
・ひざの調子もよくなってきたので、自転車を復活する。
 周りのメンバーの自転車がバブル期になっており、ほとんどのメンバー
 が100万円前後の自転車を乗っている状況に変化していた。
・5月には、自転車部で再び懇丁自転車旅行へ
 今回は、片道125km×2=250Kmの道のりを走破。ひざの痛みはなかった。
 それ以降、自転車がかなり好きになり、急成長を遂げる。
・このころから前から憧れていたトライアスロンへの挑戦を目論む
 ようになる。
・一番の問題は、今まで一度も習ったり練習したことのない水泳であった。
 本を読みながら、自分でプールに行って練習開始する。
・水泳や自転車など、練習を急激に上げてしまい、6月には心臓が不整脈を
 起こしてしまい、通院する。
・しばらくは、自転車も水泳も休む。
・8月夏休みは、パラオへダイビング旅行。ブルーコーナーの魚の群れに
 感動する。
・9月頃心臓も落ち着いてきたので、ゆっくり練習を再開。
・10月には、石垣島へダイビング旅行へ、沖縄のマンタとさんご礁を堪能
・自転車で、台湾一週を試みたくなる。
 年末の6日間で、1000Km強を走るというちょっと無謀な計画であった。
 12月からは、毎週土日100KmレベルのLSD練習を取り組む。

○2011年
・2011年の野望は、
 1、台湾自転車一周 2、トライアスロン完走 3、ヒルクライム大会参加
・年末~年始に掛けて、自転車で台湾一週を敢行。花蓮の山奥で
 パンクし、絶対絶命となったがなんとか切り抜け、無事一周を
 達成する。
・トライアスロン大会への参加を、4月の台湾大会(苗栗国際)
 に定める。同僚も勧誘し、快諾。一緒に練習を開始。
・4月苗栗国際トライアスロン大会参加。完走!
 Totalタイム2時間44分、172位/520名というなかなかの成績であった。



                ~ホトケマンの道はつづく

ヨメタン!

2011-04-24 20:00:29 | グルメ
先週は、嫁ちゃんの誕生日「ヨメタン♪」でした。
僕らがこちらに来てから、2回目の誕生日ですね。
時間が経つのは早いものです

去年は、豪勢にフランス料理フルコースなんてものを行っちゃいました。
二人で、一食に7000元(2万円ぐらい)を使ってしまいましたね。

今年は、近所の寿司屋に行きました。
「あきら寿司」というところです



農安街をちょっと入ったちょっと見つけずらいところですね
店に来ると、最近できたかのように、非常に綺麗で、
本物の日本の寿司屋的な雰囲気がする素敵な店でした



寿司屋の店長は、台湾人で、、
特に日本で修行をしたことがあるわけではないようです。
自分で、日本の寿司屋を研究して、ここまでにしたようですね。
なかなか凄いです

僕らは、お任せコースでお願いしました。
初めは、旬の刺身を頂きました。









そして途中




握りでメインを飾り















最後は、赤だしデザートといった感じです。



これで、1人約2000元強といったところ。

隣に来ていた客は日本人で、ちょうど単身赴任しているお父さんの
ところに遊びにきている感じでした

すっかり酔っ払ってしまったお父さんは、我々に話掛けてきて
持参で持ってきた焼酎をいただきました。
鹿児島のクジラという芋焼酎です。ロックで頂きましたがなかなか芋の臭み
もなくおいしかったです

僕らは良く来るのか?という質問されたので、
今日がはじめてです。誕生日なので特別です。そんなにしょっちゅうこれませんよっ!
っと言うと、祝ってくれました

いやぁ、なかなかアットホームな感じでしたね。


それから、誕生日ということなので、プレゼントを買いに行きました。
バッグがいいと言うので

GUCCIやらCOACHやらLVやらPRADAやら・・
いやぁ、ブランド店って普段あんまり入らないので、分かりませんが凄いですね。

なかなか気に入ったバッグが見つからなかったのですが、
COACHに行ったら、お気に入りが続出。。

あれもいいし、これもいいしっ・・
そんな嫁に対して、さらに店員は、これなんかどうですか?と更にバッグを持ってきて
さらに、どれか決められなくなる始末っ!
結局、候補が4つにも5つにもなってしまいました。
いろいろ悩んで、2つまでなんとか行き着きましたが、最終決まらず・・

なので、ここは太っ腹に、それじゃ「2つ行っとこーっ!」の一声で
ショッピング終了っ!

こんな感じです↓






2つのCOACH新作バッグを購入して、大きなショッピングバッグに入れて帰りました。
このショッピングに、4,5時間はかかりました。
トライアスロンで、お疲れの老体には、かなり効きましたねっ

鉄人初参加を振り返って

2011-04-23 19:31:42 | トレーニング
今回のトライアスロン大会のタイムを振り返ると

水泳   00:31:51
自転車 01:12:13
マラソン 01:00:25
total   02:44:30

という成績であった
TOTALタイムを見ると、予定以上の好タイムであった

各種目を分析してみると

【水泳】
普段プールで、25mのタイムを計ると、早くて25秒、遅くて30秒ぐらいの
タイムでクロールで泳いでいました。
但し、500mは、10分30秒ぐらい。。
折り返しのターンはあんまり上手くできなく、時間が掛かっているのもあるが
1.5Kmの遠泳をクロールで精一杯泳いでも、31分30秒が精一杯という感触であった。
今回は、ターンがぜんぜんないこともあるが、実際はどうなんだろうと言う感じでした
しかも平泳とクロール半々ぐらいですからね。

結局、約3ケ月ぐらいも取り組んできたクロールの練習も実力を発揮できず、
オープンウォーターという大きな大敵を前に、以下の課題・目標が上がる

<課題・目標>
1.安定したサイティング(前方確認)
2.左右呼吸をできるようにする。
3.更なるクロールの効率の追求
4.クロールで最初から最後まで泳ぐ。(タイム目標は、25分)
(5.今は、2ビートだが、いつかは6ビートで完泳する。)


【自転車】
タイム的には、1:12:13とこちらも予定より早いタイムで上がることができた
40Kmで、このタイムであると、時速33Kmというところである。
あの坂道で、平均33Kmというのは、ちょっと自信が高まった気がする
但し、TOPタイムは、55分前後と20分近くもちぎられてているので、自分もまだまだだと
実感しました。

<課題・目標>
1.下ハンドルを持った安定した前傾フォームを確立させる。
2.平地でのペダリングをもっと効率化する。
3.ずれエアロバーをゲットする。
4.平地で、平均時速35Kmペースを目標としよう。(1h09mぐらい)


【マラソン】
タイム的に、1:00:25と普通のマラソンで10Kmこのタイムでは遅すぎるかもしれないが、
山の坂道をこのタイムというのは、まぁまぁかもとも思った。
マラソンに関しては、試合の1週間前からはじめたばかりだったので、すべてがこれから
というところ

<課題、目標>
1.腰高な走るフォームを確立させる。
2.とりあえず、10Km50分ペースで完走できることを目標としよう。


持久力系の競技は、練習すればするほどタイムがあるので、その成長を毎週のように
実感できるという意味では、面白いが、休むとすぐに落ちていくことが難点ですね。

そういう意味で、トライアスロンは自分のトレーニングスケジュールをコントロールする
マネージメント力・分析力と、メンタルを試すという点で、

既に39歳にはなりましたが、
実は今から始めるのに相応しいスポーツなのではと思います

さぁ、これからだっ!?

トライアスロン完走後の反響

2011-04-18 23:11:53 | トレーニング
トライアスロン大会が終わって、1週間が経ちました。
ある程度、会社の同僚やお客さんにも話はしていたので、きちんと完走したことに
対して、大きな反響があるんだろーなっ・・  ておもてました

なので、
わざわざ試合の次の出勤日から、完走トロフィーと証明書を会社の机の上に
さりげなく置いておくようにしてました



これを通りすがりの同僚が見たら、きっと「うわーっ、凄いねっ!」って
なるんだろうなっ!?て想像していたんですが、

この1週間で、このトロフィーをいじってくれた人はほとんどいませんでした。
ある程度話していた人からは、トライアスロンどうだった?と聞かれ、
さりげなく、「え~、なんとか完走しました。」と答えたら、、
「あ~、そう凄いねっ!それでさぁ、、」とすぐに別の会話へ・・
さりげなくスルーと言った感じで・・
心の中で、いつも「もっといじれや~っ!」叫んでいました

ある女の子との会話では、
「今週、ちょっと疲れていてさぁ、、実はちょっと筋肉痛なんだよね~!」
「えっ、どうして?」
「いやっ、ちょっと日曜日にトライアスロンの試合で出てきてさっ!」
「えっ、トライアスロンって何?」
「湖を1.5Km泳いで、自転車を40Km乗って、最後マラソンを1.5Kmを競争する競技だよっ!」
「へぇ~、それは大変だね。なんで、そんな疲れることするのっ?」
「・・・(思わず沈黙)」

心の中で、「いやっ、まず凄いって、褒めろや~!」って叫びました

まぁ、こんなまでにリアクションの薄い散々な状況でした。
まるで、机の上にわざわざトロフィーを置いている自分がさぞかし
トライアスロン完走しましたよ~!凄いでしょっ!って言っているにも関わらず、
華麗にスルーされているような感じで・・

なので、
今日からさりげなくトロフィーと賞状はしまいました

いやぁ、思った以上にこのようなことに周りが興味ないことを実感しました。
まぁ、みんなに褒められることが目的ではないので、いいのですが。。
ちょっと寂しかったです

その中で唯一、うちの副社長は普段仕事あまり関わらないのですが、
今回の完走に対して、凄く喜んでくれました。祝勝会と次回大会に向けての
決起集会をしようと声を掛けてくれました。
これは、本当にうれしかったですね。。
この意義の価値を1人でも認めてもらえた気がして。。


先週は、トライアスロンの完走もつかの間、次のステップに向けての励みもほとんど
なかったので、ちょっと落ちていましたが、
この唯一の祝福によって、若干心も復活してきたので
またトレーニングを復活して、次のステップへ進もうかとおもてます。


そんな一週間でした。

誤解しないで、くださいね。
基本的に、トライアスロンは自分が好きで楽しくてやっていることなので、、(^^;

苗栗国際鉄人三項比賽(トライアスロン大会)

2011-04-10 22:46:17 | トレーニング
サムイ旅行記は、日本で大きな地震が発生したので、
しばらく更新するのは止めるようにさせてもらってました。
地震で、被害を受けた東北関東地方の皆様心からお見舞い申し上げます。


ところで、以前から話題にさせてもらっていましたトライアスロンの大会ですが、
今日とうとう参加してきました
ここ最近台湾も何年ぶりかの寒い気候が続いていたので、ちょっとどうなるか?
心配していたのですが、先週ぐらいから気候も復活してきまして、
今日も好天の中で、開催されました。本当に良かったです。。

試合は、朝9時からのスタートで、選手のチェックインは6:30からだったので、
今日は朝4時半起床して、5時半には車に迎えに来てもらい出発しました。

前日は、結構暑かったのと、緊張していたこともあって2時ぐらいまで眠れません
でした。眠い目を擦りながら、進むこと約1時間半。。苗栗に着きました。

今回トライアスロンに参加したのは、僕と会社の後輩のK君でした。
ずっと前から参加したかったことを話して、、自分もどうっ?
って誘うと意外にすんなり「え~、面白そうですね~!」と快諾。。
丁度去年の暮れの話しですかね・・
彼は、サッカーを小校~大学までやっているので、体育会系で気持ちのいい男です。

やっぱり、一人で取り組むよりも、仲間がいると何かと張り合いができていいもんです。

話しは脱線しましたが、
会場に入り、チェックインを終え、トランジションでの準備を行いました。
ここに来ると、本当に多くの参加者がいて、段々と実感がわいてきました。
僕のトライアスロン姿です。

どうですか?

弱そうでしょう・・





奥には、小さな湖(沼)があって、水泳の会場となっています。
見た感じ、結構広くてこれを2周(1.5Km)もするなんて、本当に大丈夫か?と思いました。



そんな感じで、あっという間に時間も過ぎ、スタートの時間が近づきました。
スタートの前に準備体操なのか?

前に何人かの女の子が出てきて、エアロビのような動きでみんなで体操をさせます。
ちょっとリラックスできた瞬間でしたね。



さぁ、いよいよスタートです。
今回の参加者は、約520人ぐらいです。一斉にスタートするわけにはいかないので、
あらかじめ年齢別に分けられ、そのグループ毎にスタートします。

9時からエリートクラスを先頭にスタートが始まりました。
僕らは、2人とも35歳以上40歳未満というグループでスタートします。

丁度、初めのスタートから、15分ぐらい遅れてのスタートでしたかね。
既に初めにスタートしたエリートクラスは2周目に入っていました。

さぁ、いざスタートです。
あと、30秒で出発ですと言われると、急に怖気付いてきました。
でも、時間は勝手に過ぎて行き、スタートの合図が出ました。スタートっ!

スタートは、狭いところをどんどんと飛び込んでいくので、凄い渋滞状態。
怖気づいた自分はなすすべもなくその流れに流され、湖へ飛び込んでいきました。



飛び込むと、やっぱりめっちゃ冷たっ!
でも、そんな寒さとの戦いも、泳いでいたら一瞬のうちになくなりました。

あと、周りには人がいっぱいいるので、蹴ったり蹴られたり、まさにバトルです。
下手したら、上に乗っかられる場合もあるみたいです。

初心者の僕らにとっては、結構えぐかったですね。
時間が経つとそんな混雑も徐々に緩和され、自分のペースで泳げるようになってきました。

でも、湖で泳いだことはなかったので、
一番驚いたのは、目の前がゴーグルをはめてても、1m先が見えないぐらい水が濁っていました。
いつもは、ずっとプールで練習してきたので、ほぼ25m先まで見えます。
なので、めっちゃ不安になりますね。本当に泳いでいる間は、暗闇の中で黙々と手と足を
かきまわしている感じで・・

顔をあげて、前を見る(サイティング)の練習もしていたのですが、上手くいかず
ちょっと焦りましたね。クロールで泳いでいると時々変な方向に勝手に泳いでいる
ことも多いですからね。
練習したサイティングも不発だったので、仕方ないので平泳ぎを間に入れながらサイティングを
するようにしました。

それにしても、自分のペースで泳げないし、見えないし、蹴られるし
初めてのオープンウォーターは苦い経験になってしまいましたね。
せっかく練習した実力は発揮できないまま終わってしまった感じでした。
次回参加する時には、必ず対策を練習したいなぁと思いました。

1周目(750m)が終わると、一回陸地に上がり、また飛び込んでいきます。



ちょうど目の前に応援に来てくれていた同僚と嫁ちゃんが頑張れっ!
て言ってくれたので、2周めへの励みになりました。

2周目になると大分落ち着いて泳ぐことができてきました。
結構しんどかったですけど、なんとか泳ぎきることができました。



泳ぎを終えて、陸へ上がると、なぜかそんなに疲れていなかったつもりが
フラフラ状態でした。ちょっと三半規管がやられていたみたいです。

一番心配していた水泳が泳ぎ切れたのは、本当に嬉しかったですね。。

水泳を終えたタイムは、31分51秒。。
タイム的には、課題は多かったですが、なかなかのタイムで終える事ができました。

トランジットに入り、次のバイクの準備に入ります。
平泳ぎも入れていたので、結構足にも来ていました。

バイクをフラフラになりながら押して行きます。



バイクのコースは、いきなり結構急な下りへ入って行きます。
この下りの勾配には、びっくりしました。

カーブに差し掛かり、ブレーキをかけると後輪が、ドリフトして
結構危なかったです。

下りは、5kmぐらいありましたかね。。
結構なスピードで、ぶっちぎって行きます。時速45-50Kmは出ていたと思います。
国道に入ったので、かなり気持ち良かったですね。

でもそんなスピードを出しても、後ろからものすごいスピードでダウンヒルを下っていく
人達もいました。
僕も負け地と、食らいついていきます。
今まで、自転車も試合で乗ったことはなかったので、この競争状態に結構興奮しました。。
アドレナリンでまくり・・

楽しかったぁ。。

でも今考えると本当に危なかったような気がします。
自転車は、台湾一周もしているぐらいの脚力になっていたので、このフィールドでは
周りの人よりも一枚も2枚も上手のような気がします。

そんなこんなで、何十台もぶっちぎっていきます。
自転車だけですねっ!こんな快感を味わえるのは・・

15kmぐらい行くと折り返しに入ります。
折り返すと今まで下ってきた道が逆に、坂道に変わります。(当然ですけど・・)

これも結構シンドかったですね。
とはいいつつも、ヒルクライムも自分の得意分野・・
日ごろ陽明山で鍛えた脚力をいかんなく発揮し、、ここでも何台もぶち抜いて
いきます。
登ると再び折り返し、また下って、また折り返して登ってというup-downに富んだ
コースとなっていました。

最後トランジションに戻る際には、行きの初めで合った超急こう配のダウンンヒルが逆に
急坂となって襲いかかってきます。
この急坂は、今までにあまり経験したことないぐらいの急こう配です。
時速は、7Kmぐらい出すのが精いっぱいです。

自転車から降りて、押して登っていく人もいるぐらいです。
ヒルクライマーの自分としては、自転車から降りることは、絶対プライド的に許せなかった
ので、必死に登りました。でも心拍数は、かなり上がっていたでしょうね。

その最後の超激坂を登り終えると、トランジションに着きました。
自転車を終えた時点のタイムは、約1時間45分ぐらいでしたかね。

さぁ、最後のRUNです。
自転車での最後の激坂があってか、、足に結構来ています。
若干痙攣気味で、攣りそうな感触もあります。

バイクシューズから、ランニングシューズに履き替えて、出発っ!

しかし、思わぬ落とし穴がっ!

このRUNのコースが、山の中を走るコースで、坂を登ったり、降りたりの繰り返しの
コースになっているんです。
しばらく走り始めると、坂が待っています。これがまた急で・・
「こんなコースをマラソンのコースにするなんて、バカじゃないのっ!」
って、心の中で、何回も叫びました。

あまりにも急で、足の内側の太ももが痙攣してきました。
こんなところが、痙攣するなんて、生まれて初めてです。

本当に急なところは、走ることはできませんでした。
ほとんどの人が歩いて、登って行きます。

周りのボランティアと思われるスタッフに、
「加油っ!」と励まされながら、また再びに走りだし、また激坂に合うと
歩きだし、励まされ、走るの繰り返しでした。

ここも何回か・・折り返すコースになっていて、途中後輩のK君と合い
お互い励まし合って、なんとか走って行ったっという感じでしたね。

いやぁっ・あのマラソンコースは本当にきついです。
っていうか、、あんなのマラソンっいうのかなっ!

あのコースは生まれて初めて経験するマラソンコースですね。
本当にびっくりしました。

そんなアップダウンの森を駆け抜けて行くと、
ゴールまでは後フラットな道のりが続きました。

ここでは、今までのフラストレーションを払しょくするかのように
足を前に運んで行くことができました。

やがて、ゴールへと辿り着きました。



ゴールを見た瞬間っ!
今までの苦痛から解放されたかのように、嬉しさがみなぎりましたね。



最後は、かっこよくラストスパートを掛け、ゴールを駆け抜けました。


ゴールした後は、時間制限内(3時間50分以内)に完走した証として、
トロフィーを頂いちゃいました。



いやぁ、、感動ですね。。。嬉しかったです。

後輩のK君は、僕から送れること約10分で、同じ様に制限時間内で見事二人でゴールっ!
お互い検討をたたえ合い、無事に終えることができました。

いやぁ、、本当に疲れましたねっ!
いい汗かいたっ、でもちょっとかきすぎやなっ!






なんかまだ完走した実感はないですけど、徐々にまた喜びもこみあげてくるのかも
しれませんねっ!

【最終結果】
水泳(1.5Km) 0:31:51
自転車(40Km) 1:12:13
RUN(10Km) 1:00:25
total 2:44:30