天の森だより

おもうこと・心のままに

科学の目

2007-05-22 | Weblog
「水はなんにも知らないよ」左巻 健男著

という本を 本屋でみつけました。平積みよ~もちろん。目立つところに。


最近 「ニセ科学」と言う言葉が新聞などで特集ででたりもして、この本は

注目されているんだろうけれど・・

有名な江本勝さんの「水からの伝言」をはじめとする「水」に関するものは

今、多くの人が知って、生きる命の知恵として、大切な心の部分への

語りかけとして 私たちにメッセージを送ってくださっていると

私はおもっています。美しい写真集も家にあります。

でも・・教科書にのってるとはびっくりです。

江原啓之さんが オーラや守護霊といったものは現代の科学で

証明されたものではありませんと言われてるのと同じで

「波動」・・・

確かにこれは学者さんからすれば「ニセ科学」なんでしょう。


朝日新聞に「ニセ科学」のコラムを書かれている菊池誠さんは、定義として


「専門家から見れば荒唐無稽なもの」とされていました。

左巻 健男さん、菊池誠さん、いまのところ私はこのお二人の文章しか読んでいませんが

どちらの方のお話も 興味深い。 思いこみや偏見のめがねをはずして

すなおなこころで いろんなひとの言うことに一応耳を傾けてみると、

自分の中に 大切にしたいことがみえてくる気がします。


菊池さんのブログに、「オーラの泉」がゴールデンに移ったことをきっかけに批判

が高まって打ち切りになる、というストーリーを希望 ・・なんていうのも

かかれていていました。「深夜番組でやるのがちょうどいい程度の馬鹿番組だ」とも。

「オーラの泉」って、生き方について、しあわせについて・・っていうテーマの

番組のようにおもうんだけれど。。。。

「オーラの泉」も江本さんの本も、「ニセ科学」と批判する人の言葉も

必要あって 存在する贈り物。感じてどう生かすかは結局

自分なんだろうなあ・・







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5 コメント

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初めまして♪ (のの ☆)
2007-05-24 01:15:51
「水からの伝言」という本を私は友達から借りてとても感動したのだけど その後 「水はなんにも知らないよ」って本があると知り 少しだけ内容を見たら 何だか悲しくなりました。水からの伝言を 水の販売目的のような書かれ方。。。
そうじゃないと思うんだけどなぁ・・
江本さんは 水にだって意識があるって ありがとうとか優しい言葉が誰だって嬉しいのと同じだよって事を言いたいのだと 私は感じたのだけど 全く 理解しようとしていない人もいるんだなぁってちょっとショックでした。

週末には 神戸でコンサートですね
私も金沢から千晶さんの竪琴を聞きに行きます
とても楽しみにしています♪
こういうバカの仲間? (あら)
2007-05-24 08:45:56
バカのブログ:
「黒木玄、山形浩生、菊池誠、稲葉振一郎 v.s. 本田由紀」
http://d.hatena.ne.jp/ese-kagaku/
Unknown (chiaki)
2007-05-24 21:54:05
ののさん。金沢からのご参加!ありがとうございます。よかったら会場でお声をかけてくださいね。
Unknown (大坂洋)
2007-05-24 23:06:56
はじめまして。というか、金沢の「あめつちのしずかなる日」に参加させていただいたものです。子連れで、何度もではいりして、あのときは御迷惑をおかけしました。

この記事はpoohさんの書かれた以下の記事をきっかけに知りました。poohさんのところにコメントを書きかけたのですが、直接御本人に伝えるべき内容だと思い、こちらに書かせていただきます。
http://blog.so-net.ne.jp/schutsengel/2007-05-23

水からの伝言が小学校の道徳の教材としてとりいれられています。そのような場所で、水からの伝言がつかわれるのは一種の洗脳です。人が「ありがとう」をいうのはそれが具体的な誰かへの感謝のことばであるからであって、綺麗な結晶ができるからではありません。

たとえば、以下の文章を読んでどのようにお思いになりますか?水からの伝説はここでいわれているクソそのものではありませんか?
「君たちがよく知っているとおり、私はいつもポケットにボンボンを入れている。子供を見かけるたびにボンボンをあげる。子供のそばにはたいてい大人がついている。両親とかおばさんとかだ。彼らは決まって子供に言う……「さあ、何て言ったらいいの?」。

 そして少しずつ、子供はだれに対しても機械的に、もう何も心に感じることなく「ありがとう」と言うようになる。なんというばかったれの教育か。まさしくクソのような教育である。

 子供が「ありがとう」と言いたがっているとき、たとえその子がそう言わないでも、私にはそれがわかる。私には子供たちの言葉がわかる。そして私はそれを愛する。その言葉を聴きたいため、内側からの真意のあらわれを見たいため、私は毎日五キロのボンボンを配る。一キロあたり四百十フランだ。ただこの真意のあらわれを見たいために、私はこれを支払う。

 大人が「さあ、何て言ったらいいの?」などと子供に言うとき、それはすべてをだいなしにする。お父さん、お母さん、こんなことを子供に言うなら、あなたがたはクソだ。子供の未来、子供の自発的な善意がだいなしになる。」
http://homepage3.nifty.com/MRG/meeting_education.htm

私も菊池さん同様水からの伝説は有害だと思いますが、科学以前にその「道徳的」なメッセージが最悪なものだからです。

それと、菊池さんはネット上ですが、ちょっとしたやりとりをしたことがあります。菊池さんをふくめて、疑似科学批判をされている方々の多くには、江本さんの信奉者などの「ニセ科学」を信じる人々が自分達の言葉を聞かないことに、その人々の不寛容さへの深い諦めを感じます。彼等は、それにも関わらず、人々が世界に対して正しい認識を得ることを願って批判をつづけています。私は彼らのそうした態度に畏敬の念を感じます。菊池さんのブログを訪ずれてみれば、そのような空気に触れることができます。その上で、水からの伝説やオーラの泉の何が問題になっているか、再考されてはいかがでしょうか。
大阪洋さま。 (chiaki)
2007-05-25 12:15:03
コメントありがとうございます!

菊池さんの文章は新聞でみて、もっと知りたくて
ブログも全部ではありませんが まとめ読みさせていただきました。菊池さんの言われることは 「ふんふんそうかー知らなかったなあ。この方は正しいと自分が思うことを堂々と表に出されて、すごい方だなあと思いました。

私は水の研究も自分でしたわけではないし、科学の世界を勉強したわけでもない。専門家ではない受け身の立場で、どうこういえるものは なにもありません。

自分が生きていきやすい道を選ぶために、自分自身を知りたい、深めたいと思い、いろんなことを知りたかったり、感じてみたかったりしているのだと思います。このブログは少数の、私のご縁のあった方が見てくださっているささやかなものです。なかなか書き込んでくださる方も少ないので、今回のコメントも 新しい風が吹いてきたようでうれしいです。ありがとうございました。

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