閑猫堂

hima-neko-dou ときどきのお知らせと猫の話など

春を探す・その3

2018-02-24 17:21:26 | 日々

黄色のクロッカス。
これが咲いたら、もう「春だ」といっていいかも。
ヒアシンスの芽もひっそり出ていました。

 

ローズマリー。
常緑の木にも、いつのまにか新芽が。

 

アセビ。
この木とも30年を超える付き合い。

 

ビオラ。
水玉が得意だったりこちゃんが懐かしいよう。
(ニコも三脚つければそこそこ撮れるんじゃないかと思うけど、まあそこまですることもないし)

 

相変わらず鹿は来ている。
ここは昨年まで畑だったところで、鹿除けの囲いがしてあったのを最近外した。
作物はもう何も残っていないのだが、ずっと入りたくてしょうがなかったらしく、よろこんで跳ね回っている。

山で猟犬の吠える声が聞こえる。
右に左に、波のようにうねって移動しながら、遠ざかったと思うとまた近くなる。
谷間だから声が反響するだけで、本当はそれほど近くないのかもしれないが、いまにもそのへんから猪が飛び出して来るのでは…と心配になり、落ち葉掃きをやめて家に入った。
庭ぼうきと割れかけたプラテミでは、ちょっと太刀打ちできない気がするので。
しかし、猟期はもう終わったはずでは?と思ったら、害獣被害があまりに大きいため、今年は1か月延長されたらしい。
最寄りの集落の猟師のJさんは、今シーズンすでに50頭の鹿をとったとか。
かつては「保護」しなければ絶滅してしまう存在だったものが、いまやとってもとっても減らず、どこからかわき出すように出てきて、きりがない。
山に遊びに行くのはもうしばらくやめておきましょう。

 

キミも気をつけるんだよ。

 

本日のネコヅメ。

猫は前足にだけ親指がある。
親指の肉球は小さくてかたく、他の4本の指より上のほうについていて、歩くとき地面に触れないので足跡には含まれない。
コマは、右前足の親指がない。
爪だけが、ぷらんぷらんの状態でついている。
うちに来てしばらくして気づいた。たぶん生まれつきこうなのだろう。 
指がないので、爪は動かすことも引っ込めることもできないが、特に不自由はないようで、コマは顔洗いも木登りもじょうずにできる。
指の数が多い猫というのはときどきいるそうだけれど、少ない子もいるんだね。
猫の尻尾は、身体のバランスをとるのに非常に大切なものだが、生まれつき尻尾の短い子もいる。
これまでに3匹の短尾猫と暮らしたことがあるが、たわしみたいな尻尾をいっしょうけんめいぐりんぐりんと振り回しながら、高い場所も狭い場所もうまく歩き、「ああ、この子シッポ短いから…」と思うようなことは一度もなかった。
猫の世界には「標準」という概念がない。
たとえ何らかのハンディキャップがあっても、他の能力を総動員して補い、1匹1匹がそれを「ふつう」として生きる。
生まれたときの「平均体重」から始まって「平均寿命」に至るまで、あらゆることを数値化して足して割って、いつも周囲と見比べて上か下か確かめなきゃ気がすまない人間って、何なんだろう。
みんなそれぞれ世界にひとりだけの自分で、それがふつうで、いいのに。

 

本日のいただきもの。

KとEちゃんのエジプトみやげ。
バステト(左)とホルス(右)。

 

本日の「いいね!」(季節はずれですが…)

秋林讀書

明代の画家 Xiang Shengmo(項聖謨)1623年作の山水図。
ブリティッシュ・ミュジアムよりシェア。

たとえば、「古い山水画や水墨画って、どこがいいのか全然わかんないわ」と思ってた(わたしみたいな)人に、「そうか、こういう気持ちで見れば面白いんだ!」と気づかせてくれるミュジアムって大好き。 

コメント
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