チェルノブイリ子ども基金・事務局だより

チェルノブイリ子ども基金スタッフが綴る事務局の日々。

ウクライナではどこの都市も安全ではありません

2022-08-11 13:22:31 | Weblog
ウクライナのキエフ(キーウ)からチェコに避難しているオクサーナさん(30代女性)からの連絡です。

8月1日
ウクライナに2週間ほど戻っていました。
キエフの自分の家と、ジトーミル州B市の実家に行き、
必要な荷物を持ってきました。

今のキエフは、2 月、 3 月のときのような恐ろしさはありません。
爆発音は聞こえません。
でも、そこに住むことは依然として危険だと思っています。
多くの軍事施設があり、いつでも国の東部と同じようになる可能性があることを想像させます。

家族はみな元気です。
実家の父も無事です。
母は8月末にはウクライナの家に戻る予定です(現在はチェコに避難している)。
そこは軍事施設や産業施設のない小さな都市です。
サイレンは断続的に鳴りますが、大体は静かです。
すべてがうまくいくことを願っています。

8月3日
キエフの私の住んでいたところは無事でした。
26階建てのアパートで、多くの住民が戻ってきていました。
キエフは今は本当に落ち着いてきましたが、それでも安全ではありません。
軍隊、軍事装備、武器がたくさんあり、恐ろしいです。

砲弾は毎日さまざまなウクライナの都市に落とされます。
戦闘は国の東部と南部に集中しています。
ウクライナでは、現在、どこの都市も安全ではありません。
しかし人々は次第に戻ってきています。

私は、姉と甥と一緒に、今避難しているチェコからイギリスへ行く予定です。
両親も、私たちがイギリスに行った方がよいと思っています。

初めは、新型コロナのために子どもたちには通常の教育が行われませんでした。
そして今は、さらに戦争という事態です。
ウクライナでは通常の教育は行われないでしょう。
頻繁にサイレンが鳴り響き、防空壕に逃げる必要があります。

間もなく7歳になる甥に、良い教育を受けさせたいと思っています。
イギリスへ行くにはいろいろ書類をそろえるのに大変ですが、
きっとうまくいくことを信じています。

本当に平和に暮らしたいと思っています。
ロケット弾が家に飛び込んでくるかもしれない、などと恐れることのないように。
ウクライナで起きていることは恐ろしいす。
ブーチャ、イルペニ(イルピニ)で起こったことはひどいです。
人々は拷問され、その後殺されました。

当たり前だと思っていたことが、なんて貴重なことだったのかと、
それがなくなってから気づいたのは、残念です。







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事務局 お休みのお知らせ

2022-08-10 17:51:54 | Weblog
事務局お休みのお知らせ

8月11日(木)~15日(月)まで事務局はお休みとなります。

御用の方は以下のメールへご連絡をお願いいたします。
8/16(火)以降にお返事いたします。
E-mail cherno1986@jcom.zaq.ne.jp

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ドネツク市からはどこにも避難できません

2022-08-05 10:34:57 | Weblog
ウクライナのゼレンスキー大統領は7月30日、
ロシア軍との激戦が続く東部ドネツク州の住民に強制退去を命じる考えを示しました。

一方、ドネツク市では…。

ドネツク市のYさん(30代の女性)からの手紙を紹介します。

8月3日
それは周辺の町からの避難のことで、ドネツク市自体からはどこにも避難できません。
ドネツク市は 2014 年から占領されていて、境界は閉鎖されています。

先週ここは本当にひどい状態でした。
たくさんの砲撃と、地雷「花びら」も空から降っています。
それは緑色で、葉っぱのように見えます。
そのような地雷を誤って踏まないように、今では人々は家からに出ることができません。
ただ、すべての地区がそうではなく、
私たちの住む地区では、それを2ブロック離れた場所に捨て、そこを歩いたり車で通ったりすることを禁止しています。

いつかは、すべてよくなるでしょう…。

8月4日
たとえドネツク市から避難できるようになったとしても、
私は病気のため、家を離れることはできません。

攻撃の続く中、家にいるのは恐ろしいですが、
一方で自分の家で自由にしていられることは快適です。
私は突然発作が起きることがあるので、外出することができません。
攻撃が収まっているときに、少し庭に出るだけです。
ですから、避難のために移動することは私には無理です。
また、家では自由に過ごせますが、もしどこかに避難したとしたら、
その場所の規則などに従わなければならないでしょう。

私はよく日本のブログ、特に料理のページを見ています。
そういうのを見ていると、心が落ち着きます。

いつかあなたと再会できる日を待ちます。


*****
ドネツク州の避難対象の地域にも、
彼女のようにいろいろな事情により、避難したくてもできない人がいるのではないかと思います。

Yさんに、ドネツク市の人たちは今の状況をどう思っているのかと聞いたところ、以下の返信がありました。

「ここでは、戦争に対しての人々の考えはさまざまです。
ロシアに罪があると考える人もいれば、ウクライナに罪があると考える人もいます。
私はロシアとは全くつながりがなく、友人も、親類も、みなウクライナに住んでいます。
ですから私はその人たちのことがとても心配で、そこで戦争が起きてほしくはありません。
私は自分の国、ウクライナを愛しています。
しかし、ドネツクも今、双方の側から攻撃を受けていて、生きていくのが難しいです。
多くの建物が破壊され、多くの人たちが亡くなっています。
いま人々は、破壊と死に対してウクライナに恨みと怒りを抱き始めています。
町には安全な地域はありません。
私はただ、普通の人たちと軍の人たちを区別するようにしています。
軍人たちは人々の安全に気を留めていません。
彼らには領土だけが必要なのです。」

以下は、子ども基金ボランティアHさんによる解説です。

*****
ドネツク市は、2014年からロシア側(ドネツク人民共和国)支配地域です。
ウクライナはロシア側支配地域のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の「独立」を認めていないため、
ウクライナ側が言う場合はあくまで全域がドネツィク(ドネツク)州とルハンスク(ルガンスク)州です。
(ロシア以外に独立国として認めているのはシリアや北朝鮮などに限られる。)

ウクライナ政府が住民の避難を求める対象地域には、ロシア側支配地域も含まれると思われますが、
実際に効力を発する地域は当然ウクライナ側支配地域のみです。

この春のロシア軍による侵攻以降、ルハンスク州はほぼ全域がロシア側の支配下に入りましたが、
ドネツク州は今も海側の半分くらいがロシア側で、内陸半分くらいはウクライナ側にあり激しい戦闘が続いています。

これらの地域は、ロシア系の人が多く、ロシア語を主に話す人が多いため、
ウクライナの中でも「親ロシア」的な地域ですが、
そもそも「親ロシア」=親モスクワ、親プーチン政権という訳でもなく、
住民の多くは複雑な気持ちを抱えています。
今回の戦争で、ロシアに「裏切られた」という思いを抱く、「親ロシア」の人も少なくありません。

「花びら」と呼ばれる対人地雷は、空中散布型のもので、
効率よくばら撒くために空気抵抗の少ない植物の種や花びらを思わせる形状をしています。
子どもがおもちゃと誤って手にして被害に遭うことも多く、悪魔の兵器の異名を持ちます。
なお、ウクライナは対人地雷禁止条約を批准しており、公式にはこのタイプの地雷は全廃したとされます。
一方、ロシアは、条約に加わっておらず、今も大量に保有しています。





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ナロジチからの知らせ 「多くの人が地雷により命を落としました」

2022-08-04 12:20:59 | Weblog
子ども基金はウクライナ・ナロジチの病気の子どものいる家族を支援しています。
そのうちの一人の母親、ガリーナさんからこれまで届いている知らせです。

6月28日
私たちのことを心配してくれてありがとう。
ミサイル攻撃に、もううんざりしています。
しかし、幸いなことにナロジチで私たちはみんな生きています!
畑仕事をしながら静かに勝利を待っています。
そうでなければ、私たちはみな滅ぼされてしまいます。
ほんとうにひどいことに、彼らは民間人を攻撃しています。
みなさんのご健康と幸福を祈ります。

7月23日
私たちの住んでいるところは緊張状態が続いています。
幸いなことに私たち家族はみな無事ですが、多くの友人、知り合いはもういません。
森の中にある地雷により、多くの人々が負傷しています。
息子ヴラッドの障がい者認定の再手続きをしていますが、それはなかなか最後までいきつきません。
戦争…、サイレンに疲れました。
仕事はなく、食品は値上がりしています。
そんな生活ですが、ありがたいことに、私たちは生きています。
さようなら。平和を祈ります。

7月30日
許可されていないにもかわらず、住民たちは果実を求めて森に入り始めました。
すでに多くの人が地雷により命を落としました。
仕事もお金もないので、人々は命がけで森に行くのです。
平穏を、そして歴史的な瞬間の訪れを、ただただ待っています。
みなさんに平和な空を祈ります。もう一度、ご支援に感謝します!


*********

2012年にナロジチの家族を訪問しました。
ある家から、別の家に行く途中、
同行した地元の小児科医の女性が、「ちょっと待って」と、林の中に入っていき、
歩きながらブルーベリーを見つけては口に運んでいました。
「ここは放射能の心配はないの?」と聞くと、
「私たちは、どこが安全か、そうでないかを知っているから大丈夫」と言いました。


林の中で見つけたブルーベリー





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第16回展示のお知らせ「核のない世界へ」~こどもたちに青い空を!~ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・チェルノブイリ・フクシマ8/12~8/20

2022-08-02 12:27:14 | Weblog
第16回「核のない世界へ」展示のお知らせです。
チェルノブイリ子ども基金が支援をしている子どもたちが描いた絵も展示されます。
お問い合わせは下記主催者へお願いいたします。

    

第16回 展示のお知らせ
「核のない世界へ」
~こどもたちに青い空を!~
ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・チェルノブイリ・フクシマ


《期間》 2022(令和4)年8月12日(金) ~20日(土)  
9時~20時 (初日13時から/最終日15時まで)
《場所》 稲城市立中央図書館隣接 城山体験学習館 展示ルーム
☆ 核兵器禁止条約の発効と世界の署名・批准国の状況
☆ ビキニ核実験 隠されてきた真実
☆ メッセージ「チェルノブイリからフクシマへ」「フクシマから世界へ」
         ※チェルノブイリは旧表記に従いました
☆ ウクライナの今 
☆ ポスター 「原爆と人間」(日本原水爆被害者団体協議会制作)
「サダコと折り鶴」(広島平和記念資料館より借用) 他

私達は、ヒロシマの被爆者、被爆2世・3世と有志がつどい、
「こどもたちに、核のない青い空を伝えたい」 という想いで活動しています。
写真や地図を用いて小学生も読みやすい展示になっています。
この夏、ぜひご家族でご覧ください。

主 催 : 稲城 平和を語り継ぐ三世代の会
共 催 : 稲城市原爆被爆者の会・てらいんく
後 援 : 稲城市教育委員会
問合せ先: 宇留賀(080-6750-8508)

チラシ


  


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