ケミストの日常

大学化学系教員の日々考えること。
HNはchem@uと省略してます。

論文を書かないポスドクの話

2010-01-17 19:26:54 | 公募・異動
いわゆる「博士余り」がニュースとなってプチ社会問題となっています。

最近ポスドクを抱える研究室の中堅研究者と話す機会があったのだけど。

どうも、ポスドクは二分化してきてるようだ、と。



人生設計において、今は業績を増やすときと、あえてポスドクを選んで研究を続けている例。
確かに、変に助手(助教)になるより、教育関係の仕事や学内雑務が無い分、ポスドクの方が研究に打ち込むことができる。
ボスの教授によっては、学生をつけてくれたり、色々便宜もはかってくれる。

私の知り合いでも、以前こういった研究者はいましたが、一仕事片付いたか、30代半ばにして某大学で助教授(准教授)採用。
コブなし独立研究室だそうで。
彼なら、そのうち教授になってひとかどの仕事もやっていきそう、そう思えます。



もうひとつの例が、アカデミックポジションを希望して公募に出し続けてるけど採用されなかったり、公募に出そうと思える業績がないままいつまでも、ってな感じでズルズルやってたり。
人事を気にすると、そっちに時間や意識を取られて、研究が二の次になりがち。
ってわけでもないのに、なぜか公募に通らない人は、どうもいるよう。

こういった話題のなかで、最も深刻なのが、「業績がないまま」というケース。
ポスドク5年以上やって、業績が片手以下、ここ数年はまったくアウトプットなし。
ボスが共著でも名前を入れてくれるとパッと見の業績リストは箔がつくけど、そういったことをしてくれるボスじゃないと、自分のやった結果しか論文にならず、数が減る。

決して研究をしてないわけじゃない。
学生の指導もするし、研究室の中で学生からは慕われてる。
横で見てて、それなりの新しい結果は出してる。
英語にそれほど不自由なわけでもない。
論文が今後の人生設計で必要なことは百も承知している。

でも、論文は書かない、書けない。



何で?ということで、その人曰く。
「論文のまとめ方をしらない」
横で懇切丁寧に指導を受ければ多分できるのだろうけど、学位を持ってるからと自由意思を尊重されてしまって、面白い結果がでても、そこから先、どういった結果を追加すれば論文にまとめ上げることができるのか、そういった思考力が欠如して、論文にたどり着けないらしい。

とりあえず、結果だけまとめて論文の体裁を整えても、ボスがダメだししたり、審査の段階で却下されたり。
それで、そのうち、論文書かなくなったり。

それなりの競争を勝ち抜いて、が必要のポジションのポスドクなら、そういった人物が紛れ込んだ場合、再任されないだろうけど、出身研の温情で残ってるケースに、えてしてこういったことが起こるのではないか。

そんな感じの話でした。



私が、アカポスにつくとき、その研究室のボスが言った言葉「論文書かないとやってけない仕事だから。」
そして、出身研の元ボスが1年くらいして会ったときに言った言葉「論文書かないと・・・」

「論文を書かないと」という言葉の意味には、論文を書けるように研究を組み立てる能力を身につけないと、というニュアンスも含まれていたのか?。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« scopusの怖さ | トップ | また痴漢冤罪 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

公募・異動」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

トラックバック

ポスドク (2階と3階の窓から)
http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/d237ef8fc404f43aa3c79492b5bd8682/26 トラックバックが正常にできなかったから、リンクを張り付け… ポスドクが二分化しているという考察。 確かにそうかもしれないなぁと感じた。 実験はできるが論理展開やストーリー構築...