陸奥月旦抄

茶絽主が気の付いた事、世情変化への感想、自省などを述べます。
登場人物の敬称を省略させて頂きます。

フレデリック・スタール(寿多有)博士の言葉:日本外交への諫言

2008-11-14 04:13:30 | 財政・経済問題
 既に小楠氏が、1年半前に彼のブログ<反日ワクチン>で紹介されているのだが、「緊急G20サミット」に臨む日本代表団に、米国人フレデリック・スタール博士が述べた言葉を是非思い出して欲しいので、ここに再録する。
http://vaccine.sblo.jp/pages/user/search/?keyword=%83X%83%5E%81%5B%83%8B

 シカゴ大学教授(人類学専攻)のF.スタール(Frederick Starr)博士は、セントルイス学術研究団の一員として1904年に初来日(当時46歳)、アイヌ研究のためであった。以後15回日本を訪問して、滞在中は和服を着るほどの日本びいきになった。大正13年(1923)の「排日移民制限法」案の上程に際し、米国の国策を厳しく批判したので、米国における多数の友人を失ったと言う。

 一方では、度々の日本訪問から米国のスパイではとの噂も立った。昭和7年に15回目の日本再訪、病気のため翌年(1933年)8月14日、聖路加病院で逝去(享年75歳)。彼は、日本語名 寿多有=スタールを用いていた。

 昭和5年(1930)10月19日、一時帰国するに際し、スタール博士は日本国民へのラジオ放送を行った。それは、満州事変の起こる1年前である。

(引用始め)

去るに臨みて親愛なる日本国民諸君へ

はじめに

 親愛なる日本国民諸君、今や日本を去るに臨んで私は諸君に別離の辞を呈したいと思う。私の生涯は国際関係に於ける日本の活動の時機に等しいのである。私は1858年、即ちタウンゼント・ハリスが江戸条約(日米修好通商条約)を締結しその条約によって通商上発達を期したる年に生まれたのである。

 八歳の時初めてペルリ提督の「日本来航記」を読んで深く感動した。三十年間シカゴ大学に日本に関する講座を置いて隔年毎に講義をなした。その講座は日本の地理・民族・風俗・習慣・文化・民族的心理・宗教・歴史・政治・外交等の広い範囲にわたっていた。この講座は1894年日清戦争当時に創設せられたものであって、戦争中日々教室にあって日本軍の活動に対して多大の注意を払っていたのである。

 私は日本の近代の重大なる危機に際して常に日本国民と憂苦歓喜とを共にして来たのである。故に私は日本国民の悲痛の際に於いて、或は成功して歓喜の絶頂に於ける日本を知っているのである。

 1904年私は横浜に上陸して、其の日の午後東京に到着するや、日露開戦の号外発行を見たのである。当時私の用務は北海道にあったので、沿道における日本軍隊の活動及び日本国民の真剣なるを見て大いに感動した。1918年欧州大戦中日本を訪問し日本が連合国のために多大の犠牲を払い努力せるを目撃した。然しながら日本の参戦の意義と日本の努力とは今日尚世界から感謝されておらぬは遺憾である。(中略)

自国の美風を守れ

 ここに私をして二つの問題を講究せしめよ。まず第一に、日本は西洋との接触によって日本固有の多くの美点を犠牲に供したことを痛感せずには居られぬ。日本の文化は古き歴史を有し、賞賛すべき幾多の美点を有している。

 今を去る一千二百年前、奈良朝の文化燦然たる時代に於いて、ヨーロッパの何れの国がその優美と典雅の点に於いて、日本に匹敵する文明を持っていたか。日本は外国から借りてきた文化を直ちに消化して明確に日本化したのである。日本の文化はこのようにして数世紀の間維持せられて来たが、近来西洋との接触に伴い、日本文化は根底から動揺を来たし破壊せらるるに至った。外国との接触によってある程度の変化を来たすことは当然である。然しながら日本の近来の外国文化の輸入はいかにも盲目的であることは、日本のために遺憾千万である。

 日本人は遥かに欧米の文化よりも優れたる日本文化を棄て、三文の価値のないものを輸入して喜んでいるのは意外である。日本は幾多の保存すべき美点を有しているにも拘わらず、これらを破棄してしまったことは嘆かわしい。(中略)

 日本のある評論家は日本は採用し、修正し、熟達すると称している故に、日本のモットーは、adopt(採用し)、adapt(修正し)、adept(熟する)であると称している。それは巧妙なる言辞であってある程度の真理があるかも知れぬ。しかし私が不満に感ぜずにいられないことは、日本は自国の文化の長所を容易に廃棄し、さらには外国の文化を取捨選択することを忘れて、猥りに玉石混淆外国の風俗習慣を輸入するということである。

 更に現今の急激なる変化に際して、最も心配の要素は、日本はインスピレーションの源を只一国よりのみ取るということである。日本は西洋化しつつあると称している。然り、併しながら、日本の西洋化は米国化に偏しておって、欧米各国の長所を採用して円満に発達したものに非ずして、むしろ米国化である。例えば、日本人の服装にせよ、習慣にせよ、建築にせよ、思想にせよ、スポーツにせよ、すべて米国から余りにも感化を受け過ぎている。

 明治維新後、日本は急激に西洋化した。しかしその当時は、畏くも明治大帝の五箇条の御誓文の聖旨に従い、広く知識を世界に求めんとして世界各国から優秀の教育家及び師範を招聘した。英国よりは英国の美点を学び、フランスよりはフランスの長所を学び、米国よりは米国の特長を学んだ。この政策は今日に於いても、応用せらるべきものではないか。(中略)

 日本の青年男子は日露戦争当時の如き剛毅勇武の風を失い、柔弱に流れている。更に特に目立つことは日本婦人が彼等の賞賛すべき美徳を棄てて、西洋婦人の悪風に染みつつあることである。日本婦人はそのもてる典雅にして謙譲の美風を忘れて、その態度が粗暴に流れ、粗野な洋服をして最も下等の米国婦人の如き態度をして、得々然として大道を横行闊歩しつつあるを見て痛嘆の至りにたえない。真に日本を愛する者は、心を痛められずしてこの不自然の光景を観ることはできない。

 何となれば今日の日本文明は、勇敢なる日本男子の愛国的精神に因れると共に、また謙譲にして献身犠牲の精神に富める日本女性の努力に基因せるものであるからである。

日本は外交で譲歩するなかれ

 日本は今や過去の孤立鎖国の域を脱して、世界の列強の一つとなった。日本は世界の進歩発達に際して真のリーダーとなるべき幾多の機会を有したが、勇気と確信を欠きたるためにしばしば絶好の機会を失ったことは痛嘆の至りである。日本はこの大責任を果たさんためには高遠の理想と、高尚なる目的と、確乎不抜の決断と、特別の智慧を有たねばならぬ。今日何れの国家と雖も利他的なものはない。また、これを期待することは愚である。日本は国際親善の精神と正義の観念とをもって、自主的見地から勇往邁進せば、反って世界の尊敬を受け自然のリーダーとして立つことができると信ずる。(中略)

 日本は1895年の日清戦争以来、常に外国の圧迫に対して譲歩に譲歩を重ねて来た。日本は他国の要求及び意志に従わんとして常に国家の重大事に関して譲歩したのである。私は日本の譲歩の動機は国際協調及び国際親善のために寛大なる態度に出でたのであろうと信ずる。然しながらかかる政策が繰り返されたならば、外国はこれを目して日本は国際親善の目的に非ずして、むしろ自己の行為または判断の不当を容認せるか、然らざれば卑怯に起因せるものなりと誤解し、その結果日本を軽蔑するようになって来るのである。斯様に推移して行くならば、日本は将来必ずや国権を主張せねばならぬ機が到来するであろう。しかしながらその時は日本の主張が有効となるにはあまりに遅過ぎるのは遺憾である。要するに日本の諺に「後悔先に立たず」という名言がある。

 今これを例証せんとせば、米国の排日移民法通過の際の日本の態度の如きはその適例である。日本政府当局者は何故に日本国民の名誉のために、且つ正義人道のために、正々堂々と日本の正当の主張をなさなかったか。米国との親善を希望して米国に遠慮し、最後まで日本の主張を率直に米国民に披瀝しなかった故に、反って不幸なる結果を招来したのである。

 日本はワシントン会議に於いて日本の国防上多大なる犠牲を払って大譲歩を為した。国際関係に於いては国家と国家との間は対等であらねばならぬ。然るに日本は何故にワシントン会議に於いて、自ら進んで世界列国環視の前で、巨艦に於いて対英米六割の比率を承認して自国の劣等なることを制定する条約に調印したのであるか。 而して、今回のロンドン会議は決して国民負担の軽減をなさずして米国に関する範囲に於いてはむしろ大なる軍備拡張である。

 もし将来戦争がないから軍備縮小をするというならば、何故に英米両国が率先して軍備撤廃を主張しなかったか。何故に日本は国防上必須の兵力要求を貫徹しなかったか。日本の政治家は言う、この条約は1936年までの暫定的のものであるから憂うるに足らずと。しかしながら米国海軍はこの条約によって米国が多年要望して果たさざりし均整艦隊を初めて完成することができたことを密かに喜んでいる。

 補助艦艇の現有勢力に於いて日本海軍が遥かに米国より優勢なる今日、なお日本の国防上必要条件とする対米七割を獲得することができなかったとすれば、欧米人の既得権尊重の心理状態を知らざるも甚だしいものであると称すべきである。

 現に本年五月米国上院海軍委員会、ロンドン条約審査会に於いて、1936年に日本が対米七割を要求せば如何との問いに対して、合衆国海軍当局の大官が次の如く言明している。「もし1936年の会議に於いて日本が対米七割を要求した場合には、米国は会議から脱退するのみである。如何となれば海軍に於いては現有勢力以外に頼るべき何物もない。その時には米国は日本の古ぼけた大巡洋艦に対して、精鋭なる最新式大巡洋艦十八隻を有しているからである」と。

 かくの如く日本は外交折衝の際、日本帝国の存亡に関する重大問題に関して外国に譲歩を重ねている。日本の将来を憂うる私はかかる場合に於いて傍観座視沈黙を守っていることは極めて困難である。

むすび

 親愛なる日本国民諸君、今や日本を去るに臨んで諸君に希望する。諸君は光輝ある日本帝国の伝統に忠実にして、日本国民の美徳を涵養せられ、日本文明の精華を発揮すると共に、米国及び世界各国の長所美点を採用し、以って日本をして東亜に於いてのみならず、太平洋時代に於ける真の世界的リーダーたらしむべく努力せられんことを切望して止まない。

(引用終わり)


 以上は、名越二荒之助「世界に生きる日本の心」、第三部 日本に留魂した外国人たち p.136(展転社、2004)からの引用で、小楠氏のエントリーを転載させて頂いた。

 77年前の知日米国人の言葉であるが、それは只今の我が国にも当てはまる重みを持つ。心してスタール博士の諫言を味わい、国益を考慮した外交を展開してもらいたいと麻生首相へお願いする。
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