スチャラカランナーの日々

運動部経験なし、40代マラソンランナーの趣味日記。ランニングも趣味のひとつですから。

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2005年参加予定大会

2004年12月31日 | 走る&徒然日記
2005年参加予定大会

 1月9日 谷川真理ハーフマラソン (ハーフマラソン)
 1月16日 第21回にしはる新春チャレンジマラソン (10K)
 1月23日 第15回小牧シティマラソン (10K)
 1月30日 可児シティマラソン(東海環状自動車道開通記念プレイベント)(10K)
 2月12日 第1回浜松シティマラソン2005 (ハーフマラソン)
 2月27日 第27回犬山ハーフマラソン (ハーフマラソン)
 3月13日 第12回京都シティハーフマラソン (ハーフマラソン)
 3月20日 日比野賞記念中日豊橋マラソン(フルマラソン)
 4月18日 長野マラソン(フルマラソン)

 2002年12月のホノルルマラソンを最後に海外マラソンに参加していないので、4月のロッテルダム、パリを検討中です。

 一応来年の抱負と目標は年明けに書こう。
 写真は2004年新宿シティハーフマラソン
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走行距離2004

2004年12月31日 | 走る&徒然日記
 走り納めをしようと起きたら、雪だった。今年の初雪だ。そんな訳で今日のランニングは中止。雪国の人は大変だと思う。北海道の知人は雪の日も零下の日も走ると言っていたが、つくづく大変だ。
 メモをつけているMYRUNNETをチェックしてランニングのメモをチェックしてみた。

2004年のTOTALは1965キロ(距離は大会のものも含んでいる)
 月間
 12月 158K(防府マラソン)
 11月 206K(揖斐川マラソン、名古屋シティーハーフマラソン)
 10月 126K(諏訪湖ハーフマラソン)
  9月  97K(金沢城下町ハーフマラソン)
  8月 150K(北海道マラソン)
  7月 194K
  6月 180K
  5月 210K(東京シティーロードレース10k)
  4月 107K(長野マラソン)
  3月 106K(荒川市民マラソン、小田原尊徳ハーフマラソン)
  2月 217K(新宿シティーハーフマラソン、勝田全国マラソン)
  1月 214K(谷川真理ハーフマラソン、フロストバイトハーフマラソン)

2003年の月間記録は以下だった。(MYRUNNETのサービスが2003年6月下旬からだったので7月から)
 12月 211K(防府マラソン)
 11月 185K(東京国際女子マラソン市民部門、名古屋シティーハーフマラソン)
 10月 148K
  9月 308K
  8月  94K(北海道マラソン)
  7月 290K

 毎年7月はジムの合宿で50K走を含め100キロくらいは走るので必ず、距離は伸びる。考えてみると昨年は9月に連日の30キロペースランをこなし故障、足底板を着用になるなど10月は大会に出ることができなかった。今年も同じく9月に足首を故障、夏場に練習量が落ちたものを秋からのレースシーズンに合わせて練習量を増やして毎年9月に故障している。
 やっぱり、距離は減っている。
 よく月に300Kくらいは、と聞くがランニングを始めて以来300Kに届いたのは今まで2度しかないのだった。
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2004年参加大会を振り返る その13名古屋シティハーフマラソン

2004年12月31日 | 走る&徒然日記
 名古屋シティハーフマラソン。揖斐川マラソンから10日後の大会というわけで、疲れた状態で走る力をつける為に参加。一応できる限り必死で走るのが目的。今年のメイン「防府マラソン」前の最後の大会である。
 この名古屋シティハーフマラソンは名古屋ハーフマラソン(陸連登録者のみ)と同時開催(スタートがシティハーフは10分後になる)。
 陸連の登録はしているが、名古屋ハーフマラソンでは申込書を事務局に請求するなど、めんどくさい手続きがあるので、シティハーフに参加。名古屋の都心を走れるのは一緒なのでどちらでもかまわない、とそのときは思っていた。(2年続けてだけど)
 率直に言ってこの大会は運営が良くない。ゼッケンが申し込み順なのに走るスピードに関係なくゼッケン順に並ぶ。チップでタイム測定できるというものの、コース内で作る列は通勤列車並みの混雑でスタートしても全く動かない上、シティハーフではスタートラインと競技場出口が近いのに、トラックを周回しないため、スピードのまちまちなランナーが一気に出口に殺到することになる。コース上の幅は出口の幅より明らかに広いので、出口では大渋滞が起きてスタートラインを通過してからも渋滞で進まない。これではチップタイムの意味がないし、チップタイムだから問題ないなどという話はありえない。来年は登録者部門で参加しようと思う。本当は登録者はシティーハーフには参加できないことになっているようだが、事務局に申し込みの資料請求をするのは面倒、せめて防府マラソンのようにネットからPDFで資料をダウンロードできるとか対応を考えてほしいところだ。
 京都シティハーフに比べるとそういういろんな対応などで、名古屋という同じように大都市を走る大会なのにマイナー感が漂っている気がするのは私だけだろうか?
 スタートからは掻き分けるようにコースを走り、縁石の上を走ったりで気づいたら、入りの2キロが7分、これは飛ばしすぎというわけで少々ペースを落とし5キロ地点では19分とまずはそれなりのペース。ハーフマラソンまではよほど暑くない限りは、給水をしないことにしているので、巻き込まれないように中央近くを走る。
 入りが早すぎるということでペースダウンをしたため、10キロ地点では20分かかっていた。10キロ地点でタイムを確認して、ペースをあげようとしたが、思った程ぺーすがあがらず、15キロ地点でもこの5キロは20分程度。上がりの15キロから20キロも20分近くかかる。ともかく走りに切れがない。結局82分程度でゴール。スタートの大渋滞を掻き分け、書き分けしてキロ3分30ペースはかなり無理があったこと、練習量が少ない中でフルマラソンを走った後期間が少ないことがもろに影響したレースだった。この後、走りの切れはあまり戻っていないような気がする。
 この大会では参加のTシャツのデザインを公募するのが一つのウリになっているが、今年はランニングシャツだった。(写真)
 昨年はデザインはともかく、妙に安いつくりのTシャツだったので今年は良かった。手荷物預かりのシステムがしっかりしているのもこの大会のいいところだ。タイム自体よりも自分の走りの感覚と出ているタイムにズレがあることが大いに気になった大会だった。
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豊橋から走ってみた

2004年12月30日 | 走る&徒然日記
 名古屋まで戻ってくるつもりで、豊橋まで名鉄で行き国道一号線を名古屋へ向かってLSDをした。
 豊橋名古屋間は約70キロ。昼近くからだったことと、少々風邪気味だったことに加えてきた風が凄く冷たかったので、結局岡崎の外れまで約35キロ走り、知立の駅まで約10キロ歩いて止めた。
 来年からの練習に備える足作りのために行ったのだが、長い練習は飽きますね。
 いまいちモチベーションがあがらなかった1年だった。
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揖斐川マラソン走行中の写真

2004年12月30日 | 走る&徒然日記
 揖斐川マラソンの走行中の写真です。撮影しますから端に寄ってください、とコースの指示を受けつつ。
 そういえばウォーキングの部門で「西田ひかる」さんがゲストで来ていたことを思い出しました。体育館で着替えている間に出演だったようで、全く見ることができませんでした。
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2004年参加大会を振り返る その12揖斐川マラソン

2004年12月30日 | 走る&徒然日記
 揖斐川マラソン。コースは揖斐川を上流へ登り、折り返して下ってくるというコースで、多少のアップダウンはあるもののひたすら上り、ひたすら下るコースである。
 この大会でのテーマは、5キロを22分ペースで最後まで刻むこと。できれば後半の方が速いネガティブスプリットで行くこと。5キロを22分ペースで行くとマラソンでは3時間5分程度のタイムになる。多少の余裕がある設定なので、余裕をもって後半上げていきたい。勝田以来まともな形でマラソンが走れていない上に、故障や練習不足もあるのでここで少し自信を取り戻しておきたい。
 このマラソンはなかなかゲストが豪華で、ハーフの部にはゲストランナーとして谷川真理さんと高石ともやさん(ミニコンサートもあり)、フルの部には山田敬三さん。山田さんは元ボストンマラソンの優勝者で70歳を越える今もボストンマラソンに参加している。
 スタートは込んでいたこともあり、少々もたついた。スタート後も結構混雑していたので抜くのに手間取る。2キロ地点で山田さんを抜いた。小さな体を少し前屈みにしてピッチ走法で走っていた。今で3時ごろに起きて走っているらしい。
 最初の3キロ程度は平坦な市街だったが、すぐに川の脇ののぼりの道に入る。
 10キロ地点は45分、20キロ地点は89分、30キロ地点は2時間10分30秒、40キロ地点が2時間53分30秒、ゴールは3時間3分だった。
 最後の平地でペースをほとんど上げることができなかったが、ぎりぎりまで追い込んで走ったというところまででもないので、かなり手ごたえを感じることができる大会だった。
 途中参加者の撮影地点があり、12月の頭に写真が届いた。完走の賞状にも2点写真が入っており、結構うれしい。
 このマラソンもいろんな店が出ていて、ミニコンサートとも合わせ楽しめるイベントになっています。
 今年は人里に熊が下りてきたニュースがありましたが、このマラソンコース中に「熊に注意」の標識が立っていました。マラソンのウリとして、来年からゼッケンにすずでもつけたらどうでしょうか。
 ついでに落石注意もありました、実際今年の豪雨でコースの位置に土砂崩れの箇所がありました。参加した甲斐のある大会になりました。
 写真はゲストの谷川真理さん 
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2004年参加大会を振り返る その11諏訪湖ハーフマラソン

2004年12月30日 | 走る&徒然日記
 諏訪湖ハーフマラソン。金沢のハーフのあと2週間は全く走れなかった。この大会は10月下旬なので調整で参加。諏訪湖ハーフは初めて走ったハーフマラソンでこれが5回目くらいの参加。
 東京で通っているジムのメンバーと偶然当日に現地で会った。
 前日に松本のホテルに入ったのだが、その時地震がありそれが中越地震だった。
 諏訪湖ハーフは公認コースになっていないので、タイムはどの程度参考になるか分からないが、フラットで、また湖の周りを1周するとても景色のいいコースである。
 会場でのイベントも盛んでとても楽しめる大会だ。
 昨年出ていないので今年からか昨年からか分からないが、以前は当日ほぼ自由に並んでいたスタート位置が、申し込み時の申請タイム順になった。以前は70分以内の場所にサウナスーツを着たおばちゃん軍団がいたりして、スタートするといきなり壁になったりしていたが、今回は厳しくゼッケン番号で並ぶことになり、スムーズなスタートだった。
 この大会にも、防府で私がついていった女性ランナーが参加しており、周りの仲間との会話から80分切りを目指しているようだった。
 5キロ地点でスピーカーによるアナウンスが入り、女子の先頭の名前が紹介される。入りの5キロは19分30を多少切ったタイム。
 9キロ地点あたりでトップの女子の姿が見えてくる。丁度いた集団に女子の2位がおり10キロ地点で女子のトップが入れ替わった。この大会は地元ではテレビで放送されているので、多分今映っているなと思いつつ、このタイミングでさっきまでトップを走っていた女子選手を抜いた。筑波大学の選手とのこと。
 さて5キロから10キロのタイムは19分強、10キロから15キロのタイムは19分弱、15キロから20キロのタイムは18分30をわずかに切ったくらい。ただ、ペースをそれ程変えたつもりがないのに1キロごとのタイムは結構なばらつきがあったので、距離表示は少々狂っているかもしれない。
 ゴールは80分20程度、スタート地点の関係で、グロスとネットも数秒程度しかちがっていない。
 ゴールして振り返ると、東京シティラン10Kに続き、前述の防府に出ていた女性ランナーがすぐ後ろにいた。足音など全く気づかなかったのだが、最後につめられていたらしい。
 多分同じ集団にいたのだと思うが、常に後ろにいたのだろう。
 諏訪湖ハーフマラソンは前半追い風、後半向かい風になることが多いが、今年は気候にも恵まれ、風は随分弱かった気がする。
 タイムは追い込んでいない中で、調整でのタイムということで望外のいいタイムだった。
 しかし、今回は40台での初参加だったのだが、前の30台のときよりタイムがいいのに年代別順位は下がっている。諏訪湖も参加者が増えるとともにどんどんレベルがあがっている。40台に入ったら入賞の可能性もあるかななどと思っていたのだが。
 写真は諏訪湖の表彰式の模様。知り合いが表彰されていたので。
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2004年参加大会を振り返る その10金沢城下町ハーフマラソン

2004年12月30日 | 走る&徒然日記
 金沢城下町ハーフマラソン。9月に行われる大会に出るのははじめてである。7月に福岡国際マラソンに市民部門が設立され、その参加資格がハーフ80分未満、フル2時間50分以内であることを知った。他の規定もあったと思うが、全く引っかかっていなかったと思う。
 これまでハーフマラソンでは2度ネットながら80分は切ったことがあった。ただ、ハーフマラソンで参加資格を得ようとすると、ほとんどが70分以内くらいからで、80分あたりでは意味がないので、それ程グロスタイムにこだわってこなかったので、公式に80分を切るという目標を達成するためにエントリー。
 9月中に申し込みが必要だったので、公認大会としてはこの大会がエントリーできる唯一の選択肢だった。
 北海道マラソン終了直後から、ハーフのスピード練習に切り替えたが、9月半ばに左足首を故障(走り方の癖のせいなのか、古傷なのか分からないが、あまり故障で聞く箇所ではないので訳が分からなかった。以前に練馬から名古屋まで歩いたときにもこの箇所が途中でおかしくなったが、その話は後日)、毎晩アイシングをしながら寝る羽目に。
 何とか痛みは引いたので、大会には参加。仕事の関係で前日夜12時過ぎにかなざわのほてるに入る。最初の5キロは18分30秒、入りが下りのせいもあって少々速いくらいだが、いい感じだった。
 5キロから15キロまでは延々とだらだらとのぼりが続く。18分30で押すのは少々無理があるというわけで、少し落としたつもりが5キロから10キロは20分弱もかかっているではないか。
 ここでペースを上げるつもりでがんばるが、当日気温が上がったことと足首の故障がついに爆発というわけで、ペースは大きく落ち込み10キロから15キロは22分くらいかかっていた。
 ゴールに向かっては今度はくだりが続いていたが、残念ながら足首が壊れペースを上げることはもはや無理。
 市街地に入ったところで、後ろからの足音を聞きショーウィンドウを観ると女性ランナーがせまっていた。折り返し地点ですれ違った女性ランナーで、以前皇居で走ってい頃よく見かけたランナーだった。ともかくこの女性ランーには負けないようにと最後の力を振り絞りゴールへ。
 84分くらいかかっていた。後続の女性ランナーは一般女子の部で優勝だったようで、ゴールしたところでインタビューを受けていた。
 私はゴールをしたものの、まともに歩けない有様でコンビニにより氷のパックを購入、足首に巻きつけて一路名古屋へ。
 まともに歩けない有様で金沢観光もなく、何の収穫もない遠征であった。
 そういえばミズノのブースがあり足の測定をしてもらったのだが、今回のレースで使用した長野でのオーダーシューズを見て、宮本クラフトマンの靴じゃないですかと、手にとって見ていた。ミズノの中でもたいした人みたいでした。
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「ベストスマイル」千葉真子 著を読んだ。

2004年12月30日 | 
 今頃になって、「ベストスマイル」を読んだ。タイトルから何でも前向きにガンバローみたいなエッセイかと思って敬遠していたんだけれど、会社が休みに入ったので暇つぶしに読んだ。アテネオリンピックのマラソン選手補欠ランナーとしての微妙な心情を正直に書いてた。発行は7月だったようなので、考えると対陸連的には微妙な時期に出た本だったんだなと思う。もっともな感情だとは思うけれど。
 すっかり忘れていたけれど、「山口衛里」選手が2時間22分で走ったあの東京国際がマラソンデビューだったことも思い出した。
 北海道に出ないで、東京国際で世界陸上を狙うという方が良かったんだろうけど、ピークをあわせていたということだけでなく、自分なりに吹き出してくる感情的な何かもきっとあった上で北海道出場があったんだなと感じました。
 何か速くなるための参考になるとか、啓発されるとかという本ではないと思うけど、正直な心情が分かる気になる本です。
 「オリンピアン108年目の夏」増島みどり著、も読んだけれどそれはまた後日ということで。
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2004年参加大会を振り返る その9北海道マラソン

2004年12月30日 | 走る&徒然日記
 北海道マラソン。7月になって部下の結婚式(北海道マラソン前日)に出席することになる。
前日のみで行われるエントリー手続きは北海道マラソン参加の友人にしてもらい、名古屋空港を朝一の飛行機で北海道に向かう。真駒内競技場駅には10時半ごろ着き、知人と合流する。今年は競技場入り口がえらく込んでいて結構あせる。
 今回はやはり荒川と同じく3時間15分の伴走することになっていた。
 コースが最初の5キロくらいは若干下りなので少々予定より速い、21分程度で入る。基本的には22分半で25キロくらいまで行き、そこから微妙に落ちつつ粘るというペース設定である。
 前半は追い風にも助けられ、全く順調に行ったものの、折り返しを回ったところで当然逆風に。しばらくこの逆風には悩まされ、少々タイムが落ちてきていたが、計算の範囲。市街地に入ると風はかなり楽になり、これなら行けそうと思った36キロ地点で私の足に違和感が。いつも3時間15分の伴走をやるときはスピードが出過ぎないように、レース直前に20キロから30キロ程度のペース走を行うのだが、練習量の落ちている8月の割りにはヘビーにやりすぎたようだ。ここで伴走の相手にまだ余裕が見えたこともあり、単独でいってもらう。リタイアも考えたが、ここまでくれば先に行った方が速そうなので歩き中心でゴールへ向かう。途中知人と合流することになり、一緒にゴール。伴走をした相手とはゴール地点であう。結果的には無事15分をきれていたので、まあ結果オーライではあるが、今回はそれだけの大会なのでまずはよしとしよう。
 そういえば今回はナイキがスポンサーにはずれていて、いつものTシャツのテイストではなかった。北海道マラソンの参加Tシャツはいつも気に入っていたんだけでなあ。それが残念。オリンピックイヤーでどのメーカーもオリンピック関連に宣伝費を持っていかれたんだろうな。
 途中「千葉真子」選手とすれ違ったけれど、男性ランナーの集団の中だったんだけど、集団の密度が濃くて走りずらそうだった。
 札幌駅のホテルの温泉に入り、7時過ぎ千歳発の名古屋行きにのり名古屋へ。
 あわただしい1日だった。
 写真は北海道マラソン完走メダル。
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2004年参加大会を振り返る その8東京シティロードレース

2004年12月29日 | 走る&徒然日記
 東京シティロードレース(10K)
 東京国際マラソンの後半10キロとほぼ同様のコース(最後国立競技場に入るあたりが違う)をとる、日比谷公園前から国立競技場の10キロのレースである。
 私は会場までの移動時間を考えるとハーフマラソンより短い大会は、走る時間が短すぎるので、会社で出ていた駅伝(横田基地、東日本国際駅伝などすべて米軍基地内)以外では出たことがなかった。昨年この都心で行われる大会ができたことで、10Kレースに参加した。従って10Kのベストタイムは昨年のこの大会で記録したものということになるが、途中信号待ちにかかってしまっていた。
 今年は名古屋からこの大会に当日朝の新幹線に乗り参加。止めても良かったのだが、この大会を走らないと次は8月の北海道マラソンまで大会に出ないので、参加することにした。丁度、前回書いた、長野マラソンでオーダーした靴が出来上がり届いていたので、レースでおろしたかったのである。
 タイムは36分30を少し切る程度でベストタイムということになる。10Kは2回目だけど。そういえばこの時防府で私がついていった女性ランナーが私のすぐ後ろにいました。
 写真はオーダーシューズ。消してありますが、かかとあたりにネームも入っています。
 1文字いくらとか、1画いくらではなく、全部で1500円だったと思う。それなら文字が多いほうが得した気がするというわけで、フルネームを入れてもらいました。なんか貧乏くさいですけど。
 ネームといえば、アテネオリンピック代表の「坂本直子」選手がNAOKOと靴にネームをいれているのを見た方に「高橋尚子のファンなんだ」と言われました、自分もナオコなんですけど、と語っていた。
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新兵器ネットワークウォークマン(音楽を聴きながら)

2004年12月29日 | グッズこんな物使ってます、買いました
 きのうネット通販で注文していた新しいMP3プレーヤーが届いた。NW-S23という型番のものだ。ソニー製なのに日本では売っていないモデルなのだが、音楽再生に関しては格別特徴があるわけではない。ソニーのS2スポーツという製品シリーズで(他にMD、ポータブルCD、CDラジオ、ラジオ、ヘッドホンなどがある)防滴仕様になっているのだが、このシリーズは日本ではヘッドホン1種類だけが発売になっている。
 どっちみち汗でぬれることだし、小雨程度なら走るので。防水仕様のものって以外に売っていないんですよね。AIWA製であるんですが、ハードディスクプレーヤーなもので。
 丁度この機種から、ソニーのネットワークウォークマンがMP3対応になった。ATRACK3だろうが、MP3だろうが、基本的に形式はどうでもいいのだが、iPodも使っているので同じ音楽のデータを2種類も持ちたくないこと、製品を買い換える時にATRACK3だと次もソニー製品しか選択肢がなくなるのは避けたいので、今回のMP3の対応はとてもうれしい。
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長野マラソンの靴

2004年12月29日 | グッズこんな物使ってます、買いました
 長野マラソンで靴オーダーしたと書いたが、ミズノのクラフトマン「宮本義和」さんが作ったという長野マラソンモデルの靴が売っていたので、これも買った。
 長野マラソンモデルは足の甲に当たる部分に「宮本義和」のネームが刺繍されていることと写真では見難いと思うが、26.75センチのもの。0.25センチ毎にモデルが用意されていた。
 結局、今年は長野へ靴を買いにいったってことですね。
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2004年参加大会を振り返る その7長野マラソン

2004年12月28日 | 走る&徒然日記
 長野マラソンは昨年に続く2度目の参加。昨年からはスタート地点が変わり、スタートからの急激な下りがなくなり、走りやすいコースに変わった。
 昨年はこればっかりだが(進歩していない)2時間50分きりをめざし前半の5キロ(下り)を17分30秒で入った。いくら下りでも5Kのベストで18分を切っていない自分のレベルからすれば、オーバーペースは明らかなのだが、この時3時間のペースランナーを務めた、オリンピック2大会連続の金メダリスト、チェルピンスキーさんが3キロ過ぎまでは私の前を走っており、当然その前にでなくてはいけないと考えた私はその前に出て飛ばしたのだった。途中女子の外国招待選手とも併走するなどどう考えても無謀以外の何者でもないのだが、スタートの下りはそういうものなのかと初参加の私は思ったのだった。結果は書くまでもなく轟沈。下痢にもなり途中2度トイレに寄った。
 今年は再び2時間50きりを目指し、途中これもペースの速すぎるワキウリさんと並走慎重に走ったつもりであった。しかしながら、丁度異動時期に重なり全く練習ができていなかったツケは確実にきて、結局のところまたしても轟沈。練習不足を感じる。
 マラソンシーズンの終盤戦で疲れがたまってきているのか、長野では(まだ2回しか出ていないけれど)まともなタイムが出ていない。2005年もエントリー済みなので何とか今度こそ結果を出したいところだ。
 長野マラソンは応援が切れ目なく続く本当に雰囲気のいい大会だ。NHKの全国放送もあり、国際レースととがって市民ランナーもテレビに映る。長野というイメージにないフラットなコースにもなり、お勧めしたい大会の一つである。2005年のエントリーはすでに締め切られてしまったようだが。
 また、大会にはミズノのクラフトマン「宮本義和」さんに(実際に実業団選手などトップランナーの靴を作っている方だそうだ)足を計ってのオーダーシューズが作ってもらえるとの事で、滅多にない機会なので靴を作ることにする。はじめてのオーダーシューズだ。
 今回の長野の成果は靴だけだった。
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2004年参加大会を振り返る その6荒川市民マラソン

2004年12月27日 | 走る&徒然日記
 2004年参加の6番目の大会は荒川市民マラソン。昨年知人ランナーの伴走として3時間15分で走った。今年も別のランナーの伴走として、3時間15分で走ることになったが、残念ながら途中膝の痛みのため、今回は3時間15分を切ることはできなかった。
 荒川市民マラソンは年々参加者が増加、現在は東日本最大のマラソン大会の一つになっているが、最後尾はスタートラインへ15分位はかかっているのではないだろうか。
 コースは非常にフラットで気候にさえ恵まれれば、タイムが狙えるコースだと思うが、参加者に対して河川敷コースは少々狭く、タイムを狙う方はコースが混雑するので陸連登録して参加することを強くお勧めする。
 堤防の中を走るのが大半なので、景色が単調な面はあるものの、交通の便などのプラスを考えると、制限時間の長さもあり、ビギナーにお勧めしやすい大会だと思う。
 30キロ過ぎのいまや名物となったシャーベットなど、サポートも多くの大会参加者に十分なものがある。
 ともあれ、今年の大会は3時間15分を切るための伴走だったので、切れなかった段階で失敗と言わざるを得ない。気候的にもまあまあだったので残念。(後に3時間15分を無事切りました。やった)
 写真は伴走をした人。
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