元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「娘は戦場で生まれた」

2020-04-04 06:14:00 | 映画の感想(ま行)
 (原題:FOR SAMA)相当に大きな求心力を持つ映画で、鑑賞後の圧迫感、そして思わず題材について調べずにはいられないアピール度の高さなど、示唆に富んだ内容だ。作者の立ち位置が状況の一つの側に過ぎないため、必ずしも全体を俯瞰するスタンスになっていないという指摘もあるが、そのことを勘案しても存在価値のある作品であることは間違いない。

 2012年、シリアのアレッポに住むジャーナリスト志望の女子学生ワアドは、反政府デモ運動をスマホで撮影し始めるが、やがて街は内戦状態になる。大学卒業後に彼女は医師のハムザ・アルカティーブと出会い、恋に落ちる。やがて2人は結婚して娘のサマをもうけるが、医師である夫はアレッポを離れられない。政府側の攻撃は激しさを増し、街で最後の医療機関となってしまったハムザの病院も大きなダメージを受ける。それでもワアドとハムザは活動を辞めない。第72回カンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲得した実録フィルムだ。



 とにかく、写し出されるすべてが“本物”の迫力を伴って観る者に迫ってくる。ハムザたちのもとに運ばれる負傷者の数は、絶望的になるほど多い。あたり一面血の海だ。床に横たわったまま命を落とす者も数知れない。ハムザの仲間たちも、次々と亡くなってゆく。死が日常であり、生きていることが奇跡である。この世の地獄とも言える光景を前にして、ワアドはそれでもカメラを回し続ける。それは単なる“カツドウ魂”という次元を超えて、映画を作ることの根源的使命に突き動かされた生身の姿が画面に横溢している。

 強烈なシーンの連続だが、中でも凄かったのが臨月の妊婦が重傷を負って運ばれてくる場面だ。帝王切開で赤ん坊を取り出すのだが、赤ん坊はまったく動かない。心臓マッサージも効果なし。揺すったり叩いたりしても反応が返ってこない。もうダメかと思った次の瞬間、赤ん坊は鳴き声を上げる。まさに感動的で崇高なシーンで、観ていて震えがきた。このシークエンスに接するだけでも劇場に足を運んだ甲斐がある。



 シリアの内戦は“政府軍VS反政府軍”といった単純な構図ではなく、双方ともに内部に多数の複雑な勢力が交錯している。反政府軍同士の戦闘も起こったほどだ。本作はそのあたりに触れておらず、そこが不満だという意見があるだろう。また、ワアドのリベラルすぎる姿勢が気になるという見方もある。

 しかし、それでも大いなる逆境の中で献身的に働く人々の姿、何より一筋の光としてのサマの存在など、評価すべき点は多い。シリアの苦難は今も続く。その現状を世に問うワアド・アルカティーブの働きと、ドキュメンタリー映画として仕上げたエドワード・ワッツの手腕に感服する1時間40分だ。

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