元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「裸足の季節」

2016-08-17 06:27:57 | 映画の感想(は行)
 (原題:MUSTANG )ハードな題材を扱っているにも関わらず、鑑賞後の印象は薄い。これはひとえに本作が“設定に乗っかった”作りになっているためだ。つまり作者は斯様な物語の背景を準備した時点で満足してしまい、ドラマを掘り下げる努力を怠っているのである。これでは評価は出来ない。

 イスタンブールからおよそ1,000キロ離れた海沿いの小さな村に暮らす5人姉妹は、10年前に両親を亡くし、祖母と叔父に育てられてきた。そこは昔ながらの古い慣習が今でも罷り通っており、女子の人権などまったく顧みられていない。彼女たちも例外ではなく、年長の子から次々と意に沿わない結婚を強いられ、見知らぬ相手の元に嫁いでいく。末っ子のラーレは、何とかその因習から逃れようと、車の運転を覚えたり外部の者と連絡を取ったりと、ささやかな抵抗を試みる。やがてすぐ上の姉の結婚も決まり、ラーレはかねてから考えていた計画を実行に移す。



 オリンピック候補地に名乗りを上げるほどの近代都市を擁していながら、地方へ行けば前時代的で封建的な体制が残存しているという、トルコの情勢には今さらながら驚かされる。放課後に男子生徒達と浜辺で遊んだという理由だけで、家には鉄格子を嵌められて軟禁され、結婚初夜には“処女性”を相手方の親族から逐一チェックされる始末。理不尽きわまりない話である。

 5人姉妹も唯々諾々と従っているわけではなく、夜中にこっそり外出したり、内緒でサッカーの試合に出かけたりする。テレビ中継を通じて姉妹のサッカー観戦を知った祖母が、叔父達にバレるのを防ぐために電柱の変圧器を破壊して回るエピソードには大笑いした。だが、それらのモチーフは“想定の範囲内”に留まっている。

 ハネっ返りの末娘の奮闘も、それらを押さえつけようという大人達の横暴さも、ひとえに彼の国の“情勢”に準拠していることに過ぎないのだ。その構図を逸脱して独自の映画的興趣を獲得することは、最後まで無い。この5人姉妹でなければ為し得なかった盛り上がるエピソードを提示できないまま、語るに落ちるような結末をラストに待機させるのみである。



 女流監督のデニズ・ガムゼ・エルギュヴェンはアンカラ出身で、その後フランスやアメリカで映画を学んでいる。つまり、一度も自国の前近代的な状況に身を置いたことはない。外部から素材を覗いているに過ぎないのだ。本作が煮え切らないのは、そこに由来しているのかもしれない。

 ラーレ役のギュネシ・シェンソイをはじめ5人姉妹を演じる女優達はとても可愛く、祖母や叔父に扮している役者もイイ味を出している。黒海沿岸の美しい風景や、ウォーレン・エリスによるクラシカルな音楽も良いのだが、内容がこの程度では殊更持ち上げる気にはならない。

 それにしても、この邦題はいただけない。原題とかけ離れているし、そもそも昔のアイドル歌手のデビュー曲みたいだ(笑)。配給会社にはもっとセンスの研鑽を望みたいところである。

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