元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「TATSUMI マンガに革命を起こした男」

2015-01-19 06:31:52 | 映画の感想(英数)
 (原題:Tatsumi )とても興味深いアニメーション映画であった。表現者の矜持、および“仕事の流儀”といったものを絶妙の手法で見せてくれる。また我が国の伝説の漫画家である辰巳ヨシヒロを取り上げたのが、シンガポールの映画であったというのも面白い。

 辰巳は昭和10年大阪市生まれ。少年時代から漫画好きで、2歳年上の兄(桜井昌一)の影響もあって自分で漫画を描くようになる。中学校時代から多数の雑誌に投稿。たびたび入選して賞金を獲得したが、手塚治虫と会う機会を得てから、本格的に漫画家になることを志す。やがて彼は仲間達と共に従来の漫画の概念を一変させる“劇画”を提唱し、注目される。



 私はこの辰巳ヨシヒロという作家は知らなかった。そして“劇画”というのは白土三平や小島剛夕などの作品に見られるような絵柄を指すものだと思っていたが、実はそれは間違いで、リアリズム主体で大人向けのシリアスなストーリー自体のことであることを、本作を観て初めて理解した。

 映画は辰巳の半自伝的作品「劇画漂流」をベースに展開し、途中で彼の短編が5つ挿入される。その短編を観るだけでも、彼の才能の高さが窺われる。いずれも話の内容は暗く、出てくる連中も社会の底辺で藻掻いているような者ばかりだが、ドラマティックな展開と的確な心理描写で飽きさせない。特に、原爆投下直後の広島で壁に焼き付けられた親子の影を見つけたカメラマンのその後の人生を描いた「地獄」は、極上のクライム・ミステリーとして強く印象づけられる。

 辰巳の僚友にさいとう・たかをがいるが、メジャーになったさいとうとは違って、一貫して自分の描きたいものだけを追求した辰巳のプライドには感服する。もちろん、彼には独りよがりにならないだけの実力があったから、マイナーな市場でも生き残ってこられたのだ。



 ラスト部分は実写で、辰巳自身が登場する。かなりの高齢ながら、今でも“描きたいものがたくさんある”と断言するあたりは、実に頼もしい。漫画家というのは心身の大きな消耗を要求する職業ではないかと思うのだが(事実、長生きしなかった漫画家はけっこういる)、いまだにモチベーションを失っていない辰巳は流石と言うしかない。

 さらに、彼を再評価したのがアメリカやフランスの作家達であり、映画化したのがシンガポールの監督エリック・クーだというのは、日本の漫画ファンとしては複雑な気分になるのではないだろうか。原作のタッチを活かしているであろう紙芝居みたいなアニメーションの造形は面白く、彩度を抑えた画面処理(一部モノクロ)も効果的だ。さらに、声の出演を一手に引き受けた別所哲也の仕事も評価されるべきだろう。辰巳の作品は復刊されているらしいので、機会があれば読んでみたい。

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