元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「すずめの唄」

2008-09-24 06:40:49 | 映画の感想(さ行)

 (英題:The Song of Sparrows)アジアフォーカス福岡国際映画祭2008出品作品。このところパッとしなかったイランのマジド・マジディ監督だが、この新作では「運動靴と赤い金魚」を撮った頃には及ばないまでも、かなりの復調ぶりを見せている。やはり、子供をダシに使うとイラン映画は強い(笑)。

 テヘランの近郊でラクダを飼育する牧場に勤めている主人公は、高校受験を控えた耳の不自由な娘の補聴器が壊れて困り果てている。さらにラクダが一羽逃走してしまい、多額の補聴器代と併せてこのままでは賠償金も支払わねばならない。切羽詰まった彼はアテもなくテヘランに出てくるのだが、ひょんなことからバイクタクシーの運ちゃんと間違われ、それから客を乗せては小金を稼ぐようになる。

 舞台挨拶に出てきたマジディ監督も言っていたように、本作の面白さは田舎でそれなりの充足していた生活を送っていた主人公が、都会と関わるようになって大きな変化を体験することにある。いくばくかの収入を得ることは出来たが、実は家族の為にはあまりなっていない。

 街で拾ってきたガラクタを庭先に積み上げ、大して役にも立たないそれらに対し所有欲を募らせる。近所の人々との付き合いもしっくりと行かなくなった。小学生の息子は古井戸で金魚を養殖することを考えつき、資金集めのため仲間と一緒に街で物売りまで始めてしまう。無邪気だった彼らが、都会絡みの利権(?)によって人の迷惑を顧みない困ったガキへと変貌してしまう様子はやるせない。

 もちろん主人公も子供達も終盤に手痛いシッペ返しを食らうことになるのだが、その有様は逃げたラクダのように道に迷っているばかりだ。もちろんここでは“田舎は良いけど都会は世知辛い”などという単純な二元論を唱えているのではない。田舎にだってアフガニスタンに出稼ぎする者がいたり、けっこうシビアな現実がある。そもそも何もない原野からバイクを少し飛ばせば先進国の大都市と変わらないテヘランの町並みが広がること自体、相当冗談がキツイと思うのだ。

 周囲が都会の論理に絡め取られていくプロセス、そして本来田舎にも蔓延していたドライな現実が都会とのアクセスによって顕在化していく、その愉快ならざる事態と諦観を過不足なく描いたあたりが、本作の手柄であろう。主演のレザ・ナジは好演で、この映画により第59回ベルリン国際映画祭で主演男優賞を受賞している。イランの茫漠とした大地と、即物的に捉えられるテヘランの風景も印象的だ。一般公開が待たれる佳作と言える。

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