元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「坂道のアポロン」

2018-04-09 07:01:03 | 映画の感想(さ行)

 近ごろ氾濫している毒にも薬にもならない若者向けラブコメ作品とは一線を画す、青春映画の快作だ。しかも、邦画ではあまり成功例の無い、音楽を重要モチーフにしてサマになるようなレベルに仕上げている点は、大いに評価して良いだろう。

 1966年。家庭の事情で横須賀から長崎県佐世保市の伯母の家に移り住むことになった高校生の西見薫は、家の雰囲気にも新しい学校にもなかなか馴染めない。しかしひょんなことで学級委員の律子、そして札付きの不良として皆に恐れられている千太郎と懇意になることが出来た。3人に共通する趣味は音楽である。薫はクラシックピアノを習っていたが、千太郎のドラムが叩き出すジャズのサウンドに魅せられる。また律子はレコード屋の娘で、店の地下には楽器の練習場が用意されていた。

 薫は律子に恋心を抱くようになっていたが、彼女が好きなのは千太郎であることを知り、思い悩む。それでも薫は千太郎との演奏を楽しみ、教会でのイベントでは律子を加えてのライヴを敢行する運びになったものの、思わぬ事故が発生して3人の関係は一旦終わりを告げる。小玉ユキの同名漫画(私は未読)の映画化だ。

 薫たちの色恋沙汰に関しては、あまり深く突っ込んで描かれない。だが、そのことをもって本作を批判する必要は無いと思う。この映画の真の主人公は音楽であり、音楽こそが不器用な生き方しか出来ない青春期の彼らを支え、希望を見出すための媒体になっていることを何の衒いも無く差し出す。その思い切りの良さが実に好ましい。

 薫が初めて参加する地下室でのセッションで、及び腰だった彼に千太郎が音楽に身を委ねて飛び込むように促し、やがてリズムにピアノの旋律が乗っていく様子の躍動感はかなりのものだ。そして圧巻は、文化祭での薫と千太郎との掛け合いだ。まるでスクリーン上に祝祭が出現したかのようなヴォルテージの高さ。本年度の日本映画を代表する場面の一つだと断言したい。

 三木孝浩の演出には特段才気走った部分は見られないが、実直に破たん無くストーリーを追っている姿勢は好感が持てる。そして主演の3人、知念侑李と中川大志、小松菜奈の健闘には目を見張る。特に中川は面構えといい、しなやかな身のこなしといい、かなりの素質を感じさせる。

 ただし、それ以外のキャラクターを描き込む余裕が無かったのは(上映時間の都合もあり)仕方がなく、ディーン・フジオカや真野恵里菜、中村梅雀ら脇のキャストにはあまり光が当たっていない。そして、エンディングテーマ曲をジャズナンバーではなく小田和正の歌にしたのも失態だろう。とはいえ、レトロな佐世保の町の佇まいを味わえることも含めて、鑑賞後の満足度は高い。ジャニーズ主演のお手軽ドラマだと思って敬遠すると、確実に損をする。

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