元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「チョコレート・ファイター」

2009-06-08 06:25:12 | 映画の感想(た行)

 (原題:Chocolate )驚くべきタイ製アクション映画である。展開は荒っぽく、エクステリアは垢抜けない。もとより予算をそんなにかけておらず、ウェルメイドな手触りを求めても仕方がないと言える。しかし、ヒロインの憤怒が極限にまで達し、その能力が全解放されるとき、本作のヴォルテージはまさに“映画の神が降りてきた”ような目覚ましい次元にまで到達する。観る者はその輝きに陶然とするしかない。

 日本人のヤクザと地元のボスの情婦との間に生まれた主人公ゼン。生まれながらに自閉症という重いハンデを負っている彼女だが、目にした格闘技のスタイルをそのまま自らのものにしてしまうという特殊能力を持っていた。いわゆるサヴァン症候群のヴァリエーションだが、実際にこういうパターンがあるかどうかは怪しい。しかし、メンタル面での傷害に苦しみながらも、難病で倒れた母親を助けようとして数々の難敵に立ち向かうという、その設定だけでも健気で泣かせる。しかも必死の戦いを展開するのはマッチョなファイターなどではなく、か細い身体に鞭打って技を繰り出す女の子なのだ。

 主演の“ジージャー”ことヤーニン・ウィサミタナンは、まさしくここ数年の映画界での“ひとつの発見”である。どこから見ても普通の女の子だ。ところが一度格闘のスイッチが入ると、完全に人間のレベルを超える。同じプラッチャヤー・ピンゲーオ監督の「マッハ!」を観たときもびっくりしたのだが、本作はあれを上回る。CGもワイヤーもスタントマンも使っていないという謳い文句で、己の肉体だけを武器にした、これぞ原初的な“アクション”の神髄である。

 ブルース・リー映画の影響が見て取れるのも嬉しい。製氷工場での死闘は「ドラゴン危機一発」の、大座敷での立ち回りは「ドラゴン怒りの鉄拳」の、そして敵役がジャージー姿で出てくるシーンは「死亡遊戯」の、それぞれオマージュであることは論を待たない。しかもちゃんと怪鳥音まで挿入されるのには参った。

 敵方にもゼンと同じような傷害を持った少年がいて、そいつと死闘を繰り広げるシーンは何かの間違いではないかと思うほど凄い。まるで夢を見ているようだ。さらにクライマックスの線路高架下での死闘は、並の神経で撮ってはいない。常軌を逸している。すでに“あっちの世界”に行っていると言っても良く、ただただ圧倒されるのみ。

 とうに死んでいるはずの面々が五体満足で動き回ったり、唐突に日本語のナレーションが入ったりと、いろいろと納得できないことはあるのだが、この超絶的な体技の応酬を見ているとそんなことはどうでも良くなってくる。ヒロインを取り巻くキャラクターは十分に“立って”いるし、日本人ヤクザとして登場する阿部寛もイイ味出している。とにかく、活劇史上に残る快作としてチェックする価値は大いにあるだろう。

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