元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「いつか読書する日」

2005-12-20 06:57:08 | 映画の感想(あ行)
 監督の緒方明が幼少期を過ごしたという長崎の街の描写が出色だ。名所旧跡などひとつも出てこないが(注:劇中には長崎という文字さえ出てこない)、坂の多い風情のある佇まいが、逆に主人公たちの行き場のなかった鬱屈した心情をうまく象徴している。ロケ地は同じながら、ただの“観光映画”でしかない「解夏(げげ)」とはかなりの違いだ。

 自らの想いを心の底に押し込んだまま50歳を過ぎてしまった中年男女の不器用な恋をしみじみと綴る緒方の演出は、前作「独立少年合唱団」から格段の進歩を遂げている。特に、岸部一徳扮する主人公が職場に訪れた老人に“50歳から85歳までは長いですか?”と尋ね、相手が“ああ、長いよ”と素っ気なく答える場面は胸を突かれた。中年から後にも時間はたっぷりある。人間、過去のしがらみから脱して新しい人生に踏み出すのに“もう遅い”ということはないのだ。

 ヒロイン役の田中裕子の演技には感心する。来る日も来る日も禁欲的なまでに黙々と牛乳配達に勤しみつつ、内に情動を秘めて生きる女を生々しく実体化。「火火(ひび)」での仕事も併せて本年度の賞レースを賑わすことだろう。

 終盤の展開が余計だったり、題名に“読書”が付いていながら、あまり重要なモチーフに成り得ていなかったりする欠点はあるが、まずは観る価値十分の佳作だと言えよう。

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