元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「日輪の遺産」

2011-09-04 06:23:40 | 映画の感想(な行)

 まったくもって、ヘタクソな映画である。だいたい話の前提自体が噴飯ものだ。1945年8月上旬、敗色濃厚な戦況において、日本陸軍首脳部は山下奉文がフィリピンから密かに運び込んだ900億円(現在の金額換算で200兆円)にも及ぶマッカーサーの隠し財産を隠蔽するという極秘のミッションを発動させる。戦後の日本復興に役立てようとの意図だが、このネタの設定がデタラメだ。

 山下将軍がフィリピンの防衛戦を指揮することになったのは1944年である。以降米軍の激しい攻撃にさらされ、制海権・制空権とも奪われた状況で日本まで重要物資を輸送するのは不可能に近い。百歩譲ってそれが可能だったとしても、どうやって運んだのかを暗示する箇所ぐらい挿入しないと到底納得出来ない。

 それともその財産が日本に届いたのは、シンガポール陥落時だったとでも言いたいのだろうか。しかし、戦争初期にそんな莫大な財源が手に入ったのならば当然軍事費に投入しているはずだ。要するにこの映画は最初から“あり得ないモチーフ”を土台にしており、この時点からいくらハナシを展開させようとも、屋上屋を重ねることにしかならない。

 しかも、戦後にこの財産をいかにして復興に役立てるのか、そのスキームが全く見えていない。行き当たりばったりに隠すだけでは、何もならないではないか。

 本作は隠蔽作業に従事した20人の女子中学生(爆)のただ一人の生き残りである老婦人の回想を中心に展開するが、どう考えても19人の女生徒が犠牲になった理由と経緯が分からない。作戦を監視するマントを着た将校の正体も不明。そして終戦直前にクーデターを企てる好戦派分子がその後どうなったのか全然説明されていない。

 斯様にこの映画は大元のストーリーから枝葉の描写に至るまで、手抜きやゴマカシが溢れかえっている。こんな無様な作劇を垂れ流しておいて、ラストの“幻想シーン”で観客を泣かそうとしても無駄だ。

 監督は佐々部清だが、冒頭の現代を扱ったパートでの弛緩したドラマ運びを見るに及び、デビュー当時は堅実な作風で評価を受けたこの演出家の才能の枯渇が露呈している。堺雅人や中村獅童、ユースケ・サンタマリア、八千草薫、麻生久美子といった多彩なキャストも十分な仕事をさせてもらえず、不満が募るばかり。ともあれ、プロットを構築することを完全に捨象してお涙頂戴に走るこの映画、観る価値はない。

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