元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「百万円と苦虫女」

2008-08-05 06:53:10 | 映画の感想(は行)

 劇中、ヒロインが後に付き合うことになる男子学生に対して言うセリフが面白い。百万円が貯まるたびにそれまでの人間関係をリセットするがごとく知らない土地へと移り住む彼女に、彼が“自分探し?”と聞くと“違う。自分を探したくない”と答える。そして“どこに言っても「自分」は付いてくる”と悟ったようにつぶやく。

 人付き合いが苦手で今まで貧乏くじばかり引いてきた彼女に出来るのは、今はただ逃げることだけ。しかし、淡白な関係性を望んでいるはずの彼女が足を運ぶのは、互いに干渉の度合が高いと思われる海辺の街や山村だ。心を閉ざしているようで、誰かが内面へのドアを叩くのを待っている。スノビズムとは紙一重の“自分探し”とは一線を画す、どうしようもない“自分”を引きずり回す、惨めでカッコ悪い旅だ。

 作者もまた容赦しない。安易なハッピーエンドや予定調和とは決別したような辛口のエピソードの連続。特にラストのホロ苦さなんて泣けてくる。くだんの彼氏にしても“同病相憐れむ”といった泣きの展開でヒロインと仲良くなるまではいいが、次第に身勝手で御都合主義的な本性を現してくるところなど、描写に一点の甘さもない。

 しかし、それでも人生は彼らを待ってはくれない。本当の“自分”は滅多なことでは変えられないが、その“自分”との折り合いの付け方ならば少しは変更は可能だ。この映画で示されたように、それがほんのちょっとの変化であろうとも、生き方の視野が開けることもあるのだ。シビアなストーリーにもかかわらず悲観的なスタンスは決して取らず、あくまでポジティヴな見方を貫くあたりが観賞後の後味の良さにつながってゆく。丁寧で当たりの柔らかいタナダユキの演出がそれを盛り上げる。

 今回も好演の蒼井優は3年ぶりの映画主演というが、そんなインターバルをまったく感じさせないのは、3年間で脇役として出た数々の映画において主演を完全に食ってしまった存在感の強さゆえである。今後も動向が見逃せない、日本映画界の若きホープだ。

 森山未來や佐々木すみ江といったキャスティングもいい味を出している。それとピエール瀧は、彼を主人公にしてまた一本映画が出来るのではないかと思わせるほどキャラクターが“立って”いる。彩度を落とした画面や若干引き気味のカメラも効果てきめんで、ビターな青春映画として一見の価値はある。

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