元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「声もなく」

2022-03-05 06:18:13 | 映画の感想(か行)
 (原題:VOICE OF SILENCE)食い足りない部分も目立つ韓国製サスペンス劇だが、国情を上手く表現しているし、各キャラクターも“立って”いる。そして、これが第一作目の新人監督の作品にしては大きな破綻もなく、ストレスなく楽しめるのは評価して良いだろう。2021年の第41回青龍賞で主演男優賞と新人監督賞を受賞している。

 田舎町で卵の移動販売業を営む口のきけない青年テインと片足が少し不自由な中年男チャンボクには、裏の顔があった。2人は犯罪組織から依頼を受け、死体を処理して山奥に埋めることで報酬を得ていた。ある日、テインたちは暴力団のボスであるヨンソクに頼まれ、身代金目的で誘拐された資産家の11歳になる娘チョヒを一日だけ預かることになる。



 ところが、ヨンソクは別の組織によって殺されてしまい、テインはチョヒの面倒をずっと見るハメになる。こうしてテインの“妹分”である7歳のムンジュも加えて3人で家族のような生活が始まるが、身代金を横取りしようとしたチャンボクは事故で死亡し、テインは単独でこの一件に向き合うことになる。

 リュック・ベッソン監督の「レオン」や、近作ではホン・ウォンチャン監督の「ただ悪より救いたまえ」などと似た設定ではあるが、少女の面倒を見るのが凄腕の犯罪者ではなく、気弱な若造である点が目新しい。チョヒはよく出来た子で、豚小屋みたいなテインの住処をあっという間に小綺麗で快適な空間に変えてしまうのは笑えるが、この疑似家族はチョヒが主導権を持っている。ところがそれは、女子を家庭に縛り付けようとする彼の国の風習の暗喩である点に注意すべきだ。

 チョヒの親は娘を大事にしておらず、身代金を出すことを渋る始末。ムンジュも実の親には簡単に捨てられたようだ。さらに、農家の夫婦がまったく罪悪感もなく子供の人身売買に手を染めている様子も描かれる。この理不尽な状況に直面するテインに対し、チャンボクは“聖書のテープを聴け”というお為ごかし的な忠告をするだけ。都市と地方との格差、男女差別、障害者の立ち位置、宗教のあり方など、本作は数々のモチーフを提示して社会的な問題を告発している。その姿勢は良い。

 脚本も担当したホン・ウィジョン監督は頑張ってはいたが、中盤以降は無理筋の展開が見られ、犯罪ものとしてはプロットの弱さが見えるのは残念だ。それでも、ラストの扱いは心に残る。主演のユ・アインをはじめ、ユ・ジェミョン、イム・ガンソン、チョ・ハソクらキャストは皆好演。子役のムン・スンアとイ・ガウンも達者だ。特筆すべきはパク・ジョンフンのカメラによる田園地帯の風景で、夕陽に映える絵柄は美しい。
コメント
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