元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「偶然の旅行者」

2021-05-22 06:16:13 | 映画の感想(か行)
 (原題:The Accidental Tourist)88年作品。監督としてのローレンス・カスダンの仕事では、「白いドレスの女」(81年)と並ぶ業績だと思う。ソフィスティケートされた大人の人生ドラマであり、各キャラクターは十分に掘り下げられており訴求力が高い。スタッフ、キャストとも好調で、各種アワードにも輝いたのも当然と思われる。

 旅行ライターのメーコン・ラリーが長期取材を終えてメリーランド州ボルチモアの自宅に帰ってみると、妻のサラから別れを切り出される。実は彼らの一人息子が一年前に事件に巻き込まれて死亡してから、夫婦仲は冷え切っていたのだ。一人暮らしを強いられるハメになったメーコンは自暴自棄になり、挙げ句の果ては事故で骨折してしまう。



 メーコンは療養を兼ねて兄弟たちの住む祖父母の家に身を寄せるが、誰にでも噛みつく飼い犬を何とかしようと、彼は犬の調教師ミュリエルを雇う。8歳の病弱の息子を持つシングルマザーの彼女はかなり個性的で、最初は面食らったメーコンだが次第に惹かれていく。ところが、そこにサラから連絡があり、2人はヨリを戻す機会を得る。アン・タイラーによる小説の映画化だ。

 息子を失っても生活のリズムを変えず、むしろ仕事に没頭することによって不幸を忘れようとする男と、悲しみに打ちひしがれたその妻との関係が上手くいくはずは無い。そんなことが分かっていながら、妻に出て行かれた主人公の戸惑いは観ていて身につまされる。そんな彼が違う環境で新たな出会いをするものの、もう若くはないメーコンはいまひとつ踏み込めない。そのあたりの懊悩は上手く掬い取られている。

 離婚歴のあるミュリエルにしても同じで、積極的に振る舞っているようでなかなか一線は越えられない。それがメーコンのパリ取材旅行で事態は急展開。まさにタイトル通りの“偶然”を装った仕掛けが炸裂する。プロットは原作に準じているとは思うが、これがスリリングで引き込まれてしまう。

 このやり取りを通じて、人間は年を重ねても変わっていけるのか、あるいは変わらないのか、それが人生の後半戦を左右することに思い当たる。変わることで得ることもあるし、変わらない方が良い場合もある。そんな分岐点に遭遇するのも、生きることの醍醐味ではないかと考える。

 カスダンの演出は抑制されたタッチでありながらポイントは的確に突いてくる。適度なユーモアを挿入しているあたりも好印象。ウィリアム・ハートにキャスリーン・ターナー、ジーナ・デイヴィスという演者の配置も申し分なく、特にデイヴィスの魅力は特筆ものだ。ジョン・ベイリーによる撮影、ジョン・ウィリアムズの音楽、共に言うこと無し。
コメント
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