元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「薄化粧」

2019-05-26 06:33:27 | 映画の感想(あ行)
 85年松竹作品。間違いなく日本を代表する俳優であった緒形拳の演技者としてのピークは、この頃だと思う。構成と筋書きがいささか荒っぽいドラマなから、高い求心力を獲得しているのは彼のはたらきによるところが大きい。観て損のない力作だ。

 昭和23年、山奥の鉱山で鉱夫として働いていた坂根藤吉は、鉱山で落盤事故が発生した際に補償問題で鉱夫の代表として会社側と掛け合うも、逆に多額の裏金を会社側から渡される。それを元手に金貸しをはじめた藤吉は、未亡人のテル子に接近して懇ろな仲になる。やがて彼は邪魔になった妻子を殺害。次に藤吉は炭鉱事故で働けない仙波徳一の妻すゑとも肉体関係を結び、ついでに一人娘の弘子にまで手を出そうとする。



 かくも乱れた生活を送る藤吉だが、飲み屋のちえと一緒にいる時だけは心の安らぎを感じるのだった。しかし、何度も藤吉に逃げられた警察はプライドを賭けて追い詰めてゆく。実話を基にした西村望の小説の映画化だ。

 五社英雄の演出は相変わらず野太いが、それが古田求による(時世を頻繁に前後させるなどの)トリッキィな脚本と合っているとは言い難い。各シークエンスがブツ切りになっているような印象を受ける。しかしながら、主人公の多彩な(?)異性関係を強調させるという意味では、一定の効果はあると思う。

 緒形扮する藤吉はまさしく人間のクズであるわけだが、ちえの前では素直になる。それをタイトル通りの“薄化粧”を重要なモチーフとして説明しているあたりは、かなり得点が高い。藤吉は優しいちえに眉毛をメイクしてもらい、鏡を見る。すると、普段の自分とは違う表情がそこにはあった。もしかすると、別の人間として生きることも可能なのではないか・・・・という、切ない想いが横溢する。もちろんそんなことは不可能なのだが、そういう心理の多面性を表現しようとするのは、単なる犯罪ものとは一線を画する独自性を獲得していると思う。

 ちえを演じる藤真利子は絶品。彼女は本作で数々の賞を獲得しているが、それも頷ける。浅利香津代に川谷拓三、浅野温子、宮下順子といった脇のキャストも万全。当時の“アイドル枠(?)”で出演の松本伊代も、決して作品の足を引っ張らない。森田富士郎の撮影と佐藤勝の音楽も、実にいい仕事をしている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする